3.


俺はその瞬間バカみたいな顔をしてたと思う。
人間って想像していなかったことを言われると言葉を失うって本当だよね。

でも、こんな状況で一番冷静なのはやっぱりオーナーだったりするわけ。

俺がまだ許可してないっていうのに、


「やっぱり警察だな」


って一言で全部を決めようとする。

それはもっともな答えだっていうのは分かってる。

でも、

「警察はダメ」

「アキ」

俺は絶対この目の前の男を警察に連れていきたくなかった。

オーナーは呆れたって感じでため息をつきながら、

「・・・おい、あんただって見た感じからして成人してるんだ、警察へ行くべきだって思うだろ」

「え・・・」

俺の説得はダメだと思ったんだろう、本人にいきなり話し始めた。

彼はビックリした顔をしながら、

「あー、そうだな。俺も警察に・・・」

オーナーと似たようなことを言い始める。


「却下」

「おい」


俺の言葉にいち早く反応したのはオーナー。
彼は困った様子だったけど、表情を作ろうとすると傷が痛むみたいで変な顔になってる。

「自分で警察に行くって言ってるのを止める権利はお前にはないだろ」

オーナーはそう言うけど、俺はそんなオーナーをガン無視。

彼と向き合って、


「なんか、お兄さん喧嘩した後みたいだし。警察に行ったら面倒だよ」

「いや、でも・・・」

「ほら、鏡で見てみなよ」


俺は近くにある鏡を指さす。
さすがに鏡に映った自分を見ると、

「これは・・・まずいな」

って自分でも酷さが分かったみたい。

で、そんな怯んだところを俺が見逃すわけない。


「でしょ。
だからさ、ちょっと傷が癒えるまでは俺の家においでよ」

「アキ」

「オーナーは黙ってて」

俺は口を出してくるオーナーに静かだけど、しっかりとした口調で黙らせる。

「ね、傷がちゃんと治って、やっぱり思い出せないって時は警察に行けばいいじゃん。

もしかして今だけ思い出せないだけで、明日には思い出すかもしれないっしょ」

「いや・・・でも・・・」

「大丈夫。俺の家は1人暮らしだし、部屋も余ってる」

俺は今までになく真剣に話してるつもり。
女の人を口説く時だってこんなに真剣に話すことなんてない。

それなのに、目の前の男といえば俺を通り過ぎてオーナーの方を見つめてるし。

「ちょっと、オーナーじゃなくて俺の方を見てよ」

「あー、すまん」

謝ってくれてるつもりみたいだけど、その口調が軽すぎる。

「それから、俺のことはアキって呼んでね」

「アキ?」

「そう、そう。
で、お兄さんのことを何て呼ぶかだよね。いつまでもお兄さんって呼ぶわけにはいかないし・・・」

俺がせっかく名前を考えてあげてるっていうのに、やっぱりオーナーばっかり見てる。

なに、俺よりもオーナーの方がいいっことなのかって聞きたくなるよ。

ただ名前って考えようとしても”タロウ”とか”ジョン”とか・・・
本当のペットに付けるような名前しか思いつかない。

「アキ、やっぱりな・・・」

オーナーがまた変なことを言ってくるから、

「シンにする」

俺はとっさに思い浮かんだ単語を口にした。

「え・・・」

「お兄さんの名前は”シン”にする。いいでしょ?」

シンは戸惑ったまま、”いい”とも”ダメ”とも言わない
から、俺はそれを勝手に了承ととらせてもらう。

「じゃ、名前も決まったことだし、家に帰ろうか。
その前に、着替えだね。俺の予備シャツ貸すから」

「え・・・」

「オーナー、俺のロッカーから予備シャツ持ってきてよ」

「お前・・・」

ここで俺がシャツを取りに行ったりなんかしたら、絶対オーナーがシンを警察に連れていきそう。

だからNo1っていう特権を限りなく使わせてもらうことにする。

オーナーもここまで言えば諦めてくれたみたいで、ため息をつきながらも部屋を出ていった。

その後は全部スムーズに進んだ。

オーナーに持ってきてもらったシャツに着替えさせ(オーナーには外に出ていってもらって)、まだふらついてるシンを支えながら部屋を出ることにした。

顔の傷や腫れはどうしようもないけど、シャツを変えたことで外に出してもいちおうは大丈夫な感じになった。

「オーナー、お疲れさまです」

俺はニッコリと営業スマイル全開に挨拶をして、マネージャーにはタクシーを呼んでもらった。

まさかこのまま2人で歩いて帰れるわけないし。

シンは口数少なく、オーナーとマネージャーに軽く頭を下げていた。


「そうだ、マネージャー。明日は俺、休みで」

「な・・・」

「いいよね、オーナー。来週は1週間フルで出るんだから」


タクシーの扉が閉まる直前に爆弾を投げ落とした俺は、返事を聞かずに

「出してください」

運転手に声を掛けた。


「おい、いいのか」


運転手にはマンションの住所を伝えて、俺はシンの手を取りながら深く座席に座る。

シンは何度も後ろを振り返りながら、俺の最後の台詞を気にしてくれたりして。

なんだろう。
こんなにひどい顔してるっていうのに、可愛いなんて思ってしまった。

それに握ったシンの手は思っていた通り結構ゴツかった。
俺なんかの手とは違って指の1本1本が大きいし、太い。
だからって嫌な感じは全然なくって、ずっと繋いでいたいって思う。


「おい」

「おいじゃなくて、アキ」

「・・・アキ」

「なーに?」

「本当にいいのか?」


シンが言うところの疑問符は何に対してなのか分からない。

でも、なんか心配されるって気持ちいい。

いっつもお客相手に「どうした?何かあった?」なんて、聞き役に徹してるもんだから新鮮かも。


「大丈夫だよ。それより、シンの方が大丈夫?」


俺は営業スマイルなんかじゃない、俺自身の本当の笑顔で話しかける。

本当の笑顔って・・・微妙なフレーズ。

別に俺は明るいキャラで通してる訳じゃない。
ホストの中にはそういうキャラで自分を売ってる奴もいる。
そんな奴ってあまりにスマイルを安売りしすぎて、筋肉がそれで凝り固まってしまって笑顔以外の表情ができなくなるなんてことも・・・ある。

俺はそこまでじゃないけど、やっぱりなんか鏡を見ても自分の表情が嘘っぽく見えるんだよな。

でも、俺はシンにそんな嘘の表情を見せたくなかった。

っていってもシンには分かんないだろうけどね。


「あー・・・俺の方は大丈夫みたいだ」


シンは一瞬答えに詰まったし、言い回しも変だったけど、それも仕方ないかな。

いきなり目が覚めれば全身傷だらけって感じなんだろう。
自分の名前も分からない状態だったら、自分の身体だって実感が掴みにくいのかも。


「なんか変だなってことがあれば教えて」

「あー・・・そうだな。じゃあ」


シンは俺の言葉にさっそくって感じで話し始めたけど、


「いつまで俺達は手を繋いでるんだ」

「うーん、俺が飽きるまでかな?」

「そ、そうか・・・」


俺があまりにも当たり前的に話すからシンはそれ以上何も言わなかった。

俺は俺でそんなシンの態度がさらに何かのツボを押してきた気持ちだった。


「シン、俺のマンションに着くまで寝た方がいいんじゃない?」

「そうか?」

「そう、そう。着いたら俺が起こしてあげるから」


シンは俺の言葉にちょっと考えてたけど、


「じゃあお言葉に甘えて・・・」


言い終わるとゆっくりと目を閉じていった。

俺は空いてる手でシンの頭をポンポンと軽く叩いて安心させてやるつもりだった。

そんなことしながら、帰ったらすぐに風呂で全身洗ってやろうって固く心に誓う。


「シン」


シンが目を閉じて数分もしないうちに俺の耳に寝息らしきものが届いた。

繋いだままの手はポカポカと温かくなってきて、完全に俺に身を任せてる状態。

俺は前を向いたまま、ちょっと首をシンの方へと向けた。

まず目に飛び込んできたのは赤黒く変色した目の周囲。
ただ、上から見るとそのまつげの長さに引かれた。
長いんだよ、世の中の女の子が絶対羨ましがるだろうって感じ。
そのうちビューラーとかで上げて遊んでみるのもいいかも。

少し視線を下ろすと鼻が見えるけど・・・ちょっと歪んでない?
さっき殴られてとかだったら鼻血も酷いだろうし、腫れも酷いはず。
考えられることは前に歪んでしまうようなことがあったってこと。

まあ、学生の頃にやんちゃしててってこともあるし。

さらに視線を下ろせば、所々に乾いた血を張り付かせたままの唇が目に飛び込んでくる。
ちょっと腫れてる感じもあるし、そうでなくても乾燥でひび割れしそうな感じがある。

そんな唇のどこに魅力を感じろって言うんだよ。

って思いながら、でもほんの少し開いた唇から俺は視線が外せなくなってる。

「シン・・・シーン」

俺は小さく名前を呼びながら、シンが起きないことを確認。
これから疚しいことをしようっていう気持ちがそうさせる。

ゆっくりと、慎重に手をのばす。
着いた先は乾燥した唇。

髪もそうだったけど、唇もガサガサで手触りは良くない。
なのに、いつまでも触っていたいなんて思う。

タクシーがマンションに到着するまで20分程度。

その時間俺はシンが眠っているのをいいことに、唇だけじゃなく、頬や耳朶とか指でその感触を楽しませてもらった。

シンは全然目を覚まさなかったけど、もし目を覚ましたとしても汚れていたのを拭ってやっていたって言えば済むことだし。

ただ、そんな言い訳まで用意して自分から触ってみたいなんて初めてだ。


「お客さん」


飽きもせずシンに触れてると、明らかに不機嫌な声が耳に飛び込んできた。


「え・・・」

「もうすぐ着きますよ」

「ああ、そう」


なんかルームミラーに映る目も嫌な感じ。
せっかく良かった気分がそれだけで半減してしまいそうで、俺だって投げやりな言い方になる。

さらにそれが運転手の気に障ったみたいで、俺の耳に「チッ」て舌打ちが聞こえてきた。

そこで俺も引けば良かったのに、さらにカチンときた。

で、わざとルームミラーを見ながら、シンに覆い被さる形をとってみた。
きっと運転手には俺達がキスをしてるようにしか見えないはず。

これもシンが寝てくれてるからできること。

ただ間近に迫った顔を見てると、このまま本当にしちゃってもいいかな・・・なんて思ったりもして。

あとちょっとってところで、


「お客さん、着きましたよ」


ドライバーが少し声を荒げた。

「あ、そう」

どんな客でも平等な態度でいて欲しい、なんて心にもないことを考えながらシンを揺り起こす。

「シン、シン、着いたよ」

「ん・・・」

なんだかあんまり目覚めがいい方じゃないみたい。

だから、

「シン、ちょっと」

「・・・ぃっって」

俺はシンの顔を軽くだったけど何度か叩いて起こす。

「着いたよ」

「え・・・」

シンはまだ状況が掴めてないみたいだったけど、俺はその腕を引っ張るようにしてタクシーから降りる。


「2150円です」

「はい」


俺は財布から諭吉さんを1枚取り出して渡した。
本当は細かいお金も持ってるんだけど、面倒だしヤメた。

お釣りを貰ってる間もシンはボーッと立ったまま。
まだ完全には起きてないっていうのが分かる。

「どうも」

タクシーはそれだけを言うとすぐに走り出してた。
俺はタクシーを見送ることもなく、シンのことを見ると立ったまま寝てた。

なんて器用なんだよ。

「シン、行くよ」

「ああ」

突っ立ったままのシンの手を引っ張る。



マンション自体はとてもコンパクトな造りになっている。
部屋数は8部屋と少ない。

でも、各1部屋が広く設計されてる。

8室のうち、6室が3LDK。
あとの2室は5LDKともっと広い設計になってるらしい。

セキュリティに関してはもちろんオートロック式。

さらにいいのがこのマンションには


「ただいま」

「お帰りなさい。今日は早いんですね」


こうしてコンシェルジュが常駐してくれていること。

宅配便が来たとしても、このコンシェルジュが受け取っておいてくれるから助かる。

客が押し掛けてこない・・・なんて保証はどこにもないわけで、自分の身は自分で守らなきゃいけない。

コンシェルジュは男性で、元警察官だったらしい。
だからといって慇懃無礼って感じでもなく、反対に気さくな人柄で仲良くしてもらってる。


「そちらは?」


今まで人を連れてきたことがないから、シンのことが気になったんだろう。

シンを見る目はやっぱり元警察官って感じ。


「彼女の浮気相手と喧嘩になったみたいで、しかも家も追い出されちゃったんだって。

で、俺の家に来たらって連れてきたんだ。
可哀想だからさ」


なんか苦しすぎる言い訳かも、って思いながら話す。

で、さっきまで寝ていたはずのシンも今は俺の隣で直立不動。


「家を見つけたらすぐに出て行きますんで」


って頭を下げる。
そこまでしなくてもいいのにって思うけど、シンの好きなようにさせておく。


「これはご丁寧に、管理人の篠宮(シノミヤ)です」

「よろしくお願いします」


お互いにお辞儀をして、挨拶をしてる。

なんか2人を見てると、ザッツ日本人って感じ。


でも、シンが誰かと話してるのを見るとちょっと嫌な気分になる。

俺だってまだほとんど話らしい話しをしてないからな。


「シン、行くよ」

「なんだよ、お前は・・・それじゃあ、失礼します」

「いえ、それじゃあ」


さっさとセキュリティを解除すると、シンを篠宮さんから引き離した。

最後まで2人は何度も頭を下げてた。

俺の部屋は1階の奥から2番目の部屋。


「ここが俺の部屋ね」


ここから俺とシンとの楽しい(?)共同生活の幕が開けた。




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