反作用は慣性力  

(2017年5月11日)


 
LE−7Aエンジン燃焼試験

 上の写真はH-UAロケットの1段エンジンであるLE-7Aエンジンを地上の架台に取り付けて燃焼試験を行っているものです。燃焼試験と言ってもエンジンを燃やすのではなく、エンジンを使って液体水素を液体酸素で燃やすのです。燃料は液体水素で酸化剤は液体水素です。

 開発試験では長秒時試験と称して実際にロケットの燃料タンク一杯に搭載したときと同じだけの燃料を一気に燃やしてエンジンが壊れないことを確認します。

 開発が終わって運用段階に入っても、エンジンは毎号機、ロケットに取り付ける前に50秒間程度燃焼試験を行います。これをエンジン領収試験と称しています。

 エンジンの燃焼試験は開発試験でも領収試験でも一番重要な確認項目は所定の推力が出ていることでしょう。LE-7Aは1000KN(100トン重)を超える推力を400秒以上発生させることができます。

 エンジン燃焼試験はエンジンを横にして行うこともあります。大きな固体ロケットの燃焼試験は殆ど横にして行います。燃焼試験中のエンジンが推力を発生していることは架台とエンジンの間にロードセルを挟んで取り付けることにより、その出力から実際に力が発生していることを確認できます。


ロードセル

 エンジンは燃焼室内に生み出された燃焼ガスが高圧でノズルスカートから吐き出されると反対側に押す力となることから推力が生まれます。燃焼室内の高圧を積分した量が推力です。この力が作用しますとエンジンは架台に取り付けられていますから同じ大きさの力が反作用として発生します(ニュートンの運動の第三法則で作用反作用の法則です)。ロードセルは作用と反作用の間に入って両面から同じ大きさの力を受けています。

  「暖簾に腕押し糠に釘」という諺があります。これは相手がしっかりしていないと力が入らないことを言っています。エンジン燃焼試験ではしっかりした架台にエンジンを取り付けますから燃焼試験中にエンジンが動くことはなく発生した推力は間違いなく架台で受け止められます。

 それでは、このエンジンを取り付けたH-UAロケットは飛行中にも地上試験で確認した力と同じ力を出しているのでしょうか。ロケットは飛ぶことが使命ですから、動いてしまいます。果たして力が入るのでしょうか。ロケットにエンジンを取り付けるときロードセルを挟むことはしません。しかし、これはロケットの飛行データからも地上からの観測でも、燃焼試験の時と全く同じ力を出していることが分かるのです。

 ロケットは搭載した推進薬(液体水素と液体酸素)を消費しながら飛びますので、ロケットの質量m(kg)はどんどん小さくなってゆきます。エンジンが発生する力F(N)はほぼ一定ですから、加速度α(m/s^2)は増大します。そして力と質量と加速度の間には常に、どの瞬間にも、次の関係式が成り立っています(ニュートンの運動の第二法則)。
 F=mα

 ロケットが飛行中に発生している力と釣り合っている力は慣性力と呼ばれ、その大きさがmαなのです。どんな力も常に慣性力と釣り合っているとみなして良いのです。

 もし、ロケットの質量mが非常に大きくなったと想像し、地球ぐらいだとするとαは限りなく小さくなります。この極限として考えられるのが架台に取り付けられたエンジンです。慣性力は反作用に他ならないことがわかります。

 ニュートンの運動の第三法則、作用反作用の法則は第二法則の極限状態を表しているだけですから、第二法則に含まれていると言っても構いません。そして反作用とは慣性力に他ならないのです。

 どのような物質・物体にも共通にある特性が質量です。質量とは物質の量なのですが、その多さを言うために比較する基準が必要だということで国際キログラム原器が定められていました。

 国際キログラム原器は錆びにくい材料(白金90%、イリジウム10%の合金)で作り、1個だけを国際キログラム原器としパリ郊外の国際度量衡局で2重の気密容器にいれて真空中に保管されています。同じように何個か作った複製品を副原器として、各国に配布されていました。時々、副原器は原器と比較されていましたが、どうもキログラム原器の質量が減少しているようだということになったのです。

 キログラム原器を1sの質量と定めたのですから、比較した相手側の質量が増えたと考えるべきだと思いますが、他の理由からも原器の質量は不変に保つことはできないと考えたのでしょう。他の副原器が50μgほど増えているのにキログラム原器は質量変動が少なかったという報告のようです。2011年に質量の基準は原器としないことに決定されました。新しい基準は現在も策定中とのことです。

 4度Cの水1リットルを1sとすることから始まった質量の基準は時代の進歩に応じてより精度が高く変動のなく再現性のあるものに変えていくことは必要なことでしょう。しかし、質量とは何だという疑問は残ります。

 昔は、質量とは重さを生じるものだという説明で済みました。1sの質量は地球上のどこでも大体同じ9.8Nの重さを生じたからです。今でも重さと質量を混同して使ってもほとんど困らないぐらいです。しかし、今では国際宇宙ステーション(ISS)の中ではどれだけ大きな質量も重さはゼロであることが現実のものとなっています。実際、現在の中学・高校の理科の教科書では重さと質量は明確に区別しています。

 質量とは何かを重さで言うことができなくなった現在ではどのように定義したら良いのでしょうか。質量が持つ物理的特性は重さではなく慣性があるということだったのです。慣性とは運動状態を保とうとする性質です。ニュートンの運動の第一法則は慣性の法則とも言われます。物体に何も力が加わらない限り、静止状態にある物体は静止を続け、運動状態にある物体は直線等速運動を続けるということです。

 アインシュタインが一般相対性理論を確立した後では、慣性の法則は何も力が加わらない限り物体の運動は重力加速度に従った運動を行うという表現に変更する必要があります。アインシュタインは次のように表現しています。

  「重力場の作用だけを受けて運動する物体は、その物質にも物体の物理的状態にも少しも関係しない加速度を受ける。」 --- 特殊および一般「相対性理論」について(p.87)、アインシュタイン著、1991年、白揚社

 質量が大きいことは慣性が大きいということで、同じ力の大きさに対して運動の変化が小さいことなのです。これを定量的な定義にしますと、1sの質量は1N の力を加えると1m/s^2の加速度で運動変化を生ずるということなのです。ニュートンの運動の第二法則が質量の定義式になるべきなのです。
 
 現在はニュートンの運動の第二法則は力の定義式に使われています。これはフックの法則を使って変えるべきなのです。さらに考えると、フックの法則でも力を受けた物質の変化ですから物質の性質なのです。力は圧力×面積で定義すべきです。

(了)


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