(2021年3月9日) 種子島から静止衛星を3段式Nロケットで打ち上げた時を思い出して、標準的な打ち上げシーケンスを書いておきます。 ロケットは射点に垂直に立ててカウントダウン0で発射します。通常、メインエンジン着火は5秒ぐらい前です。異常があれば直ちに停止させます。カウントダウン0で個体ロケット・ブースターに点火します。現在はすべて自動シーケンスですが、Nロケットでは管制卓に親指で押すメインエンジン着火ボタンがありました。 垂直に打ち上がると、機体を軸方向に回転(ロール)させて東の方向に向けます。ロケットは遠くから見ると回転体のように見えますが上下だけでなく前後左右が決めてあるのです。ロール、ピッチ、ヨーは航空機と同じです。 ロケットを徐々に東の方向に頭を下げます(ピッチ・ダウン)。最初から斜めに向けて打ち上げない理由はなるべく早く空気の厚い層を抜け出したいからです。1段ロケットの周囲に取り付ける固体ロケットはブースターと呼ばれます。ブーストは持ち上げるという意味です。Nロケットでは3本の固体ロケットを取り付け、SOB(ストラップ・オン・ブースター)と呼ばれていました。 燃え尽きた固体ロケットは身軽になるため切り離します(SOB分離)。高度80km以上に達した時点で衛星フェアリングも切り離します。 1段の燃料を使い果たす直前でメインエンジンを停止(MECO)させます。MECOはメイン・エンジン・カット・オフです。数秒後に第1段を切り離します(1・2段分離)。その数秒後に2段ロケットエンジンを点火します。 高度200kmに達したときには姿勢は水平になりロケットは水平に加速を続けます。そして、速度がこの高度の人工衛星速度、7.78 kmに達したとき2段エンジンを停止(SECO)します。SECOはセカンド・エンジン・カット・オフです。Nロケットでは停止させるためVCS(ベロシティ・カットオフ・スイッチ)を作動させました。 第2段ロケットは高度200kmの円軌道に入っています。この軌道をパーキング軌道と言っています。もう第2段は不要なのでいつでも切り離しても良いのですが、慣性飛行に入っているのでもはや急ぐ必要はありません。 Nロケットでは第3段ロケットが個体ロケットですので、姿勢安定のためスピンをかける必要がありました。スピン・テーブルに載せてある第3段を回転させます。スピンテーブルには円周上に小さなロケットが4本載せてあり、同時に点火します。2秒ほどの燃焼時間でスピンがかかります(スピンアップ)。 スピン・テーブルからスピンのかかった第3段ロケットを切り離します。2・3段分離です。第3段ロケットはパーキング軌道上を慣性飛行を続けます。そして赤道を横切る頃に第3段ロケットに点火します。 第3段ロケットに点火して増速させることをペリジキックと呼んでいます。ペリジは近地点の意味です。ペリジキックを行った第3段ロケットは遠地点(アポジ)が静止軌道の高さになる楕円軌道に入ります。この楕円軌道は遷移軌道(トランスファー・オービット)と呼ばれます。ペリジキックによる速度増分は大きすぎても小さすぎても駄目です。 この楕円軌道はホーマン軌道と呼ばれることもあります。軌道を変えるときに最も必要なエネルギーが少ない軌道です。 ペリジキックを終えた第3段ロケットはペイロードである衛星を分離します。慣性飛行に入っていますから、アポジ点に到達する前なら何時分離しても良いのですが、地上からのテレメータによる監視の必要もありますので、通常は直ちに分離します。ここでロケットチームの仕事は終了です。 人工衛星はアポジ点に来ますと速度がかなり落ちています。ケプラーの第2法則、つまり面積速度一定の法則、により遠地点では速度が落ちています。ここで人工衛星に搭載されたロケットを付加して静止軌道に入ります。 静止軌道でのロケットエンジンの作動により増速することをアポじキックと言います。アポジキックの速度増分も適正でなければなりません。 種子島の射点は緯度が30.6度ですので、遷移軌道は必然的に軌道傾斜角が30.6になります。アポジキックではこの軌道傾斜角をゼロにすることも必要です。ペリジキックの時に直すことも可能ですが、速度が早いし第3段ロケットの分もあって質量が大きいのでエネルギー的に不利なのです。 静止衛星になるための軌道高度とその高度における人工衛星速度はニュートン力学で決まります。計算してみると静止衛星の軌道高度は3万6千kmで人工衛星速度は3.07km/sとなります。 次にペリジキックの速度増分とアポ時キックの速度増分を求めます。 そのために、まず遠地点の軌道高度が静止衛星軌道と同じ高度で近地点がパーキング軌道と同じ遷移軌道を飛行する宇宙機の近地点と遠地点での軌道速度を求めます。 必要な法則はケプラーの第2法則である面積速度一定と力学的エネルギー保存則です。 遷移軌道での近地点速度は10.0km/sで遠地点では1.53km/sという計算結果です。 従って、ペリジキックに必要な増速量は10.0-7.8=2.2 (km/s) です。 アポジキックに必要な増速量は3.07−1.53 =1.54 (km/s)ですが、種子島から打ち上げた場合は軌道傾斜角も修正する必要がありますから、余弦定理を用いて、求めると 1.92(km/s)必要であることが分かります。
(計算メモ) パーキング軌道および静止軌道に必要な宇宙機の周回速度: GME=6.674×5.972×1013=3.986×1014 m3s-2 円軌道では重力加速度と遠心力加速度が等しいという事実を使います。 パーキング軌道では 静止軌道では1日で地球を1回転します。 → va =( 2πtd-1GME )1/3 va =(2×3.142×3.986/8.64×1010 )1/3 = (28.99×109)1/3 = 3.07× 103 [ms-1]
楕円(遷移)軌道の近地点速度: Vp 面積速度一定 → Vprp = Vara → Va=Vprp
/ ra 位置のエネルギー: E 近地点と遠地点での運動エネルギーの差は位置エネルギーの差に等しい。 → 1/2(Vp2 ーVa2)= GME(rp-1 ー ra-1) よって、 Vp2= 2GME(ra/rp )/(rp+ra) Vp2= 2×3.986×1014×43.12/6.58
/(6.58+43.12) ×10-6 余弦定理: c2=a2+b2-2ab COSθ Va2=3.072+1.532 - 2×3.07×1.53×cos30.6°=3.68 Va= 1.92 [kms-1] (了) 戻る
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