『Ｍ大学　絵本サークル制作　　第６回　作品集』

締切ギリギリまで掛かって完成した冊子を抱え、芳は今マンションの前にいた。
この冊子の中に芳が悩み、そして出した結論が詰まっている。

それを狂慈に渡すためにマンションまで来たが、そこから先に進めずにいた。


”部屋番号なんて見てなかったもんな”


前に来た時には早く部屋から、マンションから出て行きたかったために部屋番号は分からない。
エントランスに入っても、目の前にある扉が開くことはなかった。

そのまましばらく立っていることで、誰か他の住人が帰ってこないか待っていた。

本当に会おうと思えば、携帯に連絡をすれば簡単なことだった。
しかし、それでは意味がないような気がした。


「何か御用ですか」


いつまでも立ち去らず、だからといってインターフォンを鳴らすわけではない芳を不審に思ったようで後ろから声が掛かる。

後ろを振り返ればそこには年配の男性、年配と言っても芳の父親と同じ位の人間が立っていた。


「すみません、部屋番号が分からなくて」

「ああ、そうですか。私はこのマンションの管理を任されてるんですよ。失礼ですが、どなたの・・・」

「淺川なんですけど」


その名前を出すと、管理人と名乗った男は表情を変える。
それまでも人当たりのいい顔をしていたが、やはり警戒していた部分もあったんだろう。

そして、


「もしかして、藤野さんですか？」


と芳の名前を尋ねてきた。

急に出てきた自分の名前に正直驚いた。
しかし、今までにもすでに自分が知らないところで芳の名前を知られていることがあった、それが多少なりとも芳を慣れさせていた。


「そうですけど」

「淺川さんはまだお帰りになっていないんですけど」

「じゃあ」

「ちょっと待っててくださいね」


管理人の言葉にそれまで絶対会おうと思っていた芳の気持ちは削がれてしまった。
帰ろうかと思ったのだが、それを引き留められる。

傍にあった扉の向こうに消えていった管理人だったが、待っていろと言われるままに芳はその場に立って待つことにした。
そんなに待つこともなく、再び管理人が芳の目の前に現れた時にはその手に何かを持っていることに気づいた。


「あの、こっちに来てくれますか？」

「え・・・」


管理人はセキュリティードアの前、その横に設置されている機械の前へと芳を促す。
そして、芳の目の前で手に持っていたカードを機械へと通した。

次の瞬間には今まで閉じられていた扉が自動的に開かれた。


「どうぞ」


開いた扉にどうしていいのか迷っていた芳に、管理人はニコニコと笑顔でそのカードを手渡し、さらに驚かせる。


「あの・・・これって・・・」


カードと管理人の男性を交互に見ながら、困った声を出した芳だったが


「藤野さんが来たら渡してくれと頼まれていましたので」

「え？」

「そのカードはエントランスと、部屋に入る鍵の役割をしています。さあ、どうぞ」


迷っている間にもすでに扉は閉じられていた。
芳は促されるまま、今度は自分の手でセキュリティーを解除する。

音もなく開く扉の向こうへと進みながら、芳はまた後ろを振り返るとそこにはまだ管理人が立っていた。


「ありがとうございました」

「いえ、これからも何か困ったことがあれば言ってください」


その言葉は何か含んだような言い方に聞こえたが、芳は受け流すことにした。

そして前に来たままに部屋の前までやって来ると、渡されたカードキーで再びセキュリティーを解除する。


”カシャン”


という音が聞こえると、芳はゆっくりとドアを手前に開ける。
その先には前に１度来た時に見た光景がそのまま変わらず存在していたが、しばらく芳は靴を脱ぐことをためらった。


”本当に、本当にこれでいいんだよな”


何度も考えた結果、ここに立っているはずだった。
それでも、芳は最後の一歩で迷っていた。


「大丈夫だ」


その迷いを振り払うかのように、芳はギュッと冊子を再び握りしめると靴を脱ぎ部屋の中へと一歩を踏み出していく。













それからどれ位の時間待ったのか分からなかった。
リビングに置かれたソファに座り、狂慈の帰りを待っていた。


”カシャン”


と芳がこの部屋の中に入って来る時に聞いた、あの音が部屋の中に聞こえた。
何かテレビを見るわけでも、音楽を掛けているわけでもなく、静寂のみだった部屋にその音はひと際大きく響く。

扉が開く音に、芳はおもむろに立ち上がる。

このまま狂慈が廊下を歩いてくるのを待っている間、緊張している自分が嫌だった。



「狂慈」



数週間ぶりに見る狂慈だったが、特に相手の方は驚いている風ではなかった。
手には荷物を一切持っていない狂慈は、目の前に現れた芳に手を伸ばす。

輪郭を撫でられ、芳は次に何を言えばいいのか戸惑っていた。


「あいつに会ったんだってな」

「え？」


いきなり言われたその言葉に芳は何を意図しているのか分からなかった。


「悪魔だよ」

「あ・・・ああ、バイトで頼まれて行った会社にいた」

「何言われた」

「さあな」


芳は何も言わなかった。
あの男の言葉がきっかけで、本当の答えを見つける努力をすることになったとは言いたくなかった。


「芳」

「お前こそ、なんで俺があの人と会ったって知ってるんだ」

「それは、悪魔からの電話があったからだ」

「は？」

「あいつ、『苛めてあげようと思ったのに、あっさりと逃げられてしまいました。しかも、後ろ姿だったからどんな表情をしていたのかも分からなくてつまらなかった』
と言ってたぞ」


狂慈から悪魔と呼ばれる人物は、わざわざ芳と会ったことを電話したらしい。
そしてあの時の言葉も、自分を動揺させ、その表情を楽しむためだったのだと知らされる。

人の動揺や、落胆といった負の表情があの人物には好物なのだと改めて考えれば、芳は自分が背中を向けていて正解だったのだと感じた。
もし、あの時に正面を向いていたのなら嬉々として更なる言葉の応酬を受けていたのではないかと思う。


「で、お前は何て言ったんだよ」

「さあな」


狂慈もあの悪魔と同じ位憎たらしいと感じる。
ニヤニヤとした笑いを浮かべ、肝心なところは言わない。

色々悩んだ結果、ここまでやって来たというのに芳は今すぐその考えを撤回したい気持ちになる。


「・・・・お前、このまま帰るぞ」


芳がその気持ちを言葉にすると、狂慈は靴を履いたままフローリングに足を乗せる。


「籠の入り口はいつでも開いてるって言っただろ、出て行こうが帰って来ようがお前の自由だ」

「なんだそれ」


狂慈は訝しげな表情の芳を眺めながら、その腕を腰へと回す。
密着した身体に、芳は持っていた冊子で狂慈の頭を叩く。


「お前、それだったら飼ってないのと同じだろうが」

「でも、俺はそのまま逃がしてやるとは言ってないぜ」

「は？」

「出て行こうが、帰って来ようがお前の自由だが、それは俺の見える範囲だってことだ」


それまで振り上げていた手がゆっくりと下ろされていく。


「俺に一生飼われる覚悟はできてるんだろ？」

「お前・・・」

「まあ、覚悟ができてなかったとしても・・・もう逃がさないけどな」


そう言うとゆっくりと狂慈の唇と芳のそれが重なり合う。
何度も、何度も優しく触れ合い・・・

狂慈がふいに芳の耳元に低く囁く。


「もし、今後、お前が俺の見える範囲以上・・・逃げようなんて考えたら、その足や手を折ってやる」

「え・・・」

「一度は可哀想だからと思ってカゴから出してやった。でも、戻ってきたのはお前だ。
もう、俺は逃がしてやらないってことだ」

「お前」

狂慈は唇から赤い舌を出してくると、それでくすぐるかのように芳の耳、その中をチロチロと刺激してくる。
それだけで芳は身体の奥から深い快感が全身を覆うのを感じた。

高校時代の自分なら、その快感に恐怖すら感じながら、されるままで終わっていただろう。

芳はうっすらと目を開けると、自分の目の前にある狂慈のそれを口に含む。
そして、耳朶の部分に少しだけ歯を立てる。

それは狂慈にとっても思わぬ仕返しだったのだろう、身体を一瞬強張らせた後

「芳、お前」

とクッと笑いを堪えながら、さらに芳の身体を弄り始める。

芳も狂慈に身体を委ねながら、持っていた冊子を床に落とす。


”これは、後で見せればいいか”





狂慈と芳はそこが玄関だということを忘れ、互いの身体を貪り始める。

着ていた衣服がどんどん脱がされながら、芳は初めての時と同じ位に身体が緊張しているのを感じた。
狂慈は本当の獣のように、芳の衣服を引きちぎらんばかりに剥いでいくが、自分は衣服を脱ぐのを忘れている様子だった。



「きょう・・・じ・・・」

芳は四つん這いの格好で、後ろから狂慈自身を受け入れる形を取る。

何週間も前に１度そういうことをしたが、それからも時間が経過している。
その前はと言えば３年もブランクがあったのだから、正面からというのは芳の身体に大きな負担をかけてしまう。

高校時代に比べれば、そんな配慮もできるようになったんだと狂慈の成長ぶりをこんな場面でも実感する。

慎重に芳の奥へと狂慈が侵入していく。

芳の身体は裂けるような感覚を覚えるが、ゆっくりとそして長く息を吐くことでなんとか乗り切ろうとする。
太い部分が入ってしまえば、あとは少し楽になった。

「芳、入ったぞ」

そう言われると、思わず芳の口から安堵の溜息が洩れる。
そこには充足感、欠けていた部分をそれで埋められていく感覚が不思議と溢れてくるようだった。

芳が感じ取ったものとは違った意味で、狂慈もそれを実感していたのかもしれない。

しばらく奥へ挿入したまま、その感触を改めて感じるかのように動かなかった。

「芳・・・」

そして、背後から芳を抱きしめると少しだけ腰を動かし始める。

たったそれだけの刺激にも関わらず、芳は

「あぁ」

と大きな声をあげてしまう。
その声は狂慈を少なからず煽ったようで、

「もっといい声で鳴かせてやる」

そう唸るように言うと、徐々に芳の中をリズムよく擦り始める。


「狂慈・・・きょう・・・じ・・・前・・・も・・・」


芳は身体を前後に揺らされながら、後ろを振り返る。
その目は快感で潤み、唇は真っ赤に染まっている。
まるで自分を食べてと誘っているようにしか見えなかった。

狂慈は芳の言葉を封じるかのように唇へ噛みつくと、さらに腰の動きを激しくしていく。


「あ・・ぃ・・ぃい・・・」


芳も無意識のうちに腰をゆらゆらと揺らしている。
狂慈のものを自身のいいところへ擦りつけようとしているようだ。

それを視界の端に捕らえた狂慈は、


「芳、腰が揺れてるぜ」


とわざと自分の痴態を自覚させるかのように、芳に囁いてやる。


「うそ・・・うそだぁ・・・あ・・・」


自分の行動が信じられず、首を振って否定をする芳だった。
しかし、おもむろに狂慈が腰を固定するかのように腕を回してきたことで狂慈の言葉が本当だったことを知らされる。


「や・・・ぃや・・・だ・・・」

「何が嫌だ？ん？自分でいいところに当てたかったか？」

「そ・・・そんな・・・」


狂慈はわざと芳のイイところを避けるように、奥へと侵入していく。
腰を振ろうとしても、狂慈がその腕で固定をしているためにどうしようもない。

そうなると、ひたすら芳は狂慈が気まぐれにイイところを突いてくれるのを喘ぎながら待つしかなかった。


「も・・・も・・・ダメ・・・」

「なんだ、もう降参かよ」


芳は揺さぶられながら、ガクガクと首を縦に振る。
その時、芳には自分の分身が触ってもらえるのを期待して震えているのが見えた。

そろそろと芳は自分の空いている手を伸ばしていく。


「あ・・・」


あと少しというところで、その手は大きな手に捕まえられる。


「おい、おい、俺の楽しみを奪うなよ」


芳は泣きそうになりながら、狂慈を睨みつける。
すると、さすがの狂慈も


「あーあー、俺が悪かったよ。ほら、イかせてやるから許せよ」


と苦笑いを浮かべながら言うと、それまで掠めるばかりだった芳のイイところを思い切り突いてきた。


「あ・・・あ・・・あぅ・・・んん・・・」

「芳・・・ココが好きだったよな」

「ん・・・ぃい・・・イイ・・・」


芳はすでに自分で身体を支えることができず、顔をフローリングに擦りつけるようにしながら喘ぎ続けるしかなかった。


「やっぱ、芳は最高だな・・・俺も、もうダメだ」


狂慈もそう言うと、芳の奥をさらに激しく突きあげる。


「くっ・・ぅ」

「あ・・・ぅう・・・」


それからすぐに２人は互いに欲望を吐き出した。

芳はぐったりと全身をフローリングに預けるような格好になる。
火照った身体に、フローリングの冷たさが気持ち良かった。


「狂慈・・・」


まだ中に入ったままの狂慈に、芳は暗に”抜け”という意味を込めて名前を呼ぶ。

「あ？」

しかし、それは正確に狂慈には伝わることはなかった。

「ちょ・・・お前・・・」

芳の中で再び成長の兆しを見せようとしている狂慈に芳は焦り始めた。


「せっかく帰って来たんだ。たっぷり可愛がってやるよ」


狂慈はいつもの人を馬鹿にしたような笑みを浮かべ、また芳の奥へと自身を押しこんでくる。
芳も一度は抵抗しようと試みるが、正直な身体はそんな狂慈を受け入れつつあった。


「じゃあ、可愛がられてやるよ」


芳のセリフで更にヒートアップした狂慈が、それから朝まで本当に芳を可愛がることになるとは、言った芳は思いもしなかった。

”ヒデくん”は　とりかごをもって　にわに　はしっていきました。

「チッチ」

ヒデくんが　チッチの　なまえを　よぶと、

「チッチ」

と　チッチも　ヒデくんに　こたえるように　なくのです。

ヒデくんは　そっと　とりかごのいりぐちを　あけました。

しばらく　チッチは　そのばから　うごきません。

でも　もういちど　ヒデくんが　チッチのなまえを　よぶと

チッチは　そのあおいはねを　おおきくひろげ　とりかごへと　もどってきてくれたのです。




それから　チッチとヒデくんは　ずっと　なかよしです。　

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