逆は必ずしも真ならず  

(2012年10月24日)


 論理学でもっとも基本的なものは「AならばBである」という表現であろう。また、括弧書きの内容のように真偽を主張する説明を命題と言う。AとBにはいろいろな言葉で置き換えて意味が正しい表現かどうか判断する。例えば、「人間ならば動物である」という命題は正しいのでこの表現は真である。

 次に、AとBの言葉を入れ替えた命題を逆という。「動物ならば人間である」は「人間ならば動物である」の逆の命題であって、犬や猫も動物であるから、逆の命題は真でない。逆の命題は真でないことも真であることもあるので、一般的には標題の「逆は必ずしも真ならず」ということになる。

 「AならばBである」が真である前提条件の元に、直ちに言えることは、@「AならばBである」ということと、A「BでないならばAでない」の二つだけである。Aの表現は逆ではなく裏という。つまり、命題が真ならば裏も真である。「人間ならば動物である」の裏である「動物でないなら人間でない」は確かに真である。

 さて、ニュートンは力が加速度と質量の積であるとした。力Fは質量mと加速度αの積、つまり簡単にF=mαと表現されるということである。この式はニュートンの運動の方程式とも呼ばれる。

 例えば、ロケットが火を吹いている間、ロケットはどんどん加速されていく。ロケットの推力が一定でも、推進薬が減ってしまうのでロケットの質量が小さくなっていくことによって、加速度は大きくなる。

 命題「ロケットが推力を発生しているならばロケットは加速している」は真である。この命題の逆「ロケットは加速しているならばロケットは推力を発生している」も真である。この場合は逆も真である。ここでロケットは構造が簡単な固体推進薬ロケットを想定しているものとする。

 別の例として綱引きを考える。綱引きでは両方の力が同じであると、綱はどちらにも動かない。しかし、綱に力が掛かっていることは確かである。このとき、ニュートンの運動方程式は成立していないのであろうか。この場合、力と力が釣り合って加速度が打ち消されているから動かないと考えるのである。命題「綱に力を加えれば、綱は加速する」が真であることは保持される。実際、綱には応力が生じており、力が強すぎれば綱は切れてしまう。

 もう一度ロケットに戻る。ロケットが推力飛行を続けている間、推力に釣り合う力がないから加速しているわけである。このとき、この加速度に質量を乗じたmαと推力が釣り合っていると考えることができる。このmαを慣性力と名付けると、推力は慣性力と釣り合っていると言えるわけである。これは実際に力の釣り合いであってロケット内部には応力が発生している。ロケットの強度が足りないと推力飛行中にロケットは壊れてしまう。

 これまでは前置きで、ここから一連のブログの本題である重力である。ニュートンはりんごが木から落ちるのを見て、万有引力を発見したと伝えられている。これは風説であるが、地球の中心に向かって何もかもが加速度的に落ちるのは万有引力を主体とする重力が働いているからであると説明されてきた。物の落ちる様子を観察すれば一定の加速度で落ちていることが分かる。この加速度は地球の重力加速度でその大きさはgで表す。数値は場所により異なるが、大体9.8m/s^2である。ニュートンは質量mの物体は地球の重力という力が働いているので、加速度gで落ちるのであり、その力の大きさはmgであると考えた。

 命題「力が働くと加速度運動を生じる」は、ニュートンの運動方程式の説明であり、真である。さらに、逆の命題「加速度運動を生じていれば、力が働いている」も真であると考えてしまったわけである。実際、質量mの物体を自由落下させると加速度gで落ちるのであるから、重力という力Wが働いていて、大きさがmgの慣性力と釣り合っている(W=mg)と考えればよさそうである。ニュートン以来約250年間、正しいことであると信じられてきた。否、今でもほんの一握りの人を除いて、そのように信じられている。

 重力による落下運動では、この命題の逆「加速度運動が生じていれば、力が働いている」が偽であることに、最初に気がついたのはアインシュタインで1907年のことであった。彼は天使に吊り下げられたエレベータの思考実験からこのことに気がついた。アインシュタイン自身が「生涯最高のアイデアであった」と言ったと伝えられている。

 自由落下中の物体は加速度運動をしているが力が働いてるという証拠がないのである。アインシュタインは「重力に従って自由落下している室内では重力のない空間での室内と同じ物理法則が成立する」とした。このことは実証できないので等価原理とされている。

 命題「力が働けば加速度運動がある」の逆は必ずしも真でないのである。重力の作用は加速度だけであって力が作用している証拠はない。従って、質量に重力加速度を乗じたmgは数式上で力の次元になるだけの見かけの力であって、物体に作用すれば応力の発生を伴う実際の力ではない。

(了)


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