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両国ぶらり散歩 13〜18

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2017.10.13
東京都 12期 竹内
撮影:2017年9月20日
撮影場所:東京都墨田区
NEW
【両国ぶらり散歩 162】両国銘菓 A
言問団子
墨田区向島にある銘菓老舗の《言問団子》。店の場所が両国ではないので残念ながらご紹介
出来ないものと思っていました。しかし、ふと気が付けば両国 江戸東京博物館内にある物産
コーナーや両国駅西口江戸のれん街でも販売していました。開館早めか、平日を狙わないと
あっという間に売り切れてしまいます。
       
隅田川に架かる桜橋の向島側の橋詰にある和菓子店の店名《言問団子》。創業は江戸時代末
期です。隅田川畔は桜の名所とも知られ、在原業平朝巨が東国を旅した時に読んだ和歌『名に
し負はばいざ言問はん都鳥我が思ふ人はありやなしやと』から言問団子と名付けた団子です。
団子は小豆餡と白餡、味噌味の餡の3つの味が楽しめる趣深い菓子で、あっさりとした甘味と
串にささないというお団子の原点を守り、創業以来の味だそうです。幸田露伴、野口雨情、竹久
夢二など多くの文人墨客にも愛された和菓子でもあります。
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2017.10.04 東京都 12期 竹内
撮影:2017年9月20日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 161】 名所旧跡
ゆきだるま 両国部屋
元幕内力士 若牧がオーナーのジンギスカン料理店「ゆきだるま 両国部屋」。
旨味が詰まったレアな国内羊肉輸入量がたった1%の超貴重なアイスランドシープを使用して
います。無農薬・無殺虫剤の飼料で育った安全な羊肉です。肉は、臭みがなくジューシーで柔
らかい肉質がとても美味しいく、ラム肉はどうも苦手という方にもお勧めできます。安くて量が
あり、おいしいと評判です。肉は、キリッと辛口のタレやハーブ塩で食べます。他にラムのタン
は食感が抜群で牛タンとは違う深い味でこれもお勧めです。シメには野菜とお肉のエキスがた
っぷりのつけめんが最高
 
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2017.09.08 東京都 12期 竹内
撮影:2017年9月6日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 160】 回向院 G
猫の恩返し(猫塚)
回向院は、今からおよそ350年前の1657年に開かれた浄土宗の寺院です。江戸時代「振袖火
事」の名で知られる明暦の大火があり、市街の6割以上が焼土と化し、10万人以上の尊い人命
が奪われました。将軍家綱がこの時の無縁仏を葬るために建てた寺院が回向院です。
また1768(明和5)年、大相撲が境内で初めて行われたことでも知られています。

この墓地にある猫塚ですが実在した猫の墓として文化財の一つになっています。江戸時代に猫
をたいへん可愛がっていた魚屋が、病気で商売が出来なくなり、生活が困窮してしまいます。す
るとどこからともなく猫が二両のお金を咥えてれきて、魚屋を助けます。ある日、猫は姿を消して
戻って来ません。ある商家で、二両咥えて逃げようとする所を見つかり、奉公人に殴り殺された
のです。それを知った魚屋は、商家の主人にそれを話したところ、主人も猫の恩に感銘を受け、
魚屋と共にその遺体を回向院に葬りました。
               
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2017.08.18 東京都 12期 竹内
撮影:2017年7月11日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 159】 名所旧跡
鏡師 中島伊勢住居跡
中島伊勢は、幕府御用達の鏡師です。中島伊勢の住居は、吉良上野介の屋敷跡地にあります
が、赤穂浪士事件の後、町人に払い下げられ、本所松坂町となったこの地にありました。
宝暦13(1763)年に後に葛飾北斎となる時太郎を養子にしました。北斎の出生には不明な点が
多く、はっきりとしたことは判りません。中島家はこの養子縁組を破綻にし、実子に家督を譲りま
すが、北斎はその後も中島姓を名乗っていることから、中島伊勢の妾腹の子だったという説もあ
ります。飯島虚心の『葛飾北斎伝』によると、北斎の母親は赤穂浪士事件に登場する吉良方の
剣客 小林平八郎の娘で、鏡師中島伊勢に嫁いでいるとしています。
さて、和鏡は青銅の表面に水銀とすずの合金をメッキして反射面を作っていました 。使っている
うちに曇ってきますので、メッキをし直す「鏡研ぎ」に研ぎ直ししてもらっていました。
       
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2017.07.24 東京都 12期 竹内
撮影:2017年6月14日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 158】 名所旧跡
懐かしいカレーライス《キッチン南海》
明治時代イギリス海軍から軍港横須賀の日本海軍に取り入れられ栄養価の高い軍隊食となっ
た海軍カレー」。そしてそこを退役した人たちが故郷に伝え、日本中に広まったのがカレーライ
スです。以来、カレーライスは高級食から一般家庭の味として革命的に広まりました。カレーラ
イスのヴァリェーションはいろいろありますが、一番有名なのがカツカレーです。カツカレーの元
祖は東京銀座の洋食《スイス》で、当時常連だった巨人軍の名選手 千葉茂さんが昭和23(1948)
年に『カツレツとカレーを一緒に出してくれ』と頼んだのが「カツレツカレー」となり、これが「カツカ
レーの始まり」となったそうです。
さて、両国駅西口から徒歩2分にある《キッチン南海》。食レポの雑誌でおいしい店として紹介さ
れていました。狭い店内ですが昼頃はいつも満席となっています。ここでの一番人気は「カツカ
レー」。ここのカレーは、おしゃれではありませんが昔懐かしい黒っぽい濃い目のカレーです。し
かもそのボリュームは、並盛りでもでかい カツは注文毎に揚げていて熱々、キャベツもたっ
ぷり、普通の2倍は有ります。辛さはそれほど無いのですが美味い 昔のサービス精神が残
る印象的なお店でした。
         
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2017.07.04 東京都 12期 竹内
撮影:2017年1月16日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 157】相撲部屋シリーズI
宮城野部屋
              
7代続いた後途絶えていましたが、1958年(昭和33)引退した高嶋部屋所属の第43代横綱・吉葉山
が、一代年寄・吉葉山を襲名して吉葉山道場を創設し、その後1960年(昭和35)に年寄・宮城野に
名跡変更して部屋名称も宮城野部屋に改めました。第69代横綱・白鵬などを育てた立浪一門の相
撲部屋です。
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2017.06.06 東京都 12期 竹内
撮影:2016年7月1日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 156】 本所七不思議 C
第4話 狸囃子
本所七不思議は、本所に江戸時代頃から伝承される奇談・怪談です。古くから落語などのネタとし
て庶民に親しまれてきました。本所とは、隅田川東岸側の両国方面を言います。現在も墨田区に
町名が残っていますが、江戸時代の本所は現在の本所よりも広い範囲を指していたようです。
この話の基本は、七不思議ですが伝承によって登場する物語が一部異なっていて、面白おかしい
話、怖い話など7種類以上のエピソードが存在しています。
      =============================================
【本所七不思議】 第四話 狸囃子(たぬきばやし)
江戸時代の本所では深夜になると何処からともなく囃子の音が聞こえてくることがあります。そ
れが何処から聞こえてくるのかと思って音の方向へ散策に出ても、音は逃げるように遠ざかって
いき、音の主は絶対に解かりません。そして音を追っているうちに夜が明けると、見たこともない
場所にいることに気付きます。
                           
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2017.05.12 東京都 12期 竹内
撮影:2017年4月25日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 155】 名所旧跡
両国上空の制空権
寒くなると両国界隈の上空を優雅に白い大きな鳥が「ミャー」というかん高い声で鳴きながら飛ぶ
ようになります。これはユリカモメです。カモメが上空を飛ぶ時期には一匹のカラスもこの地域か
らいなくなります。カモメは縄張り意識が強く、カラスは大きなカモメを警戒して錦糸町方面に退避
してしまうからです。おかげで両国上空からうるさいカラスが全くいなくなります。しかし、渡り鳥の
カモメが春夏に繁殖のため日本を離れると、再びカラスが制空権を奪回するのです。この制空権
闘争が毎年繰り返されています。
                          
                        両国上空を優雅に飛ぶカモメ

《名にしをはば いざ言問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと》 と在原業平の隅田川に見た
都鳥の歌を思い出します。現在、この都鳥はユリカモメと推定されています。
全長は約40cm。翼開張は約93cm。足とくちばしは赤色。冬羽は頭部が白く、目の後ろに黒い斑
点があるのが特徴の鳥で、夏には頭部が黒褐色になります。冬鳥として主に4月と10〜11月に
渡来します。
    
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2017.04.26 東京都 12期 竹内
撮影:2017年4月5日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 154】両国銘菓 @
長命寺桜もち
墨田区向島にある銘菓老舗の《長命寺桜》。店の場所が両国ではないので残念ながらご紹介
出来ないものと思っていました。しかし、ふと気が付けば両国 江戸東京博物館内にある物産
コーナーや両国駅西口江戸のれん街でも販売していました。開館早めか、平日を狙わないとあ
っという間に売り切れてしまいます。
               
江戸の味を今に伝え、北斎、広重も愛したと言われているのが300年以上の《長命寺桜もち》。
この桜もちは、1717(享保2)年の、大岡越前守忠相が町奉行になった年に土手の桜の葉を
樽の中に塩漬けにして試みに桜もちを考案し、向島の名跡・長命寺の門前で売り始めました。
その頃から桜の名所だった隅田堤は花見時には多くの人々が集い、桜もちが大いに喜ばれた
そうです。
300年以上前の江戸時代から変わらず、豆と粉と砂糖だけで作っているそうです。小麦粉で作
った薄い生地でこし餡を挟み、塩漬けした桜の葉3枚くるんでいます。桜の葉の塩漬けはかなり
けっこう塩辛いのですが、桜の香りを楽しみながら葉を剥がさずそのまま食べるのが通です。甘
さ控え目のこし餡と素朴な生地に桜の香りがついて、品のあるとても美味しい桜餅です。
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2017.04.13 東京都 12期 竹内
撮影:2017年2月9日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 153】名所旧跡
水泳帽のフットマーク
         
フットマークは、両国駅から10分位の墨田区緑に本社を置く縫製会社で、日本で最初に学童用
水泳帽を手がけた会社です。小学校の水泳の時間に被った水泳帽はほとんどがこの会社の製
品でした。会社の中ある博物館では、水泳帽子・水着・介護用品などの歴史を見ることが出来ま
す。1946年にゴム布製品の製造卸会社として創業し、赤ちゃんのおむつカバーを製造していま
した。45年前にオムツカバーからヒントを得て、水泳帽を開発したそうです。ちょうど小学校・中学
校の体育の授業に水泳が導入される時期であった為、水泳帽を色別に分けし、各色のマジック
テープを貼ることによって各人を泳力別に分けることができる点が教師からの支持を集めたそう
です。
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2017.03.23 東京都 12期 竹内
撮影:2017年1月16日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 152】相撲部屋シリーズH
春日野部屋
       
春日野部屋は、1925年(大正14) 第27代横綱 栃木山が出羽海部屋から分家独立し、創立しまし
た。春日野部屋の力士には、開祖の栃木山に因んで四股名に「栃」の字が付けられた力士が多
い。8代春日野は横綱・栃錦などの関取を育て上げました。9代春日野は横綱・栃ノ海や大関・栃
光、関脇・栃東、関脇・栃赤城、関脇・栃乃和歌などといった多くの関取を育て上げ、10代春日野
を襲名して春日野部屋を継承した。10代春日野は関脇・栃乃洋や小結・栃乃花などといった関取
を育て上げました。現在の師匠は11代・春日野清隆(元関脇・栃乃和歌)で、栃煌山や栃ノ心、栃
乃若などといった関取を育てています。春日野部屋は幕内力士3名、幕下7名、三段目以下10
名、その他行司、呼出、床山など大所帯です。
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2017.03.21 東京都 12期 竹内
撮影:2017年3月8日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 151】 名所旧跡
シェイクツリー(Shake Tree)
両国駅と錦糸町の中間位にあるアメリカンな話題のハンバーガー屋さんの《シェイクツリー》。連
日たくさんのお客様が訪れています。一口食べれば一般ハンバーガーとの違いがすぐにわかり
ます。
             
変わり種は、炭水化物のないハンバーガーとして売り出しているパンが無く、パンの代わりに肉
で挟み込むワイルドなハンバーガーが《ワイルド・アウト・バーガー》です。
ステーキに使う肉を大きめにカットした肉を主として、ひき肉を合わせ、強火の鉄板で一気焼きま
す。肉の上にオニオン、トマト、チーズを乗せ、さらにもう一枚の肉で挟む。見た目もワイルドで肉
好きにはたまりません。食べると肉汁がたっぷりです。レタスで肉を挟んだパンのない《バーガー
・インア・ボウル》も人気商品だそうです。
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2017.02.16 東京都 12期 竹内
撮影:2017年2月8日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 150】 回向院 F
岩瀬京伝・岩瀬京山墓 (都指定旧跡)
岩瀬京伝は浮世絵を北尾重政に学び、北尾政演の名で指し絵を描いていましたが、後に山東京
伝と号し戯作者となりました。18歳で黄表紙(草双紙の一種で、表紙が萌黄色の大衆的な絵画
文芸)の『開帳利益札遊合』を発表し、22歳の時に『御存商売物』を著して文壇に認められ、黄表
紙『江戸生艶気樺焼』、洒落本『通信総籬』などに本領を発揮しました。『通信総籬』は、京伝のと
いうよりも洒落本の代表作とみるべき作品と言われています。寛政3年(1791)に『娼妓絹麗』、『仕
懸文庫』、『青楼昼之世界綿之裏』の3部作を発表しますが、寛政の改革の一環として絶版を余
儀なくされたため、その後は読本、晩年には主として合巻本を綴りました。文化13年(1816)に56
歳でその生涯を終え、回向院に葬られました。
岩瀬京山は京伝の弟で、同じく戯作者です。墓石の銘文は自選自書です。名を百樹といい、字を
鉄梅と言いました。兄の京伝の業を継ぎ、やがて剃髪して涼仙と号しています。
                       
                 都指定旧跡の岩瀬京伝墓と岩瀬京山墓
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2017.01.25 東京都 12期 竹内
撮影:2017年1月16日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 149】相撲部屋シリーズG
出羽海部屋
出羽海部屋は、出羽海など現存する部屋では最多の9人の横綱を育てたほか、3人が協会理事
長を務めるなど相撲界随一の名門とされています。また、11の相撲部屋からなる出羽海一門の
本家です。初代出羽ノ海は寛政の前頭筆頭・出羽海運右エ門でした。現在の師匠は11代目です。
現在、幕内 御嶽海を筆頭に15名の力士が所属しています。
        
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2017.01.10 東京都 12期 竹内
撮影:2016年12月21日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 148】 名所旧跡
江島杉山神社
1693年(元禄6)杉山流鍼術の始祖、杉山検校が徳川綱吉に土地を与えられたのを機に、江の島
弁財天を勧請して神社を創建したと伝えられています。
1952年(昭和27)に社殿が再建され,その際に杉山検校も合祀して江島杉山神社と改称しました。
境内には江の島の弁天洞窟を模した洞窟があり、その奥に弁財天が祭られています。
杉山検校は若い頃失明し、家が貧しかったので一念発起、江ノ島の岩窟で断食祈願し、満願の前
夜、夢に弁財天により鍼術を感応、杉山流の鍼術を創始しました。京都で入江豊明に師事し、江戸
に戻って開業すると、鍼の名人として評判を呼び、1682年(天明2)には、世界で初めての視覚障
害者教育施設「杉山流鍼治導引稽古所」を糀町に開きました。さらに五代将軍徳川綱吉の持病を
治療したことから信任を得、幕府に召し抱えられて屋敷を拝領し、さらに盲人の全国組織である当
道座の総検校に任じられています。
          
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2016.12.09 東京都 12期 竹内
撮影:2016年11月25日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 147】 名所旧跡
両国江戸NOREN
≪粋な江戸の食文化を楽しむ≫をコンセプトに12店が両国駅の西口国技館側に集まりました。
その名を[両国江戸NOREN]として2016年11月25日にオープンしました。
一階には、寿司、日本酒利き酒、もんじゃ焼き、海鮮料理、ちゃんこ鍋、甘味処、日本そば、深川
めし、天婦羅、軍鶏鍋など、二階には築地海鮮食堂と都内の評判店が集まりました。
エリア中央には本物と同じ土俵や火の見櫓が作られています。初日から大盛況の賑わいで、犬
の駅長さんやハッケヨイ・セキトリくんもお出迎えしていました。両国駅にお越しの際は、是非お立
ちより下さい。
         
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2016.11.25 東京都 12期 竹内
撮影:2016年11月22日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 146】 名所旧跡
すみだ北斎美術館開館
既存の画にとらわれない自由な発想で描いた江戸末期浮世絵師の巨匠 葛飾北斎。北斎は日本
の画ばかりでなく、世界の偉大な芸術家として広く注目されています。この北斎が生まれ幼少期を
過ごした場所に、70年にわたって描き続けられた作品を記念展示する≪すみだ北斎美術館≫が
2016年11月22日に開館しました。
北斎の生涯に沿った人物像、多彩な作品、すみだとの関わり等を見ることが出来ます。この美術
館は、都営地下鉄大江戸線両国駅の東側約400mの場所にある緑町公園内にあります。ここは、
かつて弘前藩津軽家の大名屋敷があり、藩主からの依頼で、北斎が屏風に馬の絵を描いたとい
うエピソードが残されています。
初日は長蛇の列でその人気度が伺えました。両国駅周辺では11月末完成の粋な江戸の食が堪
能できる≪両国 江戸NOREN≫、や来年完成予定の≪両国刀剣美術館≫などが作られています。
両国はこれからさらに変貌して行きます。
     
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2016.11.07 東京都 12期 竹内
撮影:2016年9月6日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 145】 名所旧跡
両国広小路由来の碑
両国という地名は墨田区側ではなく、もともと両国橋よりの中央区側でした。両国橋の中央区側は
今では東日本橋という地名となり、両国の名前は唯一両国郵便局だけです。
かつて江戸で最大の盛り場だった両国広小路。もともとは、1657年の明暦の大火で江戸の市街の
大半を焼失、10万余の死者を出しました。以降、対岸への避難のため両国橋が架けられ、橋に
沿う一帯が火除け地とされ、両橋詰が広小路として整備されたものです。特に、西詰の広小路(現
在の両国)は、いつしか見世物小屋、茶店などがひしめきあう、江戸一番の繁華街となりました。
現在、両国橋東日本橋側には中央区日本橋両国会によって建てられた碑があります。
         
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2016.10.06 東京都 12期 竹内
撮影:2016年9月6日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 144】 名所旧跡
甘味処 北斎茶房
北斎通りは葛飾北斎生誕の地にある江戸東京博物館の前通りです。この錦糸町寄りにある古民
家風《北斎茶房》。長屋の倉庫だった建物を改装したという天井の高い店内で趣があります。
今両国で一番人気の甘味処で、開店して15分たたずに満席状態になります。
大納言あんみつ、ぜんざい、わらび餅、アイス最中大納言、抹茶バフェ、白玉パフェ、本葛きり、栗
どら焼、豆大福、素焼大福、お雑煮 等々、季節によっても変わります。白玉は注文をもらってから
一つ一つ白玉粉から作り、何度来ても食べたくなります。夏は特製かき氷が評判で料理誌にも必
ず掲載されています。
          
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2016.09.06 東京都 12期 竹内
撮影:2016年7月1日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 143】 名所旧跡
歌舞伎劇場本所寿座
両国駅から徒歩8分程度、墨田区緑2丁目に、芥川龍之介の『追憶』や『本所両国』にも登場する
歌舞伎劇場本所寿座がありました。
本所寿座は、明治25年廃絶しましたが廃絶を惜しむ声に支えられ、明治31年、この地に座名を
引き継ぎ歌舞伎小芝居劇場として開座しました。幾多の名優の芸の修行場や庶民の楽しみの場
となっていましたが、昭和20年の東京空襲で焼失し、その幕を閉じました。
三島由紀夫が最も歌舞伎を一生懸命に見たとされる昭和20年前後には、歌舞伎座だけでなく
本所の寿劇場・渋谷劇場などの小芝居にまで通っていたそうです。
                          
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2016.08.26 東京都 12期 竹内
撮影:2016年8月4日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 142】相撲部屋シリーズF
時津風部屋
時津風部屋は、立浪部屋に所属する横綱・双葉山は独立して《双葉山相撲道場》を設立しました。
部屋の入口には青銅製のりっぱな看板が掛かっています。
双葉山は1945年11月場所限りで現役引退して年寄・時津風を襲名し、同時に双葉山相撲道場を
時津風部屋と改称。その後、粂川部屋から譲り受けた鏡里が横綱に、現役時代からの弟子である
大内山が大関へ昇進すると共に、12代時津風は北葉山と豊山という2大関を育て上げました。
現在、東前頭の正代や豊ノ島を始め13名の力士がいます。
          
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2016.08.02 東京都 12期 竹内
撮影:2016年7月1日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 141】 本所七不思議 B
第3話 足洗い屋敷
本所七不思議は、本所に江戸時代頃から伝承される奇談・怪談です。古くから落語などのネタとし
て庶民に親しまれてきました。本所とは、隅田川東岸側の両国方面を言います。現在も墨田区に
町名が残っていますが、江戸時代の本所は現在の本所よりも広い範囲を指していたようです。
この話の基本は、七不思議ですが伝承によって登場する物語が一部異なっていて、面白おかしい
話、怖い話など7種類以上のエピソードが存在しています。
      =============================================
【本所七不思議】 第三話 足洗い屋敷
江戸時代の本所三笠町(現・墨田区亀沢)に所在した味野岌之助という旗本の上屋敷でのこと。屋
敷では毎晩、天井裏からもの凄い音がした挙げ句、「足を洗え」という声が響き、同時に天井をバ
リバリと突き破って剛毛に覆われた巨大な足が降りてきます。家人が言われたとおりに洗ってやる
天と井裏に消えて行きますが、それが毎晩繰り返され、洗わないでいると足の主は怒って家中の
天井を踏み抜いて暴れます。
                            
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2016.07.06 東京都 12期 竹内
撮影:2016年7月1日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 140】 名所旧跡
伊藤宗印屋敷跡
明治12年(1879)に11世 将棋名人を襲名した八代伊藤宗印の屋敷跡です。
将棋で名人とは、将棋指しの家元の第一人者が名乗った称号です。江戸時代には、大橋家本家、
大橋家分家、伊藤家の三家が持ち回りで世襲していました。
伊藤宗印はこの両国の屋敷で棋士の育成をしていました。後の名人 関根金次郎もこの屋敷で腕
を磨きました。さらにその関根に弟子入りしたのが、本所生まれの名人 木村義雄でした。木村は
この屋敷でめきめきと頭角を現し、現在の将棋の隆盛を築き上げました。
     
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2016.06.08 東京都 12期 竹内
撮影:2016年3月15日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 139】 名所旧跡
モンゴル料理
両国駅より徒歩3分のモンゴル料理『ウランバートル』は、都内髄一の本格モンゴル国式モンゴル
料理店です。伝統的な遊牧の生活だったモンゴル料理は伝統的に、「赤い食べ物」と呼ばれる羊
肉料理と「白い食べ物」と呼ばれる乳製品に大別されます。

首都ウランバートルのレストランそのままのリラックスできる店内で、美味しい本格モンゴル料理が
楽しめます。モンゴル出身の元力士 白馬のお母さんが開いたお店で、モンゴル国産の最高品質
の食材を使用し、臭み全くない羊肉が特においしいです。モンゴル岩塩や美容と健康の果物チャ
チャルガンは、モンゴル国大使館も推奨する逸品です。モンゴル出身の力士達も時々来店して母
国の味を楽しんでいるそうです。
                   
             グリヤーシュ(モンゴル国式ビーフシチュー)とチャンスン・マフ(塩ゆで骨付羊肉)
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2016.05.20 東京都 12期 竹内
撮影:2016年5月5日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 138】 名所旧跡
相撲部屋 朝稽古
相撲部屋の朝稽古は、一般公開していない部屋も多いようです。今回は、相撲関係者の紹介で時
津風部屋に行って来ました。朝稽古の始まる時間は部屋によって異なりますが、三段目以下では
7時頃から始まり、幕下・幕内の順に8時〜9時には稽古場にやって来ます。

稽古は、まず四股・鉄砲・股割り・すり足等の基本運動から始まり、土俵上でぶつかり稽古を行いま
す。土俵には2人しか上がれないのでそれ以外の力士は土俵を囲んで稽古を見ています。他人の
稽古を見て分析することも稽古で、これを見取稽古と言います。
3日後に五月場所を控えています。場所前日の土曜は休養となりますので、最終1日前の稽古で
す。力士達は熱の入った稽古をしています。力士達がぶつかりあう姿、ぶつかり音、荒い息使い、
どれをとっても迫力満点です 力がつきても相手に何度も立ち向かうその姿には感動してしまい
ます。
偶然2人の横綱 鶴竜関(井筒部屋)と日馬富士関(伊勢ヶ濱部屋)が出稽古に来ていました。さすが
横綱です。そのスピード、迫力、技は、他の力士を圧倒するものがあります。出稽古の際、事前連
絡なしに突然他部屋を訪問するのが慣習だそうで、訪問を受けた力士達は横綱の姿を見たとたん、
超緊張して稽古する事になります。
   
 左写真:土俵上に鶴竜、右奥に日馬富士のめずらしいシーン
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2016.04.06 東京都 12期 竹内
撮影:2016年3月12日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 137】 名所旧跡
アルプスの少女ハイジ
両国駅西口近くで見つけた『アルプスの少女ハイジ』のオフィシルショップ《ハイジクラブ》。
最近は家庭教師のCMで見かける『アルプスの少女ハイジ』。なんで両国に・・・と思いつつ、昔テレ
ビで見た美しい画を思い出して入って見ました。
店内はハイジのぬいぐるみ、文具、食器などキャラクターグッツがいっぱいのアニメの世界でした。
『アルプスの少女ハイジ』は日本テレビで1979年に放映されていたアニメです。厳しくも優しいアル
プスの大自然の中で、共に暮らすおじいさんの "アルムおんじ"、ヤギ飼いの "ペーター"、友達の 
"クララ"などと共に、健やかに育っていく "少女ハイジ" の物語でした。山梨県北杜市には、ハイジ
テーマパーク「ハイジの村」があるそうです。
     
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2016.03.18 東京都 12期 竹内
撮影:2016年2月16日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 136】 相撲部屋シリーズE
井筒部屋
井筒部屋は、1884年(明治17)に引退した5代 井筒の幕内・井筒菊治郎が興しました。
1960年代には、関脇・鶴ヶ嶺や幕内・逆鉾、太刀風などの関取を育て上げ、1970年代には、高
砂一門の九重部屋に所属する横綱・北の富士の手に渡り、北の富士は1974年7月限りで引退し
て12代 井筒を襲名し、同時に九重部屋から分家独立する形で井筒部屋を創設しました。
13代 井筒は大関・霧島を始めとして、実子である関脇・逆鉾や寺尾など数多くの関取を育て上げ
ました。1994年には、春日山(元関脇・逆鉾)が14代 井筒を襲名して井筒部屋を継承しました。モ
ンゴル出身の鶴竜が2012年に横綱へ昇進しています。
     
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2016.03.04 東京都 12期 竹内
撮影:2016年2月16日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 135】 名所旧跡
スカイツリー天丼
両国駅からはちょっと歩きますが、下町で60年以上続いている蕎麦屋『竹やぶ 寿々喜屋』です。
五穀を練り込んだ蕎麦が人気だそうですが、今回はその名も《スカイツリー天丼》を注文。スカイツ
リーが東京タワーの高さを超えたことを記念して作られたメニューだとか。
運ばれて来た天丼の迫力がすごい どうやって食べたらいいのか悩みます。中心にはアナゴ天
が1本、その回りにはエビ3本の天ぷらタワーがあり、これは上品に食べるより、ゴジラがタワーを
破壊するかのようにガッツリ食べないと困難ですね。
      
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2016.02.26 東京都 12期 竹内
撮影:2016年1月28日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 134】 相撲部屋シリーズD
片男波部屋
1961年(昭和36)引退した二所ノ関部屋(大関・佐賀ノ花)所属の元関脇・玉乃海は、年寄・片男波
を襲名して同年5月に二所ノ関部屋から分家独立して片男波部屋を創設しました。その後、1981
年(昭和56)引退した玉ノ冨士が13代 片男波を襲名して片男波部屋を継承しました。片男波は、関
脇・玉春日、関脇・玉乃島などの関取を育て、中堅部屋として存在感を出しています。
現在は、15代 楯山(元関脇・玉春日)が14代 片男波を襲名して片男波部屋の師匠に就任し、13
代 片男波は16代 楯山を襲名して片男波部屋の部屋付き親方となっていて、幕内の玉鷲、幕下の
玉飛鳥、玉金剛など6名が在籍しています。
              
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2016.02.04 東京都 12期 竹内
撮影:2015年12月2日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 133】 名所旧跡
二之橋
両国から森下に向かう途中にある堅川は、江戸城に向かって縦(東西)に流れる人口河川です。万
年2年(1659)、竪川が開削されると5つの橋が架けられ、隅田川に近い方から一之橋から五之橋
と名付けられました。二之橋は、その二つ目の橋で、長さ十間(18m)、幅三間(5.4m)程ありました。
池波正太郎の『鬼平犯科帳』では、二之橋は『二ツ目橋』という名で数多く登場します。鬼平が事件
を解決するなかで、弥勒寺門前のお熊婆のいる茶屋『笹や』へ行くにも、大川から船で乗付けて軍
鶏なべ屋『五鉄』に立寄るにも、この橋は必ず登場し、欠かせない場所となっています。
現在の橋は、平成10年(1998)に架橋されたものです。
           
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2016.01.08 東京都 12期 竹内
撮影:2015年12月2日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 132】 名所旧跡
鰻とすっぽん鍋
最近特に鰻は庶民の口に入りにくくなって来ました。さて、『明神下 神田川本店』は1805(文化2)
年の創業ですが、この『明神下 神田川支店』は、1918(大正7)年創業の鰻とすっぽん鍋の店です。
江戸っ子の心意気あふれる雰囲気の店内は、個室座敷でゆったりと味わえます。

客の注文を受けてから、活きた鰻に包丁を入れ、本店から受け継いだ秘伝のたれで焼き上げます。
炭焼きならではの芳ばしい香りが食欲をそそり、たれは辛口で絶妙の味わいです。
栄養満点のすっぽん鍋も好評で、すっぽん吸い鍋は、ダシ汁で割り、あっさりと食べやすい味です。
美肌にも良いすっぽん鍋をご賞味下さい。
        
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2015.12.04 東京都 12期 竹内
撮影:2015年12月2日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 131】 回向院 E
明暦大火横死者等供養塔
(都指定有形文化財)
両国回向院にある1657(明暦3)年の江戸大火による焼死者・水死者を初め、入水者・牢死者・行
路病死者・処刑者その他の供豊のため造立された塔です。願主は回向院第2世住持信誉貞存で、
1675(延宝3)年頃建立されました。総高3mもある大きな供養塔で都指定有形文化財となっていま
す。
「火事と喧嘩は江戸の華」と言われるように、江戸では火事が多く発生しました。江戸の人ロの半数
を占める町人は、限られた町地にひしめいて住み、家屋も耐火など全く考慮されていなかった為、
一度火事が起こると大きな被害が生じました。この明暦の大火は、正月の18日から19日にかけて、
相次いで発生した3つの大火の総称で、現在の千代田・中央両区に当たる当時の江戸市街の大半
に被害が及び、死者は数万人に上ったという事です。
                 
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2015.11.20 東京都 12期 竹内
撮影:2015年11月20日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 130】 相撲部屋シリーズC
八角部屋
八角部屋は江戸東京博物館近くにある相撲部屋です。入口がおしゃれで目立ちます。
1992年に引退した九重部屋(第58代横綱・千代の富士)の第61代横綱・北勝海が、年寄・北勝
海のち八角を襲名して九重部屋の部屋付き親方として後進の指導にあたっていましたが、1993
年(平成5)に4人の内弟子を連れて九重部屋から分家独立して部屋を創設しました。現在、隠岐の
海、大岩戸、大輝、朱雀などの力士28名と行司、床山などがいます。
               
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2015.11.05 東京都 12期 竹内
撮影:2015年10月
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 129】 名所旧跡
割烹かりや
寒くなれば鍋料理の季節です。鍋料理の王道はやはりふぐ鍋でしょうか。両国駅から徒歩5分、両
国橋の近くにある昭和22年創業の下関ふぐを主とした割烹料理店《かりや》。現在は3代目で創業
70年位の有名店です。
    
ふぐは下関から直送する最高級の天然とらふぐ、天然の内海ものを使用しています。また、とらふ
ぐとは一味違った美味しさを持つあかめふぐもお勧めです。
ふぐ料理の他にちゃんこ料理も評判。元力士だった初代が相撲部屋のちゃんこを料理店向きにア
レンジした正統派で味付けは醤油味のソップ炊き一筋です。
                
「ふぐ料理」は縁起ものの福として濁らず「ふく料理」とも呼ばれます。それにしても両国には何故か
ふぐ料理専門店が多いですね。比較的近い範囲に5軒位があり、専門店でなければもっと沢山あり
ます。かつて江戸で最大の盛り場だった両国広小路の名残りなのか、両国界隈の粋な旦那衆に好
まれたのか、両国⇒相撲⇒ちゃんこ鍋⇒鍋料理⇒ふぐ鍋料理 と言うように繋がるのでしょうか・・・。
両国ぶらり散歩 54】でご紹介した創業80年の《ひょうたん》も老舗ふぐ店の一つです。
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2015.10.13 東京都 12期 竹内
撮影:2015年
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 128】 本所七不思議 A
第2話 片葉の葦(かたはのあし)
【本所七不思議】 第ニ話 片葉の葦 (かたはのあし)
江戸時代の本所にお駒という美しい娘が住んでいましたが、近所に住む留蔵という男が恋心を抱
き幾度も迫ったものの、お駒は一向になびかず、遂に留蔵は、所要で外出したお駒を追ったのでし
た。留蔵は、隅田川からの入り堀にかかる駒止橋付近でお駒を襲い、片手片足を切り落とし殺した
挙げ句に堀に投げ込んでしまいました。それ以降、駒留橋付近の堀の周囲に生い茂る葦は、何故
か片方だけの葉しか付けなくなったのです。
旧両国橋のたもとにあった入り堀に架かっていた小さな石橋が駒留橋です。現在は駐車場となって
います。
                
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2015.09.03 東京都 12期 竹内
撮影:2015年7月5日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 127】 相撲部屋シリーズB
浅香山部屋
浅香山部屋は、伊勢ヶ濱一門に所属する相撲部屋です。2011年引退し、以降は友綱部屋の部屋
付き親方となっていた年寄・15代 浅香山(元大関・魁皇)が、2014年に内弟子2人を連れて友綱部
屋から分家独立して浅香山部屋を創設しました。
現在、親方と奥様、魁渡、魁盛王などの弟子4人、若者頭、呼出、床山の9人の小さな部屋ですが
活気に溢れた将来性のある部屋です。
             
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2015.08.03 東京都 12期 竹内
撮影:2015年7月1日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 126】 名所旧跡
両国すふれ
両国駅から徒歩10分程にある東京都内でも屈指のスイーツ店《マリーズ洋菓子店》。派手な宣伝
はしていないので、隠れた名店と言ってもいいのではないでしょうか。何を食べてもおいしいのです
が、最近人気なのは《両国すふれ》です。
直径5cm程の丸いチーズスフレは、フランス直送のクリームチーズを使用して、しっとりとしたチー
ズはふわりと軽やかに溶けます。甘さよりもチーズのコクがしっかりと味わえ、新鮮なバターそして
純生クリームが使われています。このスフレは土俵をイメージしたものだそうです。濃厚な味わいが
なんとも美味しいものです。
因みに、あの安倍総理もお気に入りの店だそうで、超多忙の中、突然買いに見える事もあるそうで
す。お気に入りは夏季限定のマンゴープリンとの事。
  
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2015.07.07 東京都 12期 竹内
撮影:2015年6月17日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 125】 名所旧跡
両国広小路 ぼうず志ゃも
1681〜1684年の創業以来、350年前の江戸時代天和年間から続く、両国橋のたもとにある軍鶏鍋
料亭『ぼうず志ゃも』。両国で育った芥川龍之介が昭和初期に書いた文章にも登場する店です。
独自の味噌や割り下を使い、吟味した鶏肉を二様に支度し、白滝、ねぎを加えた鍋はとてもおいし
いものです。
      
両国広小路は本来、両国橋をはさんだ隅田川の両岸の称で、現在の両国である旧下総国側(墨田
区側)を「東両国」や「向う両国」、旧来の武蔵国側(中央区側)を「西両国」と呼びました。西両国の
北に隣接する柳橋も含め、両国は江戸屈指の歓楽街として栄え、特に両国橋西詰の両国広小路は
見世物などの小屋が立ち並んで賑わいました。
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2015.06.19 東京都 12期 竹内
撮影:2015年
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 124】 本所七不思議 @
第1話 おいてけ堀
【本所七不思議】 第一話 おいてけ堀 (置行堀)
江戸時代の本所町外れに静かな堀がありました。魚が跳ねているのに誰も寄り付きません。
昼間魚釣りしても魚は一匹も釣れませんが、夕方から面白いように釣れます。ところがビクを魚で
いっぱいにして帰ろうとすると、「おいてけ〜おいてけ〜」と堀の底からあやしい声が聞こえてきま
す。釣り人は、「ぎゃ〜助けて〜」とビクも釣竿も放り出して命からがら逃げてしまうのです。
                         
両国江戸東京博物館のすぐ隣にある日本大学第一中学校・高等学校付近に『おいてけ堀』はありま
した。この話は、カッパのいたずらだとの伝承があります。
                 
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2015.05.19 東京都 12期 竹内
撮影:2015年3月24日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 123】 回向院 D
浮世絵師 鳥居清長
浮世絵師 鳥居清長:
両国回向院にある江戸時代の六大浮世絵師の一人、鳥居清長の墓です。宝暦2年(1752)〜文化
12(1815) 法名:長林英樹居士
鳥居清長は、鳥居派四代目当主。鳥居派の代表的な絵師でした。鈴木春信と喜多川歌麿にはさま
れた天明期を中心に活躍し、それらや後の写楽・北斎・広重と並び六大浮世絵師の一人とされてい
ます。特に堂々たる八頭身の美人画で、今日世界的に高く評価されています。
   
安永年間に110点程の細判役者絵を残して、安永7‐8年頃から次第に鳥居派風を脱し、当時流行し
ていた勝川春章らの似顔絵的な役者絵の影響を受けて紅摺絵から細判の錦絵に変わるが、役者
絵の制作は少ない。代わって中判の美人画と黄表紙挿絵の制作が増え、黄表紙は安永4年から描
き始め、天明2年まで120点余りの作に挿絵していて、この時期の作画の中心でした。 
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2015.04.07 東京都 12期 竹内
撮影:2015年3月25日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 122】 相撲部屋シリーズA
錦戸部屋
錦戸部屋の師匠は十代 錦戸(元関脇 水戸泉)です。高砂部屋に所属していた水戸泉が2000年
に引退し、2002年に高砂部屋から独立しました。
水戸泉は現役時代、大量の塩を撒くソルトシェーカーと呼ばれていました。1回の撒く塩の量はなん
と約600gでした。呼び出しさんは塩の補充におおわらわでした。錦戸部屋には、まだ関取はいませ
んが数々の個性派力士がおり、四股名に出身地を入れていることが特徴です。
                 
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2015.03.18 東京都 12期 竹内
撮影:2014年7月5日
撮影場所:東京都墨田区
【両国ぶらり散歩 121】 名所旧跡
弥勒寺橋跡
弥勒寺橋は六間堀から分かれる五間橋に架けられていた橋です。江戸前期には架橋されていま
した。弥勒寺橋という名称は、橋の北東に真言宗弥勒寺があった事に由来します。しかし、弥勒寺
は1689年(元禄2)に本所に移って行きました。元禄2年は松尾芭蕉と河合曾良が江戸深川から
奥の細道の旅に出た年です。また、赤穂浪士討ち入りの13年も前の事です。
五間堀は、1936年(昭和11)と1955年(昭和30)の2度の埋め立てでなくなり、その後、橋も廃橋
となりました。
               

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