アインシュタインの生涯で最高の思いつき  

(2013年3月5日)


  アインシュタインは1916年に一般相対性理論を完成し、宇宙の重力方程式を作った。そして、宇宙は膨張も収縮もしていない静的なものであるという当時の考えに合わせるために、この方程式に宇宙項を加えた。

その後、1929年にハッブルがウイルソン山での観測データから宇宙が膨張していることを発見した。膨張宇宙が間違いないことを認めたアインシュタインは、重力方程式に宇宙項を加える必要なかったと反省し、宇宙項を取り除いてしまった。

重力項を加えたことを自ら最大の誤りであったと後悔したのである。ところが、最近の観測では宇宙が膨張しているだけでなく、加速度的に膨張していることが判り、別の意味で宇宙項が必要となっている。

 逆に、アインシュタイン自身が生涯で最高の思いつきであると語った発見がある。しかし、「後悔」ほどには紹介されていない。それは、凡人にはむしろ当たり前のことであって、何故最高なのかが判らないからかも知れない。

 アインシュタインは1922年に日本の出版社である改造社の招待を受け、日本に40日ほど滞在して各地で講演をした。京都講演ではこの生涯最高の思いつきについて、つぎのように語っている。

 「私はベルンの特許局で一つの椅子に座っていました。そのとき突然一つの思想が私に沸いたのです。『ある一人の人間が自由に落ちたとしたなら、その人は自分の重さを感じないに違いない。』私ははっと思いました。この簡単な思考は私に深い印象を与えたのです。私はこの感激によって重力の理論へ自分を進ませ得たのです。」
 -「アインシュタイン レクチャーズ@駒場」、2007年、東京大学出版会

 ドイツ語からの翻訳の問題もあり実際のニュアンスは異なるかも知れないが、この思考による発見の感激は日本における講演だけで紹介されているのではない。はっと思ったのは1907年のことだそうだ。

 二重括弧の中がアインシュタインが言うところの生涯最高の思いつきなのであるが、自由落下の物体は、如何なるものであろうと無重量状態になるという事実である。子供の頃に高いところから飛び降りた経験でもあれば、それほど不自然なことではない。この思いつきも当たり前のことではないかと思う人も多いに違いない。

 重さを感じない状態とはどのようなものか、テレビで宇宙ステーションの中で活動している宇宙飛行士の様子を見ることのできる現代人であれば、すぐ判ることである。地上では再現できない重さがない状態を頭の中だけで想像できたところがアインシュタインの非凡さでもあろう。

自由落下の状態に置かれた物体は重さが無くなるということの意味が何故重要なのかを考えてみる必要がある。

 現代人でも宇宙ステーションが常に落下しているということを納得していない人もいる。つまり、重力は遠心力と釣り合っているから落下していないという理解である。現在の力学の多くの教科書でも、重力と遠心力が釣り合っていると説明しているから無理もない。

 アインシュタインがはっと気が付いたことは、言い換えれば、この説明が誤りだということなのである。力の釣り合いではないということに気が付いたのである。自由落下により重さが消えるということは、重力と称する力が慣性力と釣り合っているからではないということなのだ。重力が力ではないから、自由落下により重さが消えるということなのだ。重力は常に物体に作用しているが、力としてではなく、加速度運動をさせるということだったのである。

 重力と称する力が分子レベルで慣性力と釣り合っているから、重さを感じないのであるという説明ができるかもしれない。重さを感じると言うことは応力・歪が発生するということである。物体の全ての部分が分子レベルで釣り合えば、応力・歪を生じない、つまり重さを感じない力の釣り合いと言えるであろうという説明である。

 確かにこの説明で良さそうである。しかし、応力・歪が発生しない限り、力の釣り合いであることを検知できない。物体がすべての星から遠く離れた空間に置かれているのと、自由落下にある物体は区別できないということである。

技術的な意味だけでなく理論的にも違いを検知できないものは同じとするのが等価原理である。従って、自由落下にある物体は重力が無い空間に置かれた状態と同じなのである。

ニュートンの考えた重力の概念はアインシュタインによって三つの修正がなされている。

  1. 重力は万有引力を主体としているのでニュートンは無限の速さで伝わるとしたが、アインシュタインによって重力場が光速で伝わることに修正されている。

  2. ニュートンは重力を遠隔力であるとしたが、アインシュタインにより重力場からの近接作用であるとされた。

  3. 最後に重力は万有引力を主体としているのでニュートンは力であるとしたが、アインシュタインは時空の歪、つまり重力場であるとした。

重力場におかれた物体は力として作用するのではなく、加速度運動として作用するのである。


(了)


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