訳語としての重力  

(2014年4月18日)


 高島俊男著「漢字雑談」には日本語の由来から漢字の使用法にかなりの混乱があることが面白く書かれている。訳語にも混乱があることは同じである。

  この本によると訳語というのは何千もあるので分類が可能であり、(1)日本になかったもの、(2)あったが、概念・語がなかったもの、(3)事物も概念も語もあったが、訳語を用いたもの、とするのが簡単な分類だとある。
 
  重力という語は英語のGravityの訳語であるから、上記の分類では(2)であろう。手に持ったものを離せば地面に向かって落ちていくということは誰もが子供のころから経験することである。あまりにもありふれたことであるから誰も意識しなかった、つまり概念がなかったに違いない。
 
  現代人は物が落ちるのは重力が働いているからであると中学の理科で習う。物が落ちるのは自然にGravityという作用があるからである。実は、このGravityという英語の訳語として重力は良くなかった。重力という用語は「重い力」ではなくても「重さを生ずる力」の意味にとれてしまう。理科で習ったとおりなのだから、それで良いではないかと思うだろう。それが間違いなのである。

  物が落ちる自然現象である(Gravity)をガリレオ・ガリレイでさえ力であるとは言っていない。Gravityが「力」であると説明するようになったのはニュートンが万有引力の法則を示した後のことである。そして、今日まで重力は万有引力と自転による遠心力の和とする力であるという定義で良いと考えられている。

  よく考えて見るとニュートンの万有引力の法則は実証されていない仮説である。惑星の運動を観察して得られたデータからケプラーはケプラーの3法則を見つけた。このケプラーの法則は観察データに裏付けられている。そして、ニュートンがケプラーの3法則から万有引力の法則を導いた。しかし、距離の逆二乗法則である重力加速度の式までは観測データに裏付けられているので実証されている。しかし、万有引力の式は力の式として提示されている。力の式にしてあることが実証されていない仮説ということになる。万有引力が力であるとは少しも実証されていないのである。

  重力が力でないことに、最初に気がついたのはアインシュタインである。それは1907年のことであって、このことを数式で示すべく、難解な数学に取り組んだ。そして、1916年に一般相対性理論を確立し、重力が時空のひずみであることを示すアインシュタインの方程式を得た。重力が力であるという仮説はアインシュタインによって否定されているのである。一般相対性理論が正しいと認められるまでには、その後10年はかかっているとしても、現時点では疑う人はまずいない。

  アインシュタインの偉大な成果にも拘わらず、現代においても「重力」が力でないことを認識している人は残念ながら極めて少ない。将来、理科の教科書が修正される頃には、Gravityとは物が落ちていく運動を表しているので、訳語として「落動」、「落性」が良かったということになるだろう。ただ、一度認められた熟語は簡単には朽ちない。従って、高島俊男も「漢字雑談」に追記する機会が与えられるならば、訳語の「重力」は歴史的誤認の例として残っているとするだろう。

  (了)

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