質点系力学の盲点  

(2011年2月12日)


 「暖簾に腕押し糠に釘」は相手がしっかりしていないと力が入らないことを言う。つくづく力学の基本を抑えた良いことわざであると思う。つまり、力というものはそれが作用しているかぎり常につりあい状態にあるということだ。

 力のつりあい状態を観察すると二通りあることがわかる。一つは二人の力士が土俵上で押し合って動かないような状況で、外力と外力のつりあいである。もう一つはロケットが推力を出して飛行しているような状況である。後者は力が釣り合っていないからロケットに加速度が生じるというのがニュートンの運動の第2法則ではある。

 この場合、ロケットのエンジンが発生する推力はロケット全体の質量から生ずる慣性力と釣り合っていると見ることができる。この見方にはダランベールの原理と言う名前も与えられている。これは外力と慣性力の釣り合いである。加速度に対応して慣性力という力を考えることにするに過ぎないのではあるが。

 外力と外力の釣り合いは、二組の外力と慣性力の釣り合いの重ね合わせとみなすことができるから、外力と慣性力の釣り合いが基本的な力の釣り合いであることが判る。慣性力は物体の質量全体から生ずる力であり、体積力とも呼ばれる。一方、外力は常に面を通して作用する。

 錐のように尖ったものでは力の釣り合いが取れる前に穴が開いてしまう。包丁のようなものでも相手が切れてしまう。つまり0次元でも1次元でも力の釣り合いは取れないということなのだ。外力は2次元で作用し、3次元の慣性力と釣り合う。

 さて、質点系の力学では物体を点で表すのである。たとえば、太陽をめぐる地球の運動を考えるとき、地球は質量をもつ小さな物体、すなわち質点とみなすし、投げられたボールの運動においても、その軌道を考える上でボールは質点とみなすのである。

 物体を点で表すことにより、表現が簡単になるわけである。これまで質点系力学で特に問題であると指摘されるようなことはなかった。しかし、少し注意が必要と思われることがある。

 バケツに水を入れて水平に振り回しても、十分早くまわせば水はこぼれない。水に働く遠心力(慣性力)がバケツの底に押し付けるからである。この水に働く慣性力はバケツを引っ張る腕の力(向心力)と釣り合っている。典型的な外力と慣性力の釣り合いである。

 正確には、重力加速度が下向きに働いているので水面は少し傾いている。話を簡単にするために重力分は無視する。あるいは、無重力の空間でバケツを振り回すと考えても良いし、水平成分だけを考えているとしても良い。

 質点系力学では向心力(外力)Fが、遠心力(慣性力 mv^2/r と釣り合っているという式になる。

     F=mv^2/r

 一方、地球の周りを円軌道で回る宇宙ステーションの例では次のようになる。

 宇宙ステーションが速度vで地球の中心からrの距離の円軌道を回っているとき、地球の中心に向かう重力加速度gはGM/r^2であり、丁度遠心力加速度v^2/rに等しい。

     GM/r^2=v^2/r  →  v^2=GM/r

 (ケプラーがチコ・ブラーエから引き継いだ惑星の観測データを整理して、この式では少し合わないことからケプラーの第一法則である惑星は太陽を焦点とする楕円軌道で動いていることを発見した。)

 ところが、従来の説明では式の両辺に宇宙ステーションの質量mを乗じて、宇宙ステーションに働く遠心力が重力という力に等しいとしてきた。しかし、これは体積力と体積力の釣り合い(3次元と3次元の釣り合い)と言っても、あるいは分子レベルでの釣り合言っても、実際の力ではない見かけの力である。

     mGM/r^2=mv^2/r

 確かに、質点で考えるとバケツの場合も宇宙ステーションの場合も同じ力の釣り合い式になっている。

 しかし、バケツの場合は実際に慣性力が働いているので水の内部は圧縮応力を発生している。一方、宇宙ステーションの場合は加速度が釣り合っているだけで、実際の力は少しも働いていない。実際、宇宙ステーションの内部で応力が発生していない。

 質点系力学では、力の釣り合い式からは実際の力とみかけの力の区別ができないということである。ニュートンが重力を万有加速度でなく力の式である万有引力にしてしまったのは、この盲点に気がつかなかったためではないかと思われる。

(了)


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