技術屋の夢と展望  

(2014年4月30日)


 米国がアポロ計画で初めて人間を月に着陸させたのは1969年7月である。この頃であったと思うから40年ぐらい昔になるが、確か「技術屋の夢」と題して書かれた本があった。著者が誰だったかも覚えていない。

思いつくままに上げてみた次の項目は、おそらくその本とはあっていないが、現在で昔の技術屋の夢が実現しているかあたってみよう。

1) 手の平に乗るスーパー・コンピュータ

 IBM3090とかCDC6600などの当時のスーパー・コンピュータは部屋の一室を占めてしまうほど大型であった。この時代にコンピュータ自体は非常に小さくできることを夢に描いた人がいたことに驚く。アップルのiPhoneなど現代のスマホンは当時のスーパー・コンピュータの能力を遥かに凌ぐから、手の平スパコンは実現していると言ってよい。もちろん現在のスーパー・コンピュータは「京」や地球シミュレータのように、昔より広い場所と電力が必要であるが、性能が違う。

2) 壁掛けテレビ

 昔のテレビはブラウン管テレビであったから薄型には出来そうもなかった。その頃に液晶技術は影も形もなかったと思う。現在は壁にかけることはあまりしないものの、薄型テレビになって4Kテレビまで出てきた。完全に当時の夢が実現している。

3)透明人間

 人間を透明にしてしまうことは、全く出来ていないが後ろの景色を投影して人が透明になったかのように見せる技術が出来つつある。少しだけ近づいたというところであろう。

4) オリエント・エクスプレス

 東京からワシントンまで2時間ぐらいで飛べる航空機、オリエント・エクスプレスは実現できていない。音速の2.2倍で旅客を運んだコンコルドは退役になり、この夢はむしろ後退している。JAXAでも研究は続けられいるものの実現できるめどは立っていない。

5) 核融合発電

 トカマク方式で30年後には実現と言われながら、常に30年後に実現するという状態が続いている。研究は確実に進んでいるが実現まではやはり遠い。レーザー方式でも点火には成功しているので30年よりは早くなるかも知れない。

6) 有人火星探査

 40年前にはアポロ計画の月面有人着陸が成功したばかりであり、このように急速な進歩の宇宙開発なら、人間が火星までいくのも時間の問題と言われていた。しかし、1972年までで6回に及んだ月面着陸の後は、まだ誰も月にさえ行っていない。火星までの片道旅行や周回有人飛行の計画はあるが、火星に降りて地球に戻ってくるのは今から30年は先になるだろう。

7) 1000人乗り飛行機

 ボーイング747、つまりジャンボが飛んだ時、飛行機は1000人乗りぐらいまでは当時の技術で飛ばせることが出来ると、大学で習った。しかし、747より大きなエアバス380が飛んでいるものの、1000人乗りまでは遠く及ばない。今後も1000人乗り飛行機を作る計画は今のところない。

8) 低コスト宇宙輸送

 輸送費を1/10にする意気込みで再使用型のスペース・シャトル計画は進められたが、現実には再使用することで高くつく要素が多かった。液酸液水エンジンより高性能で高推力なロケットエンジンはないので、量産効果によるコスト低減しか見込めない。現在、日本学術会議の資料にまで、宇宙エレベータという用語がでているが、後述するように技術屋の目で見ればSFの域を出ていない。

9) 1000mの電波タワー

 高さ333mの東京タワーが高層ビルに囲まれてきたとき、筑波に1000mのタワーを立てれば関東一円に電波を届けられるということであった。今のところ実現しているのは634mの東京スカイツリーで、単独の塔としてはこれで世界最高の高さである。1000mのタワーを建てる計画はない。

 ドバイに立てられたブルジュファリファは160階建てで828mのビルである。さらに、キングダムタワーは1400mを超すビルとして建てられる計画もドバイにある。

10) 宇宙太陽発電

 石油が高騰するたびに宇宙太陽発電が見直された。現在、日本の宇宙基本法にこの用語が入れられたが、低コスト宇宙輸送が実現することが前提になっているので、まだまだ夢物語である。

11) 宇宙植民島

 オニールの提唱した宇宙植民島は学生たちに検討させたら、出来ない理由が見つからなかったというだけである。実現できる見込みがあるとしたものではない。一般に、技術的に不可能であることの証明は難しいものである。

12) テラ・フォーミング

 火星などの惑星の環境を変えて人間が住めるようにしようというもの。地球の海底や南極に住む方がまだ容易であろう。

13) 無欠陥格子金属

 鉄などの金属でもし理想的に原子が配列させることが出来るとしたら、その金属の理論強度は現行の金属の100倍ぐらい強いものとなる。現状の金属は格子欠陥が強度を著しく小さくしているというのが金属学の教えるところである。そのような金属が実現できると、車の質量は10Kgもあれば作れる。しかし、このような無欠陥の金属が作れる見込みは現時点でも全くなく夢のままである。
 似たような話が、CNT(カーボンナノチューブ)である。ナノの大きさのものしか出来ていないが、CNTの強度をそのまま大きな素材として利用できれば、宇宙エレベータでも作れる可能性があるというものである。しかし、CNTを素材の大きさに出来る見込みは今のところ全くない。

14) 高レベル放射性廃棄物処理

 ウラン燃料使用の原子力発電所が建てられ始めた頃、高レベル廃棄物処理方法は将来の技術の発達に待つとして楽観的であった。現在はガラスで固化して金属ケースに入れ、地下深く埋めてしまう案があるが、その場所が決まらない。処理方法は出来ていない。

 40年前には夢としても語られなかったことで、社会を大きく変えた技術もある。

1) 携帯電話

 固定電話から移動できるというだけで大きく重い携帯電話はスマホにまで進化した。世界中の人が瞬時につながる時代になった。

2) インターネット

 米国が防衛上のコンピュータを複数化することで強化するためにデータ通信技術として始まったARPANETが民間に解放されてインターネットになり、WWWなどソフトの進歩もあって、あっという間に世界中に広まった

 ケネディが1960年代の内に人間を月まで送って無事に帰還させるという、当時としては明らかに夢の話が何故実現できたのであろうか。技術屋の夢は全く実現していないものの方が多いのにもかかわらずである。アポロ計画の成功にはフォン・ブラウンの貢献が大きい。彼は当時利用できる技術の全体を見渡すことができた。そして、実現できる見込みのあることだけを積み重ねた計画にしたからである。


 民間の活動にもフォン・ブラウンと同じように実現できる技術を見通すことが出来たのがアップルのスチーブ・ジョブスである。彼は常に関連技術の進歩を見ながら、新製品開発に自分で実現できると見込んだ技術は絶対に妥協しなかった。そして、自信を持って便利なものはこれだ、実現できた夢はこれだと顧客に提示した。顧客の要望に合わせて彼の夢を実現したのではない。彼は、実現できる夢と実現できない夢の識別ができた人であった。

 日本の宇宙基本法に宇宙太陽発電システム(SSPS)の用語が入っているのは、国際的に恥ずかしいのではないかと思う。現状の技術の延長上で実現できる見込みがないからである。一番判り易い理由を挙げると、宇宙輸送コストが1/10以下にならないと採算が取れないという見込みである。解決できないとは言わないまでも、技術上の問題に加えて社会的問題も大きいものがある。
 スペース・シャトルは輸送コストを1/10にする方策として、再使用しかなかった。シャトルのような複雑なものは再使用が必ずしも安くはないのである。

 日本学術会議の2014年度の大型研究計画に関するマスタープランに宇宙エレベータの用語が入っている。出来ることが判っていることは研究する価値がないという意味ではおかしくないのであるが、社会的価値として次のように書かれているのは国際的に恥ずかしいと思う。

 「宇宙エレベータPJは、宇宙輸送系に革命を起こすといわれている宇宙エレベータ構築に向けて、日本が諸外国に先行して軌道上実験をするという意味で意義が高い。」

 軌道上実験をするというのはかなりの費用を掛けるということであろう。長くもないケーブルの進展実験ぐらいは実現可能であろう。宇宙輸送系に革命を起こす宇宙エレベータという認識が間違っている。この文章を書いた役人も自分では信じていないから、「いわれている」という文字を入れたのであろう。この文章を書いた役人に吹き込んだ技術者が技術の全体が見えていないことに欠陥がある。このような大きな計画はフォン・ブラウンやスティーブ・ジョブスのような人が全体を見なければならない。

(了)


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