投げたボールに働く重力の作用  

(2011年10月12日)


  はじめに
 先日、高校時代の母校に行く用事があった。その日は休日で学生の影はなかったが、グラウンドからは運動部らしい声が聞こえ、行ってみると野球の試合が行われていた。ネット裏から近くで見る野球は何十年ぶりかのことで、投手の投げるボールの速さに驚いた。高校生だから、時速130Kmぐらいなのだろう。少し遅いボールはきっとボールに回転を与えて投げたカーブで時速100Km前後に違いない。ボールに回転を与えると、空気の流れとの関係でマグナス効果と呼ばれる横方向の力が発生するので、ボールは曲がることになる。ここでは直球だけを考える。

 直球に作用する力
 投手の投げたボールが直球であると手を離れた後、殆ど真っ直ぐに捕手のミットに納まるように見える。実際には地球の重力で多少は下に落ちている筈だが、素人目には真っ直ぐにしか見えない。もし、空気抵抗がなければ、投手の手を離れてから捕手のミットに収まるまでボールは速さを変えない。正確に言えば、重力の作用により垂直方向の速度が増えるので少し速くなる。

 慣性の法則
 もし、投げられたボールに何も力が加わらないならば、ボールの速さは何時までも同じ速さを保つ、というのがニュートンの運動の第一法則である。この第一法則は、通常、慣性の法則と呼ばれる。
 宇宙空間のように空気が無くて空気抵抗がないところであっても、厳密に言えば、宇宙に星がある限り重力の無い場所はないので、重力の作用はうける。ニュートンによる慣性の法則は重力の作用も受けない理想化した条件の下での法則である。

 一般相対性理論による慣性の法則は重力の作用のみを受ける運動(これを初速の有無に関わらず自由落下運動という)である。

 野球の場合、投手の投げたボールは捕手のミットに収まるまで、空気抵抗があっても、近似的に慣性の法則に従って運動していると言って良い。投手の投げたボールが捕手のミットまで届くのは、この大自然に慣性の法則があるからである。(一方、投手がボールに速度を与えることができるのはニュートンの運動の第2法則があるから。)

 投げられたボールに作用する力
 投手はボールを投げる時に、ボールに力を加えるが、手を離れた瞬間から捕手のミットに収まるまでの間、ボールには重力以外に、空気抵抗を無視すれば、何の力も加わっていない。重力が力であるか否かについては後で議論する。

 投げられたボールは捕手のミットに触れた時に衝撃力を受け、ボールの速さがゼロになる。捕手のミットに納まるまで、ボールには何も力が働いていない(空気抵抗を無視して)証拠に、その間でボールは変形しない。ボールでなく生卵を投げたとしても、投手の手を離れるまでの間に割れない限り、空間を移動中に割れることはない。重力は常に作用しているものの、生卵を割るような物体に変形を及ぼす力でないことが納得できるであろう。

 投手がこの生卵を上空に向かって真上に投げたとしたらどうであろうか。重力の作用で必ず上向きに投げた生卵も落ちてくるが、投手が受け止めるか地面にぶつかるまで、生卵が空中で割れてしまうことは絶対にない。重力が物体に変形を及ぼす作用はなく、加速度を与えるだけの作用であるからである。

 人工衛星
 投手は外野に向かって水平にボールをできるだけ遠くまで投げるものとする。もし、空気がないならば、投手の手を離れたボールは同じ水平速度を維持するが、重力の作用により下向きの速度を得るので地上に落ちてしまう。投手の投げたボールが早ければ早いほど、ボールは遠くまで届く。

 もし、投手の投げたボールが時速130Kmどころか、秒速8Kmの速さで投げることが出来たとすると、そのボールは遠くまでとび、地球は丸いのでどこまで落ちても地表に届かない。これが人工衛星の原理である。

 地球はでこぼこしているので、富士山の頂上から投げてもヒマラヤ山脈にぶつかるかもしれない。高度400kmで地球を周回する宇宙ステーションは殆ど真空の空間を秒速8Km近くで飛んでいるので、いつまでも地表に落ちてこない。
 
 宇宙ステーションは重力の作用を受けて常に落下しているが変形を及ぼす力を受けていない。この状態を無重力状態にあると称している。(アインシュタインが1907年に気がついたように、重力が消えている状態であるというのが正しい。)

 力がボールに作用するとき
 投手がボールを投げるとき、ボールに力を加えるのでボールは速さを得て捕手の方向に飛んでいく。一方、速さを持ったボールは捕手のミットに触れた時にミットから力を受けるので減速してミットに納まる。ボールを上向きに投げても下向きの速さを持って落ちてくるのは重力の作用があるからである。しかし、空中でボールが変形するような力は受けていない。
 ボールを減速させると共にボールを変形させる力を与えるのはボールを受け止めるミットである。下手な受け止め方をすると大きな力が働くのでミットの中の手が痛い。上手な捕手はすっと手を引きながら受けることにより、速いボールでも大きな力を発生させずに止められる。

 力とは何か
 辞書を引くと、物理的な意味の力は次の二つの作用であると書かれている。
A:物体に加速度を与える
B:物体に変形を与える

 一般的には力とはAとBの二つの作用が伴うと考えられている。ニュートンの運動の第2法則はAの関係を定量的に表す法則である。質点系力学ではBを無視して、運動だけを解析する。

重力は力でない
  これまで野球のボールの運動から見てきたように重力は物体に変形を及ぼす作用ではない。加速度を与えるだけである。Aの作用だけでも力と言ってもいいのではないかとの反論は有り得る。特に質点系力学を学んだ人はそのように言うだろう。逆に、構造力学を学んだ人は力といえば変形であり、加速度だけなら検討対象外になってしまう。 力という用語の定義の問題のように見えるかも知れないが、重力は加速度だけなので力と区別すべきなのである。こうすることによって力の概念が明確になる。つまり、力とは慣性力と釣り合う外力である。

運動方程式
 ニュートンの運動の第2法則は運動方程式とも呼ばれる。質量mの物体に力Fが作用すると、物体は加速度aの運動をするが、このとき、
F=ma
の関係があるというものである。
 この式は重力のないとき成立する式である。これまでのニュートン力学では、重力は重力加速度をgとすると、重力という力mgが働くとして扱われてきた。つまり重力は外力の一種として扱われてきた。 このため、重力質量と慣性質量が同じものであるかどうかで長らく悩むことになり、アインシュタインは等価原理により証明なく同じものとせざるを得なかった。 重力は必ず作用するので、ニュートンの運動方程式は次のように重力場に拡張すべきであった。 
                    F=m(a+g)
 つまり、質量は慣性質量の概念だけで良かった(小野健一)のである。

終わりに
 野球の投手が投げたボールが捕手のミットに届くまでの運動を例にとってニュートンの運動の法則と重力の関係を説明した。重力は簡単に言うと地球の万有引力であるが、万有引力の式を力の式にしてしまったのは、ニュートンの早合点であり、この大自然の法則は万有加速度ともいうべき、重力加速度があるだけで、重力という力はないのである。


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