アインシュタインの思考実験から  

(2012年9月30日)


 アインシュタインは特殊相対性理論を1905年に発表しました。この年は奇跡の年と言われていますが、この年にアインシュタインは他にも重要な論文を2件発表しているからです。一般相対性理論を発表した1916年には、アインシュタインの名声は既に十分高まっていました。しかし、二つの相対性理論に対する評価はまだまだ確立したものではありませんでした。アインシュタインは日本に招かれてその船旅の途中でノーベル賞受賞の知らせを受けました。受賞の対象は相対性理論に対するものではなく、光の量子効果に関する論文に対してでした。

 アインシュタインは日本の各地で講演をしましたが、その中で「自分の生涯で最高の思いつきであった」と紹介したことがあります。それは「自由落下中の物体には重力が消えている」というもので、1907年のことだったそうです。この思いつきは思考実験による発見で、その後の人に等価原理と説明されていることもあります。

 アインシュタインの思考実験では天使にぶら下げられたエレベータであったのですが、もう少し現実的に天使でなくロケットに置き換えて考えてみましょう。

 今、あなたは横浜ランドマークタワーのエレベータに乗ったとします。このエレベータは建物の中にあってドアが閉まると外が見えない狭い空間になります。ドアの上にあるエレベータの位置を示す表示を見なければ自分がどの階にいるのか判りません。

 さて、エレベータのドアが閉まっても数秒間は動きません。この時、あなたは垂直に立った状態で自分の体重は足にかかっています。普通は何も意識しませんが、意識すれば足の裏から床が体重を支えているのだと判ります。

 最新のエレベータは非常にスムースに動きます。それでも動き出すと僅かに動いていることを感じるでしょう。しかし、もっと滑らかに動き出すと人間の感覚ではそれも感じられないほどに動かすことはできるでしょう。理想的なエレベータは動き出したことも感じられないものとします。

 ランドマークタワーのエレベータはもちろんのこと、すべてのエレベータはロープで吊り下げられています。体重を支えた床はロープの引き張り力になっています。

 ここまでは実際のエレベータを想定して説明できました。次にエレベータを動かないように支えたり、引っ張り上げているのがロープでなくロケットであるとします。このロケットは推力を自由に調整出来て、いつまでも動かせる理想的なロケットであるとします。

 ロケットの推力を調整して、丁度エレベータが停止しているだけの力であるとどうでしょうか。あなたは窓のないエレベータの密閉空間にいるので、エレベータを支えているのがロープなのかロケットなのか判りません。理想的なロケットですから振動もないのです。

 ロケットに支えられたエレベータの個室を建物の外に出して、わずかに推力を上げますとあなたは動き出したことも知らずにどんどん上昇していきます。十分長い時間が経てば、このロケットはエレベータを押し上げてついには大気圏外に出ます。さらに時間が経てば地球の重力圏外に出てしまいます。それでもあなたは個室の中で動いているのかどうか判りません。もっと時間が経てば、遂には太陽の引力圏外にも出てしまいます。あなたは玉手箱を開けた浦島太郎のように御爺さんになっているかも判りませんが、相変わらず足に体重を感じていますが自分が動いて地球から離れてしまっているかも判りません。

 こうして、太陽からも十分離れた宇宙空間で始めてロケットの噴射を停止しますと、始めてあなたは足の裏に圧力を感じなくなり、部屋の中でふわふわと浮いてしまいます。これが無重量状態です。

 このエレベータを押し上げていたロケットが地球上にあった状態に戻して考えてみます。このロケットの推力が丁度エレベータを支えている大きさの時は少しも上昇しません。ロープで支えられている動き出す前のエレベータと同じ状態にあります。閉鎖空間の中にいるあなたは、自分のエレベータがロープで支えられているのかロケットで支えられているのか全く判りません。

 この地上でエレベータを支えていたロケットが突然エンジンを停止したとします。するとエレベータは自由落下を始め、下に落ちていきます。中にいるあなたは急に足の裏に圧力を感じなくなり、ふわふわと浮き出します。この状態は星から十分離れた空間でロケットのエンジンが停止して無重量状態になったときと全く同じ状態です。

 地球の近傍で自由落下しているエレベータの室内は、どの星からも遠く離れた宇宙空間にあるエレベータの室内と同じであって、違いを知る方法がないのです。外からエレベータを観察すれば動きに差があることは判るでしょうが室内にいる人には区別する方法がないのです。

 このことが、「自由落下している物体には重力が消えている」ということなのです。自由落下により重力が消えるということは重力が力でないことの証拠です。

 また、ランドマークタワーのエレベータにいるあなたの質量は重力質量で、遠く離れた宇宙空間でロケットに押されているあなたは慣性質量であると区別することは出来ないでしょう。質量には慣性質量の概念しか必要ないのです。

 ランドマークタワーでエレベータを静止させているのがロケットであろうとロープであろうと、あなたの質量が床に対して働いている力は慣性力なのです。つまりこの慣性力が重量です。

(了)


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