重力損失(Gravity Loss)について  

(2015年1月30日) 


 ある人工衛星が高度300Kmの円軌道で地球を回っているものとします。この人工衛星の速度は7.5Km/sぐらいです。従って、大きな運動エネルギーを持っています。そればかりか高度300Kmですから大きな位置エネルギーも持っています。運動エネルギーと位置エネルギーを足した量が、打ち上げ前の衛星と比べて、衛星の持っている力学的エネルギーです。

 ロケットでこの人工衛星を打ち上げるということは、ロケットから衛星にこのエネルギーを与えることに他なりません。高度300Kmの位置エネルギーは運動エネルギーに換算するとどの程度のものでしょうか。これは次のように計算することができます。

 300Kmの高度から何か物体を落としたとします。人工衛星からその物体を落としても、その物も衛星と同じ7.5Kmの速度を持っていますから落ちていきません。そこで思考実験です。7.5Km/sの人工衛星速度が無い状態で地表に落とすのです。すると真下に落した物体は重力によってどんどん加速して地球の表面に達します。

 重力は高度が大きくなると小さくなりますが、地表から
300Kmは一定であるものとします。さらに、空気もないものとします。すると簡単な計算で240秒後に地表に到達し、その時の速度は2.4Km/sになります。つまり高度300Kmにある物体の位置エネルギーは、その物体の速度が2.4Km/sのときの運動エネルギーに相当します。

 ある物体を地表から秒速
2.4Kmで真上に打ち上げるとし、空気抵抗がなければその物体は高度300Kmに達するということです。ライフル銃は初速400m/s程度ですし、高射砲でも900m/sぐらいですから、仮に空気抵抗が無かったとしてもとても人工衛星の高度までは達しません。

 それではロケットが衛星に与えるエネルギーはこの二つを足したもので良いのでしょうか。一つ条件があります。つまり、空気抵抗がないものとして、地表面から水平に発射したとき、瞬時にこのエネルギーを与えた場合という条件です。

 少し詳しく述べると、人工衛星は近地点高度が0
Kmで遠地点高度が600Kmの楕円軌道になります。しかし、人工衛星のエネルギーとしては高度300Kmで円軌道と同じになります。

 実際にロケットで衛星を打ち上げる時には重力に逆らって打ち上げる必要があります。水平に打ち出すことはできません。理由は二つあって、打ち上げ直後の速度が低い間に地上に落ちないようにするためと、なるべく早く空気抵抗のない高高度に到達するためです。

 このため、殆どのロケットは垂直に打ち上げて徐々に頭を下げて飛びます。打ち上げ後200秒程度で高度100Kmを越えるでしょう。この高度ではかなり空気が薄くなって速度もかなりついていますから、大体水平に近い姿勢にします。2段ロケットに点火するときは殆ど水平になっています。従って、重力に逆らって飛ぶのは1段ロケットの飛行だけと見て良いでしょう。

 それでは重力に逆らって飛ぶときの重力損失はどの程度でしょうか。

 重力に逆らって飛ぶとき必ず重力損失があります。この重力損失の大きさは速度で表して、推力の方向が水平となす角度をαとし、重力加速度をgとしたとき、g・sinα の時間積分になります。

 小林繁夫著「宇宙工学概論」、丸善、2001年、(p.37

     ΔV=∫g・sinαdt    ・・・・・・・(1)

 1段ロケットの燃焼時間を200秒とすると、重力加速度g=10m/s^2として、損失分の速度はV=200s×10m/s^2=2Km/sとなりますから、人工衛星に与える位置エネルギー分と同程度になります。

 最初は燃料と酸化剤も満タンでロケット全体の質量は大きいですから、重力損失のエネルギー割合は、この計算の速度で表すものより大きいことでしょう。正確には時々刻々に質量が変わりますから詳細な数値計算が必要です。しかし、大雑把に言って、現行のロケット打ち上げでの重力損失は数十%でしょう。

 それでは垂直に上るエレベータでは重力損失はどのくらいでしょうか。東京スカイツリーのエレベータは秒速10m/s350m上がるのに60秒程度かかります。重力損失は(1)式で計算するとV=600/sというところでしょうか。40人乗りのエレベータ室を音速を超えるほど加速するの必要なエネルギーが必要になるということでしょうか。

 実は、こんなに大きくてはエレベータを動かすモータの電気代が大きくなりすぎて堪りません。エレベータが成立する秘密はカウンターウエイト(釣り合い錘)です。このウエイトで重力損失を大幅に軽減しているのです。

 宇宙エレベータはどうでしょうか。自走式のクローラーで這いあがる構想のようです。 
  
 宇宙エレベータの物理学、佐藤実、
2011年、オーム社

 時速200Km程度(秒速50m/s程度)が実現したとして、高度300Km上がるまで5000秒ほど掛かります。重力損失分のエネルギーは速度で50Km/sになります。これはとても成立し得ないエネルギーでしょう。

 今日のエレベータのようにカウンター・ウエイトで軽減するとしたらどうでしょうか。
300mごとに乗り換える必要があって1000回も乗り換えないと高度300Kmに到達できません。

 乗り換え回数を少なくするためにロープを長くすると今度はロープの質量が大きくなりすぎて追加のエネルギーが必要です。

 ロケットの打ち上げ時にロケットの推力が丁度自重分しか出なかったとしたら、ロケットは射点の位置から浮いたまま何時までも上昇しません。ロケットに搭載された推進剤のエネルギーは100%空中に拡散しただけになります。

 ロケットの打ち上げではなるべく大きな力で一挙に上がった方が有利、というより重力損失を減らせます。このため
1段ロケットは周囲に個体ロケットを何基か付けて飛ぶ方式が多いのです。

 駅で見かけるのですが、下りのエスカレータを元気に駆け上がる子供がいます。この子供はゆっくり歩いて下りのエスカレータを上がることができるでしょうか。エスカレータの下る速さより速ければ上昇できますが、非常に長い階段を踏みあがる破目になります。重力に逆らうということは素早くしないと非常に効率が悪いということです。

 それでは宇宙エレベータで素早く登ろうとすると、ロケットのような推進機構が必要になりますが、今度は摩擦が問題になるでしょう。摩擦を無くすためには何も触れていないようにする方が良くて宇宙エレベータのケーブルは無い方が良い事になります。

 どうも宇宙エレベータの構想には(ケーブル材料、費用、社会アセスメントなどの諸問題は別にして)、私には重力損失の観点が抜けているように思われるのです。

(了)


戻る