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OB・OGなんでも投稿(その1)

      マンドリン関連でなくても何でも結構です。生活の事、社会に言いたい事、お仕事の事、
      世の中に言いたい事・・何でもご自分で感じた事を気楽に投稿して下さい。
2006年8月18日
【暑中お見舞】
            日本大学マンドリンクラブOB会顧問 宮田蝶子

 日大マンドリンクラブOB・OGの皆様へ

ホームページで貴重なお話の数々を拝見し、大変嬉しく読ませて頂きました。

2期 佐々木さんへ・・いつも笑顔でやさしい人という思い出があります。
6期 成瀬さんへ・・・「彼はなかなかうまいヨ」とお稽古の後に、父が私に嬉しそ
            うに話していた事を思い出しました。
三坂さん、賀来さん、村岡さん・・全てのOB・OGの皆さん、ありがとうございます。

 日大OB・OGの方々は、都立の家にいらしている時、とても優しくて素適な方達ば
かりで私には、心の大きな財産だと思っています。
祖父、父のマンドリンに対する情熱を引き継ぎ、一人でも多くの方にマンドリンを
弾いてもらいたい、聴いてもらいたい。そんな思いです。
父は日大マンドリンクラブを 又 OB・OGの方々を本当に愛していたと思います。
そして、私も現在わが子よりも若い日大生(いい子ばかりです)本当にまじめで、マ
ンドリン好きでいてくれて、とてもかわいいと思います。

 今後共、私そして日大マンドリンクラブの現役をよろしくご支援下さいます様、お
願い致します。
2006年8月9日
【俊一郎先生の曲に接して】
                              栃木県 6期 成瀬

 1993年、ところはシンガポール、前年から当地に単身赴任していた私は、休日
はゴルフという生活にも飽きていたころ、日本人会誌の「マンドリン合奏を一緒に楽
しみませんか」という記事に目が止まりました。
 興味本位に練習場所というマンションの一室に出かけてみると、5、6人の女性ば
かり、駐在員の奥さん連中ということで、練習している一曲がなんと俊一郎先生編曲
の「真珠採りのタンゴ」です。
 感激しましたねえ。「これは昔私のオハコです。ここはトレモロ・・」とかなんとか指
導?したりして、数十年ぶりに楽器にふれました。
俊一郎先生の編曲も国際的だと感激して、その時のプログラムを奥様にお送りした
次第です。
 時は流れて、10数年経過した今年の3月、息子が結婚することになり、「披露宴
でマンドリン演奏するけどオヤジも一緒にやる?」というお誘いがありました。息子
も某大学でマンクラ、私の父も旧制高校時代マンクラという3代続けてマンクラとい
う物好きな家系です。
 送られてきた楽譜が2曲とも俊一郎先生編曲の「カノン」と「マイウエイ」でした。
当日一緒に演奏するのはぶっつけ、しかも指揮が息子というわけで、あまり上手に
は出来ませんでしたが、蝶子さん、心を込めて弾かせていただきましたよ。
 そして現在、ところは宇都宮、2年前からこちらのマンクラに参加していますが、
今年12月の定演には、俊一郎先生編曲のモーツアルト「牧場の王者」序曲をやる
予定です。
 このように先生の編曲に接することも多く、お世話になった昔のことを思い出しな
がら弾いていますが、何しろ昔と比べて、技術、気合のりがかなり不足しております
ので、『少しは練習してもっとうまく弾いてくれよ』という俊一郎先生の天の声が聞こ
えて来そうです。
2006年8月5日
【日大マンドリンクラブがテレビ出演】
                          埼玉県 2期 佐々木

テレビ出演と言っても、現在の話ではありません。
昭和35年(1960年)に、NET日本教育テレビ(現在のテレビ朝日)の歌番組の伴奏とし
て日本大学マンドリンクラブが出演したことがあります。
番組名は、『みんなの歌 楽しい歌』です。
NET第5スタジオで、三木鶏郎作詞・作曲の「こおろぎ」を演奏しました。
出演者は、第1M:車崎茂(3期)、第2M:金井富士夫(1期)
マンドラ:佐々木孝吉(2期)、ギター:高瀬武雄(2期)の4名でした。
今と違って録画が普及していない時代でしたので映像はありませんが台本をお見せし
ましょう。
                    (台本には次の事が書かれています)
            放送日:昭和35年10月18日(火) 午後6:00〜6:15
              みんなの歌 楽しい歌 [54]
                   -------------------------------------------------------
            出演者
              歌唱指導:富永恒雄、ピアノ伴奏:坂部紀三子
              歌う子供:小泉すみ、小泉えみ、古田光太郎
              ゲスト:ディック・ミネ、中村淳子、小川峯子
              演奏:日大マンドリン・クラブ
                    --------------------------------------------------------
ただ残念なことがありました。
みんな暗譜してなくて譜面台を立てたら、画面に出せないと言われ、音だけの放映に
なってしまったのです。残念

                    これはその時に贈呈されたアルバムです。

               【こおろぎ】
              作詞・作曲:三木鶏郎

           .こおろぎ ころころ
             鳴く秋は
             月の青さが 身にしみる
             こおろぎ いつ鳴く
             夜に鳴く
             なにか悲しい 夜の歌
             素足ぬれてる 草の露
             二人あるいた あの路に
             こおろぎ ころころ
             かくれんぼ
             見えないとこで 恋してた
             こおろぎ ころころ
             恋の歌
 
           .こおろぎ ころころ
             鳴く夜は 
             月の丸さが 気にかかる
             こおろぎ なぜ鳴く
             恋に鳴く
             なぜか はかない
             恋の歌
             灯影(ほかげ)遠い 村はずれ
             腰をおろした あの木陰
             こおろぎ ころころ
             甘えんぼ
             心のあるたけ 恋してた
             こおろぎ ころころ
             恋の歌
 
2006年8月2日
【HPを見て同窓会開催に】
                            東京都 19期 村岡

 19期 村岡です。
 私達の学年は、俊一郎先生が指揮をして頂いていた最後の学年でした。一年
生で初めての出演した第16回定演が先生最後の指揮になってしまいました。
太鼓の専門屋?だったせいか先生に早くから名前を覚えて頂き、1年生のくせ
に都立大のお宅にもお邪魔して、大奥様、吉子先生、宮澤先輩ほか宮田楽団の
方々から、可愛がっていただきました。
 2年生の春、長谷川さん(8期)との出会い、20周年演奏会で三浦さん(6期)を
始め、大先輩の方々との交流からもう30年近くなりますが、このHPを通じて、
皆様の近況がリアルタイムで見られ、懐かしく、また、同期会など活発に行われ
ているのにも驚きでした。

 これに触発された19期は、50歳記念?旅行の計画&実行部隊が発足し、ビ
ヤホールでの作戦会議を重ね実現に向けて進行中です。
 これまで19期も演奏会で集まることで満足していました。しかし、東京を離れた
仲間とは卒業以来27年間も逢っていませんでした。
HPで初めて知りました。15〜18期が定期的に同窓会を開催していたり、大先輩
の皆さんも集まる機会を作っていらっしゃる・・・。それなら我々だって!!と・・・
幸い?19期は首都圏在住が殆どで、仙台に2名のみ。といった好条件のため、
同窓会は仙台になだれ込もう!と相成った次第です。

 私の所属する新交響吹奏楽団の演奏会には、毎回聴きに来ていただくOB各
氏、協力してくれる家族(カミさんも団員でした)に感謝しつつ、25年になります。
団員には私の他に、21期の小谷さんも所属しています。
HPの【演奏会のお知らせ】には新交響吹奏楽団の演奏予定が掲載されていま
すので、皆さん是非聴きに来て下さい。

最後に、日大マンドリンクラブ50周年記念演奏会の太鼓パートはお任せ下さい
2006年8月1日
【山本敬先生急逝】
                             千葉県 6期 三浦

6期 三浦です。
私は、数年間千葉大学マンドリンクラブのコーチをやっていました。
さる21日、千葉大学教育学部名誉教授で声楽家だった山本敬先生が急性骨
髄性白血病で急逝されました。
先生は千葉大学で教鞭をとられる傍ら付属小学校の校長などを歴任されたの
ですが、千葉大学マンドリンクラブの初代顧問として創成期から退官されるまで
ずっと面倒を見て下さり、演奏会にも何度も出演して下さったのです。
僕の棒でシューベルトの魔王やパパゲーノなどを歌ってくれた事は忘れえぬ思
い出となりました。
その時はレセプションの後で、大勢の部員が我が家に来て下さり、学生達と酒
を飲み、挙句の果てに皆と一緒に雑魚寝したのでした。
葬儀はご親族のみの密葬であったため、我々は新聞に報道された7月26日ま
で何も知らなかったのです。
おまけに僕は7月25日から28日まで九州に行っていてまったく知らず、28日
の晩に千葉大のOBからの電話でこの悲報を知らされたのでした。
昨晩は奥様にお電話で弔意を伝え、弔問の許可を戴きました。

 日大マンドリンクラブとは直接関係はないのですが、私が非常に親しくしてい
ただいた事もあり、お話いたします。
日大にトラで何度も出演した事のある村岡さん(19期)も当然ながら山本先生の
事は良く知っている方でした。
ご冥福をお祈り申し上げます。
2006年6月4日
【5月の定期総会を見て】
                             岡山県 24期 賀来

マンクラ各期のOB・OGの皆さんこんにちは!
今期のOB定期総会は盛り上がっていますね。OB・OG関連ニュースで見ました。
定期総会に40名も出席です これまでに例がないのでは?
しかも、OBの方々の演奏会の実施など企画も盛り沢山だったようです。
私もこの春転勤していなければ、総会に出席してどんな演奏だったのか聴いて
みたかったです。
各期のみなさんも、それぞれの期でやっている演奏会や催し物がありませんか?
それらをぜひ拝見できればなあ、と思います。
この『Web 鳳友』を、各期の『掲示板』として活用してみませんか?
【8期氏家忠良さんの本発売中】
    『交換リレーエッセイ/二人を笑ってください』
         氏家 忠良 (著)、 斎藤 嘉章 (著)

    出版社:文芸社 価格:1,000円  発行年月 2002年5月15日

酸いも甘いも噛み分けた人生のベテラン二人(コピーライター男)が同一テーマで
エッセイを競作。
笑えて泣けて、しみじみして、ほんわかできる癒しの本です。 四年にわたり、月
一回ひとつのテーマを決めてエッセイを競作してきました。
二人が48のテーマで綴る傑作です。
日大マンドリンクラブ時代や還暦演奏会の話も所々出てきます。
OB・OGの皆さん是非読んで下さい。
2006年5月5日
【OB会のホームページ公開】
                                  ホームページ管理者

 日本大学マンドリンクラブOB会のホームページをやっと立ち上げることが出来
ました。
 日大マンクラOB会のホームページが欲しいと思っていましたが、たまたまOB会
長の三浦さんがOB会のホームページを作りたいが誰か作れる人はいないものか
との話を伺い、それでは私が・・・となってしまいました。
なにしろ長い歴史がありながら皆さん断片的にしか分からない事柄が多く、下準
備にかなり時間と手間を要しました。また資料は持っているよと言っていただくので
すが、どこにしまったか覚えていないという方が多く苦難の連続でした。

製作は、帰宅後の夜遅くまで行なったり、朝早起きしたり、酒を飲んで遅く帰った
時や、休日・祭日もなく・・と苦労しました。
お願いした資料や原稿が集まらず、何度も行きづまりかけました。
 しかし作業を続けて行く内に、OBの皆さん、現役の皆さん、また宮田家のご協力
を頂けるようになり、特に長谷川武さんには、資料や原稿などとても感謝しており
ます。
それでは! ・・とまた奮起して、なんとか格好がつき、やっと立ち上げることが
出来ました。

最後の一週間は最悪でした99%完成という所でパソコンが壊れ、再インストール
という事態が発生。パソコンの裏からこれまでのデーターを取り出す大技を駆使。
疲れました!

これまで日大マンクラの歴史の中で、8期の方々が演奏記録を残そうと演奏会場
で発表したり、20周年誌で過去の演奏記録を調査して製本したりと、その時代に
あった道具を使用しながら、努力されていました。
そして今、形を変え1期から現役の学生まで、さらに日本中の一般の方々も共有
していつでも最新情報が見えるホームページという形で皆様に公開することにな
りました。

当初のコンセプトとして、伝統の重さと現代の融合/写真や絵を多く使用したビ
ジュアル感覚/年配者にも見やすい大きな字・・・等があったものの、あれもこれ
も入れてみようとするうち、雑多になってしまいました。

何人かのOBやマンドリン関係者、一般の方が、興味を持って見ていただけた
ら、それだけで満足です。まだまだ不十分であると同時にアイディア不足だと感じ
ています。

 皆様のご意見等メールを頂ければ出来るだけ対応させていただきますので、よろ
しくお願いいたします。
2006年4月6日
【最近読んだ本】
                                   ホームページ管理者

 数年前にマンドリン本邦渡来100年記念と言うことでレコード各社がCDを出した
事がありました。因みに、宮田俊一郎先生の「イタリアの調べ」が復刻されたのも
この企画でした。この時、各社がLPやSPからの復刻をしましたが、宮田蝶子先生
だけは新作「夢を紡ぐマンドリン」を発表てしました。

 日本人がマンドリンが手にしたのは、明治27年に四竃訥治(しかまとつじ)氏が、
イギリス人から贈られた事が始めのようです。

 最近読んだ「マンドリン物語」(有賀敏文著書)と「ギターは日本の歌をどう変えた
か」(平凡社)より・・・

 明治27年の秋には、四竃訥治(しかまとつじ)がマンドリン演奏会を開催したと言
うことです。(曲は「八千代獅子」)
明治27年に9月13日にアメリカからサミュエル・アダデルシュタインというマンドリン
の名手が来日し、演奏会を開いたとの事です。
 大正元年には、イタリアからアドルフォ・サルコリ(声楽家だが、マンドリンやギタ
ーの名手。マンドリン曲も30曲くらい作曲)が演奏会を開いているということです。
また、東京音楽学校のチェロ講師であった比留間賢八は明治38年に農務省が派
遣した海外実習生となり、2年間のヨーロッパ留学を終えて明治34年に帰国する
際に、個人的に持ち帰ったマンドリンが最初と言われています。これは2度目の留
学で、1回目にはハーモニカとチターを持ち帰り、2回目にマンドリンとギターを持ち
帰ったようです。そして、東京神田・錦町にマンドリン・ギター塾を開いた事が、一
般に普及した始めのようです。
 しかし、初期のマンドリンやギターは高価であり、庶民が気軽に弾けるものでは
なく、愛好したのはほとんど上流階級の人たちだったようです。

 現在のギターではないが、リュートは1590年スペイン・イタリアの留学を終えて戻
った天正少年使節の一行が豊臣秀吉の前で演奏されたという記録があるようで
す。

 明治9年に平岡吟舟(ジャズ・ミュージシャン平岡精二の父)がアメリカからギター
とバンジョーを持ち帰った話があります。また明治24年に大阪の外国人が慈善演
奏会でギターを演奏したそうです。
2005年11月20日
【8期OBによる”ダイヤモンドエージ・ディナーコンサート”が終わって】
                                     東京都 8期 三坂


出演者(写真左から):三浦陽子、小松晴彦、清水ハル子、楠岡浩、大浜周夫、
三坂伊那、杉浦武胤、林 忠良、氏家忠良、長谷川武の各氏


 いつも練習が終わると、帰りは居酒屋で飲みながら語らうことが恒例になってい
ました。これが良かったと思っています。みんなが自由に意見を出し合って、みん
なで決めていくスタイルが定着していきました。そして、みんなの気持ちはひとつ
になっていったのです。
奇跡の学年8期生は4年生の定期演奏会から38年、8期生全員の力でフェニッ
クス(不死鳥)のように、今見事に返り咲き、輝きました。
                                      
【演奏後の感想から】

・「やっぱりすごいや! 8期の結束力と実行力に改めて脱帽です。」

・「もったいないから、たまには皆で集まって弾きたいですね」

・「素晴らしいチャレンジが出来た事に感謝しています。又、お会いできる日を、
  楽しみにしています。」

・「もう疲れた。50周年は20代、30代、40代の皆さんにも頑張ってもらいたい。」

8期の方は情報誌『8期還暦を祝う会通信』を作り
親睦と結束を図ってきました。是非ご覧下さい。
8期還暦を祝う会通信』へ
 


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