(2016年3月1日)
次の抜粋は今年度実施された東京都立高校の理科の入試問題で「正答なし」ではないかと先生方の間で議論のあった問題です。出題者の意図としてはエが正答であろうとする方が多いようです。しかし、エでは回転モーメントが残っています。それでも全部正答としたいと言う方もおられます。先生方の苦労の一端が判るような気がします。
中学校では物体の各所に掛る作用点を一つにまとめることについて、
「重力は物体中心」
「垂直抗力は床等とふれている物体底面(の中央)」
「摩擦力は床等とふれている物体底面(の中央)」
のように別々に指導するのだそうです。
これが指導要綱なのでしょうか。どうやらこの問題は作用点の決め方に説明不足が感じられます。
作用点とは「物体に力が加わった時、その点において力が作用していると考えられる点」のことを言うのですね。
この作用点の定義もまだ肝心なことを説明していません。それは、実際の力は必ず面で作用するということです。点と点でも、線と線でも力が釣り合うことはできません。それなのに点で作用していると考えることは大きな近似です。このように近似して考えても役に立つからそれで良いのですが注意は必要です。
実際は面と面で力は釣り合うということを頭に置くと、指導要綱のように「底面の中央」として良いのは面に作用する力が均一な場合のように特殊な場合に限られます。この問題の場合は物体と斜面の間で応力は下部の方が大きいのです。従って垂直抗力の作用点はエの図で重力の矢印と斜面の交点に移動させる必要があったのです。
問題をよく読むと物体は斜面を「滑り降りている」と書かれていますから、定速であろうと加速していようと、摩擦力が働いている限り滑る方向と反対方向に慣性力が働きます。問題の図ではどれにもこの矢印が描かれていません。
力を矢印で表す近似の図で、重力と垂直抗力と摩擦力が釣り合っていることを示しただけだと考えればアも正答でしょうし、全部正答とするのも良いでしょう。模範解答はどのようなものだったのでしょうか。
これでこの問題の解説は終わりですが、理科の先生方を悩ませるに違いない問題があります。
それは、もし斜面の摩擦力がゼロだった場合の物体に働いている力の釣り合い図はどのようなものになりますか。
(追加)
この問題は理科の先生方のメールのやりとりがあって、理科教育MLの管理人をされている山賀さんが正しい綺麗な図(下図)を描いてくださいました。
摩擦力の作用点は物体と斜面の接触面にあるのに物体に働く重力(より正しくは、重力に基づく慣性力)はその物体の重心に作用すると考えるべきですから左向きの回転モーメントを発生させます。このモーメントに釣り合うため、垂直抗力の作用点は重心から垂直に降ろした線より左側にあって右向きの回転モーメントを与えていることによって釣り合っているのです。
(了)
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