嘘つきな彼 16

「良隆さんっ」


すぐ後に彼の声が聞こえてきた。
私は”来る”と密かに心を震わせていた。


「ふぁ、な、何・・・」


それまで私の中で収まっていた彼が出て行ってしまうのが分かった。

と同時に私の腹部に彼の精液が吐き出された。
ほの温かい感触に私はぼんやりとその光景を見ているしかなかった。


「なんで・・・外」


私は中で出されなかったことに少なからず驚いていた。
それは彼にも伝わったらしい。

私を抱き寄せてくれながら、


「今日は焦ってゴムを付け忘れてました」

「ゴム」


その単語に私はますます戸惑っていた。

私が読んでいる本にはほとんど登場しない単語。


「中で出すとお腹が痛くなったり、下痢になるとて聞いたので」


”生は当たり前、中出しが多い”

私はついそれが当たり前なんだと勘違いをしていた。
でも、そんなのは本の中での話。

その後の体調まで心配してくれる、彼の気遣いが嬉しいと正直感じた。


「ありがとうござ います」

「そんなお礼を言われるほどじゃないですから」

「でも・・・」

「それよりも、もし動けるようならお風呂はどうですか」


気づけば彼はジャケットを脱いだだけ。
対して私は生まれたままの格好。


「あ・・・は、入ります」


そんな姿のままでいることが恥ずかしくなった私は、慌てて彼から身体を離す。

ベッドから一歩足を下ろせば、いつもとは違う感覚が私の身体に襲いかかった。

”こ、これが奥にまだ何かが挟まったままっていう感覚か”

足に力が入りにくく、まるで足腰の悪いおじいさんのような状態。
こんな変な格好を彼に見られているという羞恥心。

走ってお風呂に逃げ込みたくなるが、それは心の中だけ。
実際は一歩進めただけだ。


「良隆さん、一緒に行きましょう」

「・・・え」

「場所、分からないでしょ」


彼は私にシーツを掛けてくれながら、私の肩を抱いてくれる。


「もっと身体を鍛える必要がありますね」


彼の言葉に疑問を覚えた。
今でも私より若く、体力がある様子なのに。

それは今身体を重ねて実感できたことだ。


「良隆さんをお姫様抱っこできるように」

「・・・え。・・・そ、そんな」


彼の言葉に一瞬お姫様抱っこされている自分を思い浮かべれば、
あまりの恥ずかしさに顔が火照る。

ゆっくりと彼に支えながら私は風呂場にようやく到着する。

もしかして、もしかして。
『このまま一緒にお風呂を・・・』
なんて言われるんじゃないかとドキドキしてしまう。

よく見ればさっきの寝室とは違い、今いる風呂場はとても明るい。
そんな明るい光の下に自分の弛んだ身体を晒すなんて・・・勇気がいる。


「良隆さん」

”きた・・・”

「あ、あの、1人で入れますから」

私は彼が何かを言う前に告げる。

『そんな、良隆さんの全てを洗ってあげますよ』

断りながらも私はついそんなことを想像していた。
きっとそんなことを言われれば私は断る自信がない。

ところが、

「分かりました。じゃあ、着替えを用意しておきますね」

「え・・・」

私が想像していたよりも彼はあっさりと承諾してくれた。


”もしかして、一緒にお風呂なんて考えていたのは自分だけなんじゃ・・・”


そこまで考えると自意識過剰なぐらいの発言に死にそうになる。

彼は何も気にしていないのか、それとも気づかない振りをしてくれているのか、

「じゃあ」

と風呂場から出て行ってくれた。












前中は御木をバスルームに残すことに対して、本音で言えば”不本意”としか言いようがなかった。


前中自身、気持ちでは御木に惹かれていることを認めるしかなかった。
ただ、御木の言う通り裸を見てもその気持ちが揺るがないか、それは賭だった。


実際に御木の裸を目にして、先に浮かんだのは愛らしさだった。


確かに今まで前中が身体を重ねた人間に比べれば、その身体は劣っていた。
少し弛んだお腹に、筋肉があるのかと思えるような二の腕や足。

それなのに、触れてみれば離すことができなくなりそうな程にしっくりと前中の手に馴染んだ。

前中にとってそれは誤算としか言いようがなく、前中は夢中になっていた。
ゴムをすることを忘れるぐらいには。

そのまま欲望を吐き出しそうになったが、寸前で踏みとどまった。

それに今も前中は一緒に風呂に入りたいという気持ちを我慢していた。


それもこれも全ては御木に前中自身をさらけ出していないから。


前中はシャワーの音を聞きながら、ベッドの傍にあるクローゼットに近づく。

「これが必要になることがなければいいんですけどね」

そう言う前中の手には小型のビデオカメラ。
密かにクローゼットの中にセットしておいたものだった。

前中が録画停止ボタンを押すと同時に、

「失礼します」

と部下が部屋に入って来る。

「これ、持って帰っておいてください」

「分かりました」

部下はビデオカメラを受け取るのと同時に二人分の着替えを渡すと

「それでは」

部下は来た時と同じく、静かに去って行った。

前中は受け取った着替えに袖を通すと、御木の分を持って再びバスルームへと向かう。

シャワーの音は止んでいた。

「良隆さん、着替え」

ドアを開けると御木が身体を拭いているところだった。

明るく照らされたバスルームにほんのりピンク色に染まっている御木の身体。
前中は着替えを洗面台に置くと、つい御木の身体を引き寄せる。

御木はバスタオルで身体を拭いていた途中で、

「良隆さん」

「ま、前中さん」

前中はバスタオルごと御木を抱きしめながら、ほんの少し欲望を抑える努力をする。


「良隆さん、やっぱり私はあなたのことが好きみたいです。
身体を繋いでみて、さらにそれを実感しました」


前中は抱きしめる腕の力を強めながら、御木に言い募る。

御木は前中に抱きしめられているという事実に混乱している最中。
言われている言葉の意味を理解することに時間が掛かった。


「あ、の・・・ま、前中さん」

「レストランで約束しましたよね」

「やく・・・、そく」

「正式にお付き合いしてください」


前中の言葉に御木は何も言えなかった。


「いいですよね」


念を押すように耳元で囁く前中に、御木は否という答えを持ってはいなかった。
ここまで前中に求められていることを実感した御木に残された答えは

「よろしくお願いします」

という言葉だけだった。


「離しませんから」

「はい」



それは嘘つきな彼が言った正直な気持ちだった・・・・

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