慣性の法則再考  

(2011年4月19日)


 ニュートンの運動の第一法則は慣性の法則とも呼ばれ、「物体に力を加えなければ、その物体は等速直線運動を続ける」と言うものである。

 例えば、野球の投手が捕手に向かってボールを投げた直後はこの法則が成り立っているかのようにボールは投手の手を離れて真っ直ぐに捕手に向かっていく。

 しかし、空気抵抗があるのでボールは減速するし、変化する場合もある。何よりも重力があるのでボールは必ず少し落下して捕手のミットに収まる。とても等速直線運動ではない。野球のボールに限らず、地上で見る運動で等速直線運動は一つも見つからない。

 ニュートンの運動の法則が成り立つのは、重力が作用しない真空中に限られるのである。それでも、どの星からも十分離れた宇宙空間であれば、実質的に重力の作用はないとみなせる。このような空間なら慣性の法則が成立すると考えてよいだろう。しかし、地上でなくても地球周辺では地球の重力が作用しているから慣性の法則が成り立つ余地はないのである。

 ところが、地球を回る宇宙ステーションは常に自由落下をしている状態にある。自由落下をしている宇宙ステーションでは重力が消えているのである。従って、宇宙ステーションにいる宇宙飛行士が何を投げても真っ直ぐ手を離れていく。空気があるので空気抵抗により減速するだけである。船外活動をしている宇宙飛行士がうっかり工具を離してしまうと、その工具は手から離れたときの僅かな速度でも真空の宇宙の中で等速直線運動を続けて宇宙飛行士から離れていく。慣性の法則を実際に目撃できる場面である。

 もっとも宇宙ステーションで重力が消えているのは宇宙ステーションの近傍に限られるから、ニュートンの慣性の法則が成立するのも宇宙ステーション内(空気があるが)と近傍に限られる。そして等速直線運動というのは宇宙ステーションに固定した座標に関して成立するということである。地上に固定した座標から見ても、天空に固定した座標系からみても宇宙ステーション内の運動が等速直線運動しているわけではない。

 ニュートンの運動の第一法則は、地上の座標系では重力(力でなく加速度)が働いているので、「重力場においては、物体に力を加えなければ、その物体は重力加速度運動を続ける」となり、これが重力場に拡張した慣性の法則ということになる。

(アインシュタインの相対性理論では物体に力が何も働いていないとき、つまり自由落下の運動を慣性運動と称する。)

(了)


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