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部屋の照明は仄かに灯っているだけ。
数メートル離れてしまえば、そこに人がいるのかさえ分からない。

ここは特殊な招待券を貰った人間だけが入れる場所。

看板も、ましてや何か目印があるわけでもない。
それなのにここまで辿り着いた人間が多くいた。

暗闇に今いる部屋が広いのか、それともある程度の広さがあるのかさえも分からない。

ただ分かるのは人間の熱気だけ。

そんな暗闇の中でも不自由なく動けるのは、そもそも自分が手配し作り上げた空間だから。

招待客の接待をする人間はトレイにキャンドルを灯しながら歩いている。

中央に円形のステージが設置されており、ステージを取り囲むようにソファが設置されている。
ステージ上には何もなく、ただ血を連想するような真っ赤なライトが一際目立っていた。

ステージに問題がないかを軽くチェックしながらゆっくりと一周する。
ただこの時にステージだけを見ているだけではなく、視線の片隅に招待客達の動向もチェックする。

招待客はそれぞれ口元から上を隠すように仮面を付け、さながら仮面舞踏会のようにも思える。

ただ、そんなに仮面を付けて顔を隠そうとしてもこちらは誰が誰なのかは分かっているから、何か不審な動きがあればすぐにそ
れなりの対処はできる。

まあこの場でそんなバカなことをするような人間はいないだろうが。

客達は照明の色に反応しているのか、興奮した様子で周りの人間と会話をしている様子だ。

その傍を通り抜け、一番奥まったところにある席を目指す。

各席にはローテーブルが配置され、キャンドルの仄かな光が揺らめいている。
しかし、今目指しているテーブルに備え付けられているのはキャンドルではなく手元を煌々と照らすライト。

それが一際異質で、人目を引く。

しかし、誰もがその席の人間に視線をやることはない。
それはある意味、不自然なほど。

「社長、準備が整ったようです」

秘書である俺はここでも”社長”と呼ぶ。


「じゃあ、始めましょうか」


社長はそれまで読んでいた書類を横にスライドさせると、軽く手を挙げる。

途端にステージの照明が消え、それまで灯っていた室内灯も消え、闇が会場全体を包み込んだ。




今回のパーティーは準備から開催まで1週間もなかった。

パーティーの開催場所や招待客は問題なく決まり、最後まで難航したのは出演者の確保。

特別なパーティーなため、出演者も特別になるというわけだ。

出演者は少数精鋭、3人。
出演交渉は俺と、社長自ら行う。

普段はこんなことはない。

出演交渉は他の人間がするのだが、今回は本当に異例だということだ。



さて、1人目は女だった。

交渉には時や場所を選ばないというか、時間もなかったため選んでいられなかった。

「お邪魔します」

そこはホテルの一室、どうやって鍵を手に入れたのかは企業秘密。

俺がまず先頭に立ってドアを開け、中の状況を確認する。
問題がないことを確認した上で、社長に合図すれば、社長がゆっくりと室内へと歩みを進めていく。

絨毯が敷き詰められている部屋は、靴の音を消してしまう。

だから社長と俺の耳に入ってくるのは男の荒い息づかいに、女の上げる甲高い声。
そして、ベッドの軋む音だけ。

「お忙しい所申し訳ないですが」

社長は交渉の場ということで、笑顔を浮かべ、穏やかな口調だった。

自分達の行為に夢中だった2人だったが、俺が軽く挨拶代わりに消音装置のついた道具で足下のベッドマットに穴を空けてやると
ようやく気づいた様子だ。

ただ、

「キャーーー」

気づいてくれたことには感謝するが、歓迎のための奇声はいらない。

社長の指示を仰ぐ必要もなく、俺は女の口にその場にあったシーツを突っ込むことで静寂を取り戻した。

女は男に跨る形をとっていたものだから、下になっている男は当然ながら身動きもとれない状態だった。

ひたすら目を見開き、口をパクパクさせた状態で社長と俺のことを見ていた。

男には見覚えはなく、今回の出演者候補には入っていなかった。

社長はそんな些細なことを気にする様子は全くなく、


「お楽しみのところ申し訳ありませんが、こちらも急ぎの用だったもので」

「んー、んー」

「でも、姐さんも悪い人だ」

「んんーー」

「組長という人がいながら、こんな間男と・・・」

「んんーー」

「そうですね、この男だけじゃないですよね」

「んんーー」

「あの方もショックを受けるんじゃないんですか、自分がモノにしたと思っていた女性が、まさか自分以外の男をくわえ込んで
るなんて知ったら」

「ん・・・」

「ああ、それともお互い割り切った関係ということなんでしょうか」


笑顔で話しながら、ベッドに近づくが、女の顔はそれと共に顔色を無くしていく。

最初の勢いはどこにいってしまったのか、最後の言葉を聞いている時には快感とは別の意味で身体を震わせていた。


「別に私はどうでも良かったんですよ、あんな組。
欲しいという人間がいるならあげても良かった」


社長は男の上で固まった女と視線を合わせると、


「でも、こういうことをされるとねぇ」


困ったような表情を作りあげる。
でも、俺から見ても本当に困ったようには見えない。


「君はラッキーだ」


不意に社長は寝そべったままの男に声を掛け、


「またとないショーを、そんな特等席でみれるなんて、ねぇ」


最後の言葉は誰に向けた言葉なのかは分からない。

ただ、その時社長以外の誰もが思ったこと、

『絶対アンラッキーだ』



まったく気にする様子もない社長は、スーツの内ポケットから小さなボトルを取り出した。

ボトルの中身は透明な液体。
スポイトでその液体を吸い出す仕組みになっているようだった。

そのスポイトで液体を吸うと、社長は女の頭上にそれを掲げ、


「あなたにはこの後パーティーに出演してもらいますが、そのままではパーティーに出演できませんから・・・

主催者としてはパーティーに来ている客を全員誘惑されるわけにはいきませんしねぇ」


1滴、女の顔に降り注いだ。

その雫が女の皮膚に到達すると同時に皮膚から小さな煙と、泡が現れた。


「んんんんんーーーーー」


女の力は凄まじいとしか言いようがなく、腕に自信がある俺でも暴れるのをなんとか押さえている状態だった。

その煙や泡が何を意味しているのか、誰も聞くこともしない。


「そう、そう、そのパーティー。
私の恋人が勝手に出演者リストに載せられていたみたいなんです」


「んんんーーーーーー」


話しながら、社長はまた1滴、女の顔に雫を落とす。


「幸い、そのパーティーに出演しなくてもよくなったんですけど、代役を探すことになってしまいまして」

「んんんんんんんん」

「勝手ながら、そういった楽しいことがお好きな姐さんを推薦させてもらったということなんです」


異臭に近い臭いが部屋を満たしていく。

女は手でその雫から顔を守ろうとしたが、社長はお構いなしにまた1滴落とす。

「んぐううううううう」

手の痛みに耐えられず、顔から離せば次には顔に雫が落ちた。


「招待客にはいつものようにマスクを着用してもらいますが、出演者用のマスクの準備がないんです。

だから、この場で・・・ねぇ」


女の顔に何滴の雫が落とされたのか分からないが、気づけば女の顔は真っ赤に腫れ上がり、雫が落ちた形に皮膚が抉れ、余った
皮膚が寄り集まり奇妙な図を描いていた。

そんな女の変化を真下から見ていた男は、しっかりと目を見開いたまま言葉もない。

俺には『ご愁傷様』としか言いようがない。
もし俺が同じ立場なら、女をしばらくは抱けないだろう。
いや、しばらくで済めばいいってところか。


「さあ、姐さんの準備は整ったみたいですから」


社長はなんとも爽やかに言い放つと、ベッドから離れる。

俺もそれに従って女から離れると、途端に女は男の身体に倒れていく。

「ぅ、ぅわああぁあぁ」

さっきまでその身体を堪能していたはずの男は、悲鳴のような声を上げて女を自分の身体から引き剥がそうともがき始めた。

女は小さなうめき声を上げながら、震える手で顔を押さえ
ている。

「悲しいものですね。
ちょっと外見が変わったからってあんなに粗末に扱われるなんて」

「はぁ・・・」

「私だったら逆に抱きしめそうなものですよ。
これなら他の人間に取られる心配はいらなくなったと」

そんなことを考えられるのは社長だけだとは決して口にすることはない。


「じゃあ、後はよろしくお願いしますね」


社長はそれだけ告げると、興味は失せたのか部屋を出ていってしまった。

残された俺は後片づけにかかる。
電話で待機している人間を呼べば、ものの数分もしないうちに黒いスーツの集団が部屋へと流れ込んでくる。

俺はさっきまで姐さんなんて呼ばれていた女を男の上から
引きずり下ろし、男達に引き渡す。

男の方には特に何か言うこともしない。
警察なんて飛び込む勇気はないだろう、むしろたれ込むぐらいの度胸があればいいんだろうけど。

「邪魔した」

俺はそれだけ言うと、最後に部屋を出た。




女は都内のビル、その地下室へと運ばせる。

周りのビルはネオンも明るく騒がしいが、逆にそれが効果的に働き、このビルの存在を霞ませていた。

地下室の中は今、数日後に開かれるパーティーの準備室のような形で使われている。
出演者が待機していると言っていい。

まず、数時間前に確保した女。

女は下準備のために身体を解されている状態だ。

痛みを感じると質が落ちる可能性があるために、それを麻痺させるモノを含ませている。

そのお陰ではないだろうが、たった数時間で女の身体は男の片手を軽く飲み込めるぐらいにはなっている。
どこにというのは明言しない。

この部屋には女の前に出演が決まった人間が待機していた。

性別は男。

今は睡眠の時間ということで寝ているが、そんな格好で寝なくてもという状態だった。

この地下室の天井は案外低い設計になっている。
軽くジャンプすれば天井に手が届くぐらいだ。

そんな天井から何本か鎖が垂らされており、それが男を支えている。
かろうじてつま先が床に付く程度の長さに調整されているが、さっきまで男の身体は完全に宙に浮いている状態だった。

生きて空中浮遊を体験することになるなんて、貴重な体験だろう。

男は2日前にここにやって来た。
ここに来る前の男の名前は黒下だっただろうか。

そんなことが認識できないぐらい、男の顔は歪んでしまっていた。

鼻骨は歪み、頬骨は陥没していた。
歯は上の八重歯1本と、下の前歯2本以外が全て抜けて無くなっている状態だった。

社長が男の前に立った時、社長曰く喜びのあまり全身を震わせ、涙を流した・・・らしい。

「さて、今回の余興は楽しかったですよ。
実に手が込んでいました。

さすがの私もドキドキしました」


男は声にならない声で呻いていた。
歯がないので発音がしにくいんだろう。


「でも私はあなた1人でこんな余興を考えついたとは思っていないんですよ。

だいたいの検討はついているんですが・・・

もし教えてくれたら、パーティーへの出演を見合わせるように1つ考えてみましょうか」


社長の声に男の顔は明らかに変わった。
必死で何か単語を言おうとする。

そんな男の表情を笑顔で見つめながら、


「誰です?
福平さん?それとも松山会長?」


と全く考えてもいない人間の名前を並べる。

男は通じないことへの苛立ちもある様子で、首を振り、必死で名前らしい単語を発する。

おそらく注意深く聞いていれば分からないこともない。

そのうち男も気づく。
社長は本気で男の言葉を聞こうとしていないということに。

そのことに気づいた時、男は愕然とした表情を見せる。

俺は男のそんな浅はかとも言える行動を哀れに思うが、社長はむしろ満面の笑みを浮かべて見ていた。


「残念ながら私には黒下さんの言葉が理解できなかったので、予定通りパーティーには出演していただきますね。

ああそれと、小耳に挟んだんですが私の恋人がとあるDVDに出演予定だったとか」


男は必死に首を横に振ることで否定の意思表示をするが、


「違うんですか?でも、製作会社に問い合わせたらそういう話が出ていたとも聞いたんですが。

まあ、どちらでもいいです。

せっかくのメディアデビューですが、私としては恋人は私1人だけのものでいてもらいたいんです。
ただ、製作会社の方にも申し訳ないので、代わりにあなたを推薦しておきました。

大丈夫です、顔は映さないということですし、特殊な性癖をお持ちの方達用みたいなので、多少の傷は許されるそうですよ。

じゃあ、お願いします」


それが合図だったかのように、機材を持った男が数人部屋に入って来た。

機材はビデオカメラに、多種多様な大人の玩具。

さすがに男の顔を見て逸物を勃たせられる人間はいないだろう。
だからこその玩具の数々。

社長は準備を眺めながら、玩具の物色を始める。


「これなら良隆さんも・・・いや、やっぱり初めてはこういうものから」


その後、社長の要求通り用意されていた玩具は順番に1つずつ全て男の身体で試されることとなった。

もちろん、男の痛がる声や途中から喘ぎ声に変化していき、最後には射精の連続になるまでの全てを記録に納められた。

そのうち顔にモザイクが掛かったDVDが販売されることになるだろう。

社長は満足げにその様子を見ながら、俺はその中の3つを購入しておくように注文を受けた。




「今日はお忙しいところ、わざわざすみません」

「いや、まあ、滅多にそっちから連絡してくることなんてないからビックリしたがな」


社長の今日の会食相手は倉西組、組長の橋谷。

数日前にも同じように会食をしたが、その時は相手からどうしてもと、社長としては嫌々ながらの会食だった。

今日は反対にこちらから会食を願い出た。

こんなことは滅多にないことだ。
それだけに何かあるんだろう、というのは本人も分かっているはずだ。

いつもなら席についてすぐにアルコールを注文するはずなのに、今日は


「で、何なんだ。俺をわざわざこんな所に呼び出すなんて」


早く用件を言えと食事には見向きもせず、社長を急かす。

「いえ、そうたいしたことじゃないんですよ」

社長はにっこりと笑いながら、

「せっかくの食事なんですから、おいしいうちに食べましょう」

と箸を取り始める。

橋谷はその様子に一瞬社長を睨みつけたような気がしたが、

「そうだな、急ぐことはないな」

同じように箸を取った。

始まった食事は社長が時折「おいしいですね」と言うだけで、会話のないものだ。

橋谷は食べながらも何度も視線を社長の方にやる。
きっと食事の味なんて分からないだろう。

ある程度食事が済んだところ、社長がにっこりと微笑みを浮かべながら話し始める。


「橋谷さんにお渡ししたいものがありまして」


ようやくの話しに橋谷の身体に再び緊張が走るのが分かった。

俺は社長の傍まで寄ると、用意していた物をスッと机の上に差し出す。


「何だ・・・」

「どうぞ、受け取ってください」


怪訝そうな顔でそれを手に取ると、中身を確かめる。
途端にその表情が強ばった。


「こ、これは」

「招待状です」

「いや・・・」

「それも出演者としての特別招待状ですよ」


社長の言葉を最後まで聞かず、橋谷はその場に立ち上がり出口へと走り出す。

それは控えていた部下にとって予想外だったのだろう、追いかけるでもなく呆然と見ているだけだった。

逆に俺は男の行動を予想していたこともあり、いち早くその背後に回る。
そして、腕を掴むと後ろ手に固定する。

「くそ、離せっ」

橋谷は痛さに呻きながらその場に膝をついた。

ここまできてようやく部下も

「てめぇ、なにしやがる」

と腰を上げる。


「何もしませんよ。ただ、まだお話が終わっていないのに橋谷さんが突然席を立とうとするから彼も思わず追いかけてしまった
だけですよ、ねえ」

「はい」


社長は笑顔を浮かべているものの、その目が決して笑っている訳ではないというのはすぐに分かるだろう。


「さあ、2人とも座ってください」


俺は橋谷の腕を掴んだまま、席へと戻すと部下も渋々という風に座り直す。


「それじゃあ、これから組の方に連絡してください。
『しばらく帰れない』って」


それが最後の連絡になるとは・・・少なからず俺と社長は分かっていた。




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※ あとがき ※

「True〜」の途中のお話で、良隆さんに会いに行くまでの前中さんの行動です。
なので、良隆さんは出てきませんし甘くもないです。
嫌な人は後編はさらに見ない方がいいと思います。