1.


本当の愛はどこにあるんだろう。
今の俺はお金に換算できるような愛しか知らない。

両親は無償の愛っていうのを俺にくれる。

だからって、それは俺が求めてるような愛じゃないわけ。

そう、”愛してほしい”わけじゃなく”愛したい”。



一人暮らしをしているマンション。
出勤時間にはまだ早いけど、家でボーッとしてるのもなんだから少し早めに出勤の身支度をした。

酒を飲む職業柄、自家用車での出勤はしない。

出勤はほとんどが電車。
帰りはタクシー、これが基本。

出勤も、帰る時もタクシーでっていう人間もいる。
ただ俺の場合、マンションから歩いて5分の場所に駅があるから基本は電車通勤。

そして最寄り駅から徒歩7分。
まだネオンが消えた繁華街を俺は歩く。

「おはようございます」

顔見知りには軽く挨拶をしながら、俺は職場であるホストクラブ「バースト」が入っているビルへ入る。

店の前には所属しているホストの顔写真がズラッと並べられている。

当然俺の写真もそこにある。
写真の下には俺の源氏名である”アキ”の文字。

俺はナルシストではないから、写真の前を素通りして店内に入る。

まだ開店前の店内は閑散としていて、数人のホストが掃除をしているところだった。

指名が入るようになれば掃除係からも外れるようになるけれど、指名がない限りその位置からは抜け出せない。
それに、先輩ホストからもパシリとしていいように使われる。

それが嫌ならなんとか指名をとって上がっていくしかない。


「はよー」


俺が声を掛けると、一斉に顔を上げ

「「おはようございます」」

と挨拶を返してくる。


「頑張ってな」


俺はそれだけを言うと、奥の事務所へと向かう。

いちいち掃除チェックと称して後輩いびりをする奴もいるみたいだけど、俺はそういうのに興味はない。

あと、自分のシンパって感じで何人かの後輩を贔屓する奴もいる。
俺は金魚の糞みたいに引っ付かれてるのが好きじゃないから、特に親しくしている後輩もない。

基本は1匹狼。

最初はアルバイトで入ったんだけど、その頃は何人もの先輩に可愛がってもらった。
っていうか、みんなは俺を自分のシンパの1人として抱え込みたかっただけ。

逆に俺がどこにも入らないつもりだと悟れば、その後は俺を攻撃されることが多くなった。

どんなことをされても俺は何とも思わなかった。

ていうか、むしろ面白いとさえ感じてた。
今考えれば、先輩達も必死だったんだと思う。

俺は事務所兼オーナールームの扉を開ければ、


「はようございます」

「おう」


そこではオーナーがすでに仕事中らしい。

この人は何時に出勤して、何時に帰ってるのか分からない人だ。


「早いな」

「オーナーこそ」

「ふん」


俺は勝手知ったるなんとやらってやつで、備え付けのソファに座る。

このソファを俺は結構気に入ってて、つい時間が空けばここへ来るようにしてる。

応接室としても機能してるこの部屋はお菓子も豊富で、俺は手近にあったチョコレートを一つ口に放り込む。


「部屋にいても暇だったし、こっちに来てみたけど。
こっちに来てもたいして変わんないなぁ」

「じゃあ外に行ってキャッチの仕事でもしてくればいいだろ」

「めんどくせぇ」


こんな風に気軽に話せるのは、俺をホストとして見いだしてくれたのがオーナーだからっていうのもある。
でも、それ以上に俺とオーナーは家が近所で昔からよく遊んでもらっていた関係だからっていうのが大きい。

俺がホストになるきっかけは、極めて単純だった。

ある日、法事で実家に帰ってきていたオーナーとばったり出くわした。


『久しぶりだねぇ』


俺は何にも考えず、ただ挨拶をしただけだった。

それなのに、相手は返事もなくジッと俺のことを頭のテッペンからつま先までを何度も繰り返し見ていた。

いくら知り合いだからってそんなことされると変に思うのは当たり前で、


『何?何か変なとこでもある?』

『いや・・・お前、年はいくつになった』

『今年で20になったけど』

『そうか』

『何?』


ますます怪しいと感じた俺に、衝撃の台詞が降ってきた。


『お前、ホストになる気はあるか』

『え・・・』

『お前ならすぐにナンバーワンになれる。俺が保証する』

『いや、そんな保証されても』

『試しに明日、ココに来い。いいな』


戸惑う俺をそのままに、名刺と店の地図が書いてある紙を俺に押しつけると忙しそうに去っていった。

で、俺はまんまとその地図の場所に出向いたってわけだ。

別にホストになりたいわけでも、金に困っていたわけでもない。
ただ、暇だった。

実はその頃の俺は何に対してもやる気が全くなかった。

普通なら大学生活、新しい出会い、青春を謳歌するべきだったんだろう。
でも、すでに俺はそんなことに興味を持てなくなっていた。

それは俺の生い立ちに問題があったんだろう。

俺は身長が180センチにあと2センチってところで止まってしまった状態。
ただ、子供の頃から格闘技を習っていたお陰である程度引き締まった体型を保っていた。

さらに言えば、母親は元モデル。
まあ、あんまり売れてなかったみたいだけど・・・それなりに整っている。

そんな母親の遺伝子を受け継いだ俺は、子供の頃から可愛いと評判な子供だった。
小学校に上がるころには彼女もいたらしい。

それからも常に周りには異性がいて、ファーストキスは小学生低学年、初体験は中学1年だった。

若い俺は初めて知る快感に夢中になって、誘ってくる女の子を片っ端から頂いていた。

そんな早熟な学生時代を送っていた俺は、大学に入学する頃にはセックスに対しての興味が薄れてしまう事態に陥ってしまった。

まあそんなことを言いながらも、身体に溜まったものは出さないと気持ち悪いから、適当に出させてはもらったけどね。

で、その頃になってフッと思ったのが”俺って本当に好きな子っていたのか”っていうこと。

そんな事を考え始めると、今までの恋愛が本当の恋愛だったのかさえ分からなくなってきた。

彼女に「好き?」って聞かれて「好きだよ」って答えていたけれど、それは本心だったのかって・・・

ちょうど大学2年の時はそんな事を色々考えていて、彼女を作らなくなっていた。
それは俺の人生の中で初めての出来事だった。

そんな時にたまたまホストに誘われたこともあって、すんなりと俺はホストっていう道に足を踏み入れてしまった。

で、今はそんな大学も卒業して、3年。
俺は変わらずホストをしている。

就職活動をしようと思った時もあったけど、なんだか面倒になって途中で挫折した。

俺をホストっていう職業に引きずり込んだオーナーは

『お前にはホストが天職だよ』

だとか言ってるけど、俺はそう思ってない。

っていうか、ますます俺は”愛”っていうものに対して不信感を募らせるばっかりだ。

確かに最初の1、2年はホストっていう未知の世界に夢中だったかもしれない。

それまで自分から女の人に声を掛けたこともなければ、誘うこともなかった俺が、キャッチとして何人もの女の人に声を掛けるんだから、変な感じだった。

話を聞いてくれる人もいれば、ウザがられることもあったけど、それが逆に楽しかった。

客として知り合い、付き合うことになったことも何人かいた。

でも、それが長く続くことはなかったし、

『今月のトップはアキ』

売り上げトップを取り始めれば、それまで夢中だったはずの熱が一気に冷めていった。

トップになれば、今度は足の引っ張り合いが始まる。
そして、1人の客を特別扱いはなるべく控える。
客同士が喧嘩になることもあるから、加減が難しい。

なんか、”愛”を求めてこの道に入ってきたはずなのに、その”愛”に逆に縛られてる感じだった。

ホストとしてトップの座に君臨し始めてすでに1年半が過ぎれば、もう俺には”愛”は幻でしか思えなくなっていた。

だから最近は淡々と仕事をこなす毎日だし、仕事にも気合いが入らない。

オーナーはそれに気づいているはずなのに、「辞めろ」とも言ってくれない。
言ってくれないから、俺もホストを辞める機会を見失ってる今日この頃。


俺が2つ目のチョコレートを口に放り込みながら、雑誌をペラペラとめくっていたら、不意打ちに


「テルが来週1週間休むらしいから、よろしく」


と言い出した。

テルっていうのは、同じホスト仲間でナンバー2の奴だった。

「は?」

俺は思わず口に含んでいたチョコレートをカリッと噛み砕いてしまう。

チョコレートを口の中で自然に溶けてしまうのを味わうことが好きな俺が、思わず噛み砕いてしまうぐらいオーナーの言葉は衝撃的だった。

「恋人とバカンスだそうだ」

「恋人って・・・あの」

「そう、あの恋人だ」

俺の頭の中でつい最近店に来た人物が思い浮かぶ。

『アキ、こいつが俺の恋人』

『は、初めまして』

紹介されてもその姿は、ホストの恋人とは思えないぐらいに野暮ったかった。

しかも、テルと同じ男だったし。

俺は営業用の笑顔を顔に張り付け、やり過ごしたわけだが、その後で当然ながらテルに詰め寄った。

だって、テルという男は”愛=金”と豪語してはばからない奴だった。
そんな人間がいきなり

『やっぱり愛って金じゃない』

なんて言い出したら、頭のネジが何本かぶっ飛んだとしか思えなかった。

でも、どんな経緯があったのか分からないが今やテルはことある毎に休みを取るようになった。

そして、そんな時にしわ寄せで忙しくなるのが


「そういうわけで、お前には来週1週間は何が何でも出てきてもらうから」

「そんなぁ・・・」


俺だった。

机に突っ伏して、来週のことを考えると今から憂鬱になってくる。

それなのに、


「暇ならマジで営業に出てこい」


なんて・・・オーナーは店のことしか考えてないような言い方をする。

良い方に考えようと思えば、これもオーナーが俺に出会いの場をより多く提供してくれようとしているんだと・・・思えるわけがない。


「行きたくない」


俺が動こうとしないのを見ると、


「じゃあ、後輩の指導を・・・」

「絶対嫌だ」

「ふん、だったら働け」

「う〜」


オーナーの言葉が次々と突き刺さる。
俺は仕方なく腰を上げると、ダラダラとっていう表現がぴったりの状態で店の方へと向かった。

店内はすでに掃除が終了していて、ミーティングが始まっていた。

基本は全員参加のミーティングだけど、不良ホストの俺はワザと出ない。

俺は前に立って話しているマネージャーを悠々と横切ると、そのまま外へと出ていく。


「どうしようっかな」


外に出てきたのはいいけれど、行く目的地はない。

しかたなく仕事用の携帯から、何人かにメールを打ちながら返事が来るまでどこかで時間を潰すことにした。

こんな時重宝するのが、駅近くにある某コーヒーショップ。

そこでぼんやりと外を見ながらコーヒーを飲んでるのが一番心地良かったりする。

そのうち同じ店の後輩だったり、他の店のホスト達が駅前にキャッチとして立ち始める。


「若いね〜」


俺はボソリと呟きながら、奮闘ぶりを見ていた。

声を掛けても相手にしてくれる女子はほとんどいないし、足を止めたとしても、話をちゃんと聞いてくれているわけではない。

かつての俺もあんなに必死に女の子に声を掛けていたんだろうか。

遙か昔のような記憶に思いを馳せていれば、俺の携帯にはいつの間にか返信のメールが溜まっていた。

時計を見れば、すでに1時間近くが過ぎている。

後輩達はまだキャッチに精を出しているようだったが、俺は店に戻るべく席を立った。

すっかり外は暗くなり、繁華街にふさわしくネオンが眩しいぐらいに輝いている。

この通りは一見すれば昼間のように明るく、陽気に見える。
でも少し横道に逸れるだけで様相が変わることをどれだけの人間が知ってるだろう。

もしそっちに行ってしまえば、身ぐるみ剥がされ、大きな代償を払うことになるのは間違いない。

俺もこの界隈で働き始めて何年かになる。

だから、時々そういう痛い目に遭った人間も目にする。



そう、例えば今のように・・・


「うぅ・・・」


俺の目の前には言葉の通り、身ぐるみ剥がされた人間が横たわっていた。


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