標汐力の発生理由  

(2020年6月18日)


国際宇宙ステーション(ISS)の軌道速度

 地球を周回する国際宇宙ステーション(ISS)は高度400km程度の円軌道を回っている。円軌道の場合は通常、次のように簡単な方法で軌道速度や周期が求められる。

 地球の質量をM、ISSの質量をm、地球半径をr、高度をh、万有引力定数をGとすると、 ISSに働く重力Wは次の式であらわされる。

 W=GMm/(r+h)^2   ・・・(1)

 ISSの速度をvとすると、ISSに働く遠心力Fは次式である。

 F=mv^2/(r+h)    ・・・(2)

 円軌道の場合はISSに働く重力と遠心力が等しいので、

 F=W            ・・・(3)

 GMm/(r+h)^2=mv^2/(r+h)

 両辺に共通項mがあるのでこれを除して、

 GM/(r+h)^2=v^2/(r+h)  ・・・(4)
 ここで左辺のGM/(r+h)^2 は重力加速度gであり、右辺のv^2/(r+h)は遠心力加速度αである。

 v^2=GM/(r+h)

 v=(GM/(r+h))^(1/2)    ・・・(5)

 ISSの周期Tは、

 T=2π(r+h)/v      ・・・(6)

 (3)式は遠心力と重力が等しいとおいているが、ISSの質量mは両辺にある。従って、重力加速度と遠心力加速度が等しいとしたg=αとしての(4)式が本来の条件だったのである。

 ニュートン力学では、重力と遠心力(慣性力)が釣り合っているからISSは無重力状態になっているとの説明である。アインシュタインは1907年に自由落下状態にある物体には重力が消えていることに気が付いた。力の釣り合いではないことに気が付いたのである。(このことを生涯最高の発見であったと、各地の講演で語っている。)

 自由落下とは地球の中心に向かっている運動だけを言うのでなく、地球を周回しているISSが自由落下の状態にあることは変わらない。(重力以外に何も力が作用していないときの運動を自由落下という。)

 

月の自転と公転

 月は地球の周りをまわっている。厳密には楕円軌道だがほぼ円軌道である。地球を1回転する間に自転を1回する。このため月はいつも同じ面を地球に向けている。

 この関係は地球の周りをまわるISSも同じである。ISSだけでなく地球観測衛星は地球表面を観測するため同じ面を地球に向けている。アンテナを地球に向ける必要もあって、ほとんどの人工衛星は自転と公転が一致している。

 宇宙ステーションのように人工衛星がいつも同じ面を地球に向けているのはそのように姿勢制御をしているからであるが、月は自然にそうなっている。他の惑星でも自転と公転が一致している衛星がいくつかあるとのことである。

 月の自転と公転がなぜ一致しているかについては月がどのようにしてできたかに関係し、天文学者の間でも議論があり確定していない。しかし、自転と公転が一致したままで安定している理由は明らかに潮汐力よ呼ばれる力が働いているからである。

 

月に働く潮汐力

 地球の周囲を円軌道で回っている月の重心は遠心力加速度と地球の重力加速度がちょうど同じである。これは最初にISSの軌道速度で説明した理由と同じ。

 月は地球に比べれば直径で1/4程度であり、かなり大きい衛星である。地球に向いた月の表側の半分は遠心力加速度より重力加速度のほうが大きい。従って、月の表側半分は地球の方向に向かう加速度が残る。

 逆に月の裏面側半分は遠心力加速度のほうが地球の重力加速度より大きく、差し引きで地球から遠ざかろうとする方向の遠心力加速度が残る。

 この理由のため、月の内部では地球の方向に向かう加速度と地球から離れようとする加速度がお互いに抵抗しあっている。

 重力加速度はその加速度通りに運動すれば無重力状態になるが、抵抗すると力が発生する。重力加速度gに対して質量mの物体は地面で抵抗を受けるとmgの力(慣性力)が発生る。この力が重さまたは重量である。

 月の内部では表半分と裏半分の加速度がお互いに抵抗を受けて相対的に静止しているので月半分の質量に対し重さを生じ、引っ張り合っている。これが潮汐力と言われる月の内部に働く力である。

 ここから思考実験です。

 もし、自転と公転が一致している現在の月が粘土のような物質に変わってしまったとします。粘土は柔らかくて力を加えると変形します。粘土も焼き固めると変形しませんがろくろの上に乗せた成型前の粘土を想定します。

 粘土になった月は潮汐力のため徐々に変形します。地球に向いた側(表面)は地球方向に、裏側は地球の反対側に変形します。そして月はだんだん細長くなります。

 ある程度伸びたとき、月はもはや引き張り応力に耐えられなくなって中央で破断します。一番潮汐力が大きいのは中央だからです。

 話を簡単にするため、二つになった瞬間に粘土の月は固まったとします。

 細長い二つになった月の地球側の半分は地球に向かって落ちていきます。真下に落ちるのではなく月が地球に対して回っていた方向に向かってずれます。この半分は元の月の軌道よりは地球に近い軌道で回り続けるでしょう。

 一方、月の裏側半分は月が破断した瞬間に地球側に向かう重力加速度が急激に減少し、地球から離れる方向に飛び出します。やはり地球に対して回転速度は残っていますからその方向に飛び出します。この時の速度は月の高度での地球脱出速度には及ばないでしょうから相変わらず地球を回り続けます。

 二つになった細長い月にはそれぞれで潮汐力を生じますので常に自転と公転は一致したままで細長い先端を地球に向けて楕円軌道を回り続けるでしょう。

 再び別の思考実験です。

 もし、月はかたい岩石でできていてその表面には液体の水で覆われているとします。真空中で液体の水は存在しえませんから真空中でも蒸発しない特別な液体を想像してください。

 月に働く地球の潮汐力で固い岩石は変形しませんが表面の液体は地球側と反対側に集まりだします。月の引力により液体が月から離れるまでには至りません。

 月に満潮の部分と干潮の部分ができるのです。月の自転と公転は一致しているとの条件でしたからこの月の満潮は地球に向いた部分の中央と月の裏側の中央と場所が決まってしまいます。満潮の部分はいつまでも満潮のままなのです。

 ここからは思考実験ではありません。

地球の表面で生じる潮の干満現象

 地球は月による重力と太陽による重力の作用を受けている。これらの二つ重力は太陽による重力のほうが月の重力の2倍ぐらい大きいのであるが、潮汐力は月による方がずっと大きい。

 地球は太陽を周回する間に365回の自転である。月に対しては30回の自転である。このため1日に満潮が2回生じる。太陽による潮汐力が重なると大潮になる。

 

備考

ISSの宇宙飛行士が粘土の球を持ち込んでじっと観察しても粘土の球は浮かんでいるだけでいつまでたっても細長くはならない。潮汐力は小さすぎて粘土球を変形させるには至らないからだる。

ある程度大きな宇宙船であると潮汐力を検出できるほど大きくはならないが姿勢安定のための制御力にはなる。スペース・シャトルで宇宙空間に運び、半年以上宇宙に漂ったLDEF(長期間宇宙暴露装置)は長手方向を地球に向け重力安定を利用して姿勢を保った。

(了)


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