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  蔵前界隈                   浅草1に戻る  淺草2に戻る 浅草3に戻る  次深大寺あたりに続く

蔵前・榧寺 今から4百年程前、隅田川のほとりに、樹齢1000年の榧の大木が立っていた。そこには小さな庵があり、僧が毎日村人たちと念仏をしていた。
ある日山伏がやって来て、榧の実を賭けて碁の勝負をし、榧寺の僧が負け、山伏は榧寺の榧の木の本体を、遠江(伊豆半島)の秋葉山に移してしまった。
秋葉山の榧の木は、たくさんの実をつけた。 その後、山伏は榧寺にやってきて、実は秋葉大権現という火の神だと告白し、榧の実のお礼に、このお寺
      を火事から守る約束をした。そこで浄土宗の立派な寺が建てられた。                                                    


榧寺の境内にある小庭園

「榧寺縁起絵巻」が、墨田区の指定文化財として残
されているが、江戸時代の国学者・石川雅望の書い
た榧寺縁起に栗原信充が描いた絵をもとにして記述
 され、寺宝として今に残されているという。      
     

村光雲作という「厄除地蔵尊」などがあるという、「飴な
め地蔵尊」は、永井荷風の「日和下駄」で、榧寺には「虫
歯に効験のある飴なめ地蔵尊」と紹介している。
本来は、百日咳の平癒を願いお供えした飴を舐めると
いう。言い伝え。
蔵前神社 勧進大相撲発祥の神社 古典落語ゆかりの神社 

5代将軍綱吉が元禄6年(1693年)山城国の石清水八幡宮を当地に勧請したのが
始まりという由緒ある神社。大関谷風や関脇小野川が、寛政年間には、大関雷電な どの名力士も当社境内を舞台に活躍していたという。






境内ある「福徳稲荷神社」
                    更に、当社は古典落語「元犬」
(もといぬ)
や「阿武松」(おうのまつ)
舞台ともなっており、
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 「元犬」像が落語愛好家
によって奉納建立されています。