/ポストカード音楽会  /教養講座 

 

五感の寓意

 

36    

 

36  La Dame a la Licorne Fin du 15e secle L'Ouie,detail tapisserie,laine et soie
Musee des Thermes et de l'Hotel de Cluny,Paris    1995年入手1999.9.9ファイル
 オルガン

 

 

のカデンツ

 

人間の五感といえば

”味覚” ”視覚” ”嗅覚” ”触覚” と そして楽器に関連のある ”聴覚” です。

その 五感をあらわした作品で もっとも素敵なものは

↑ 36の パリ・クリュニー美術館の至宝 

一角獣と貴婦人 の6枚の連作タピスリー(つづれ織り)でしょう。

なぜ6枚かというと もう一枚 解釈が謎とされる ”天幕の前の貴婦人” が

含まれているからです。

揃って展示されている 美術館2階の半円形の部屋を訪れた方は 

みなさん 本当に素晴らしかったとおっしゃいます。

 15世紀末の神秘的な赤(修復されたもの)が とても美しくて  

カードをみているだけでも  うっとりです。

後に 思いがけず パリで暮らすことになり  ちょうどその時期 

広く美術に親しめるよう 何か所かの美術館を無料公開するという 

フランス政府の粋な計らいがあり 

クリュニー美術館もその中に入っていましたので 

半年間にわたって入館無料になりました。

 フリーパスで この貴婦人に いつでも会いにいけるなんて! 

 このタピスリーのある部屋は

照明を落とし 見学者でいっぱいにもかかわらず

皆さん その素晴らしさに息をひそめていらっしゃるのか 

 いつも 静寂で神秘的な雰囲気が漂っていました。

聴覚を表している このカードの楽器は パイプオルガンの前身で 

ふいごを動かしながら奏でる構造になっています。

一人で持ち抱えて 鍵盤とふいごを両手で操作をするタイプの 

ポルタティブ・オルガンではなく

もっと大きく 置いて演奏するタイプの ポジティブ・オルガンです。

鍵盤を弾く人と ふいごを動かす役目の人が必要で 

ここでは 侍女と思われる方が ふいごを操作しています。

この連作タピスリーは フランスの田舎の古いお城で 

ぼろぼろに朽ちた状態で発見されたそうですが

この神秘的なモチーフに ジョルジュ・サンドが魅せられ

彼女が小説の中で 初めてこのタピスリーの存在を書いたため

広く世間に知れ渡ることになったのだそうです。

そして このように見事に復元されたのですね。

2013年には クリュニー美術館改修工事のため 

なんと 全6点が 日本に揃ってやってきたので

ご覧になったかたも多いかと思います。

 

 


 

 

もう一枚 こちらのカードをご覧ください。

 1359

1359 JanBrueghel el Viejo  El Tacto, El Oido Yel Gusto  1618-23 No 1404 Cat. MUSEO DEL PRADO
Foto,Museo Nacional del Prado   2001.8.25入手  
宴祭り踊り

 

 

1359 は、プラド美術館から友人  KM  が調達してくれました。

絵葉書のこんな小さなスペースに

まあなんて盛りだくさんのものが描き込まれているのでしょう!

思わず目を見張ったカードです。

左側には奥の方まで、たくさんの楽器が描かれていますし

テーブルの周りにはたくさんの動物や鳥も。

壁には たくさんの絵画も飾ってあるし、ご馳走の量も半端ではありません。

たくさんづくしです。

丸焼きの肉に刺してある木のえだや三角旗が

ちょっと七夕飾りみたいなイメージで 笑えます。

こんな大邸宅で 一体これから どんな宴が催されようとしているのでしょう?

 

 

月日がながれ

こちらのカードを入手したことで 新たな展開を迎えました。

 

 2581

2581 Jan Brueghel (the elder) 1586 Bruessel-1625 Antwerpen    
"Allegorie of the sense of Hearring" Painting 1617-1618
Edition Geisselbrecht/23558 Lubeck / Printed in Germany  2003・3・25入手   
楽器

 

 

 あっ! これってあの大邸宅と同じテラスだ と思いました。

裏を返すと やはり 1359 の作者と同じ 

ヤン・ブリューゲル(一部ルーベンスとの共作) です。

かの有名な農民画家ピーテル・ブリューゲル(父)の次男で

花の静物画などを 描いている人。 

ちなみに、兄は ピーテル・ブリューゲル(子) です。 

 は、このカードを入手して 遅まきながら知ったのですが

ヤン・ブリューゲルは 花の静物画だけではなく、 寓意 と名づけられた絵も描き

視覚の寓意、味覚の寓意、臭覚の寓意、五感の寓意など

たくさんの作品があるようです。 

そのなかでも、この2581の 聴覚の寓意 は

音楽をあらわす代表作として、たいへん有名な絵でした。

 

 

↑ 奥の部屋では これから行う演奏の打ち合わせでも しているのでしょうか

テラス前の丸いテーブルには たくさん楽器が置かれていますが、 

当時の演奏は こんな円テーブルで向かい合って 行われたそうです。

この絵が聴覚の寓意だとすると 

では冒頭の 1359 の大邸宅の絵 は どうなのでしょう?

ついに研究熱心な    は (そのわりには2年も経っていましたが)

エスペラント語の辞書を借りてきて 

絵葉書に記されている単語を ひいてみることにしました。

Tacto は触覚、 Oido は聴覚、 Gusto は味覚

な〜んだ! こんなにあっさり 判明しました。 (さっさと 辞書をひけばよかった)

1359の絵も やっぱり寓意画で  触覚・聴覚・味覚 をあらわしていたんですね。

そういえば中央のテーブルに 三人の女性が描かれ

一人は動物を抱いて(触覚) 一人はリュートを弾いて(聴覚) 

一人は生牡蠣を食べようとしています。(味覚)

 

 

 ↑ ヤン・ブリューゲルの息子  ↓ ヤン・ブリューゲル2世の 『聴覚の寓意』

 

9461

9461 ヤン・ブリューゲル二世  聴覚の寓意  1645-1650年頃  油彩/カンヴァス 57 x 82.5cm
Private Collection  2018・2・8入手   
楽器

 

 

 

 

ディ・デ・ヨング著 『オランダ絵画のイコノロジー』 NHK出版

ヤン・ブリューゲルの寓意画について記された箇所がありましたので 引用します。

 

一方 世界全体を隠喩で表わす野心を抱く 画家もいた。

たとえば ヤン・ブリューゲルは 

四大元素と五感を描いた いくつかの連作絵画で それを行なおうとした。

実際は それらの絵は たくさんの静物とともに 

擬人像を描いた異種混合作品である。

五感の擬人像を 百科全書的なアトリビュートで囲んだのである。

彼が1617年から18年に構想し、リュペンスとともに仕上げた五感の連作は 

中でも良く知られている。

ヤン・ブリューゲル父子は 同じ様式で同じ主題の絵を描いたが 

息子の書いた手紙に

「五感をモチーフにした作品については、全て実物から描きながら 楽しんで製作しています。

その主題は また 地上にあるすべてを描きこむのに もってこいです」 

という一節がある。

世界と五感とが明確に結び付けられているのである。

小宇宙と大宇宙や 人間と世界の仲介者としての五感 に関する

ブリューゲル父子の考え方は

彼らに特殊なものというより、一般にうけいれらていたもので、

当時信じられていた 宇宙の秩序と密接に関係してもいた。

 

また こんな指摘もありました。

 

17世紀のオランダ絵画には その日常的なイメージの中に 

視覚的隠喩 や 寓意的装い をこらした

道徳的な教化やメッセージが埋め込まれている 

という点を認識しなければならない。

・・・・・・・・・

寓意画は 風俗画よりもはるかに簡単に その意味を説明できる。

風俗画は たいていの静物画より 容易に理解できることが多い。

静物画は 風景画よりは 解釈の可能性が高い。

 

 

つまり   寓意画 > 風俗画 > 静物画 > 風景画  という順番で

寓意画 が一番 隠された意味が読み取り易い ということだそうです。

では  五感の寓意画

さっそく 他の作品にも トライしてみましょう。

 

 

↓ 左から  

視覚(鏡) 聴覚(楽器) 触覚(手で触れている) 味覚(食べ物) 臭覚(パイプの煙) でしょうか?

5344

5344  THEODOOR ROMBOUTS(1597-1637)
The Five Senses  Olieverf op doek 207 x 288 cm  GENT Museum voor Schone Kunsten
2008・9・20入手   
楽器

 

 

 

↓ こちらは ちょっと難しい。

副題が 五感のアレゴリーですので

リュートが聴覚  フルートの女性が視覚 (隣で楽譜を指差しているから) 

えっと 左はじが たくさんの果物を前にしてるので 味覚で・・・

あれ? 触覚かな? 右はじの男女二人が触覚か? 

では臭覚はだれでしょう? オレンジの香りとか?

う〜〜ん、よくわからない

 4735

4735   L'enfant prodigue les conrtisanes (allegorie des cinq sens)
Ecoll flamande du ]Ye siecle  Huile sur bois  0.89 x 1.30 cm  Musee Carnavalet, Paris
2007・12・14入手   
アンサンブル

 

今谷和徳著 『ルネサンスの音楽家たち 1 』 1993年第一刷発行 東京書籍(株) に

↑ 4735 の絵が 『フランソワ一世時代のパリにおける楽しみの園』 

として取り上げらていました。 

抜粋すると

フランソワ一世の治世(1515−1547) は 

新しいフランスのルネサンス文化が花開いた時代。

15世紀には まだまだ中世以来の

宮廷風の愛を歌った多声シャンソンが好まれていた。

1494年のシャルル8世のイタリア遠征により

華やかなイタリア・ルネサンス文化に刺激をうけ

それまで民衆の間だけで愛好されていた単旋律の俗謡が注目され 

貴族ではなく民衆が詩に登場するようになる。

こうしたシャンソンは宮廷や貴族の館ばかりではなく

市民たちの間でも広く愛好された。

 

五感については ふれられていませんでした。

 


 

 

 

こちらは 竪琴を持ったアポロンのようですが 

そんな神話の世界の人たちが 五感の寓意だとすると 

彼はやっぱり聴覚?

果物かご持っている女性が味覚で  魚を踏んづけている女性が触覚? 

男性は見つめているので 視覚? 

あれ、臭覚はどれだ? 寝そべる女性は・・・?

やっぱり よく分かりません。

 

3303

3303 Pauwels Franck, detto Paolo Fiammingo  Divinita in un paesaggio (I cinque Sensi) ca. 1582-1585
Vienna, Kunsthistoriesches Museum  2004・10・3入手 
楽器 

 

 


 

 

ここまででも 十分難しいというのに

 さらに難しいとされる 静物画における 五感の寓意。

ピーテル・クラース あるいは クラスゾーンと呼ばれる画家の作品。

4461

4461 Pieter Claesz (1597 - 1660)   Nature morte aux instruments de musique
Huile sur toile  69 x 122 cm  Don Friedrich Unger  1939    2007・9・3入手   
リュート

 

この絵については

エディ・デ・ヨング著  『オランダ絵画のイコノロジー』 NHK出版に 助けてもらいます。

 

五感の擬人像を 百科全書的なアトリビュートで囲んだ ヤン・ブリューゲルと比べると

↑ ピーテル・クラースゾーンが数年後に描いた静物画は いささか控えめである。

画家は五感を事物だけで視覚化している。

ブリューゲルの表現したものは 感覚のそれぞれを別々の作品に分けて描いているので

はるかに容易に判別できるが 

クラースゾーンの絵の主題も かなり直截的解読を許容するようにみえる。

静物画では特異なモチーフである亀が描かれているため なおさらだ。

この動物は伝統的に感触と結び付けられたが 同時に 

四大元素のひとつ 地 とも関連付けられていた。

とすれば クラースゾーンはこの作品で 五感だけでなく

地・水・風・火の四大元素をも 象徴的に表現したということになるのだろうか?

ここまでくると 不確実さが頭をもちあげはじめる。

17世紀静物画の多くの側面が あくまで不確定のままなのである。

 

五感の寓意で考えてみると 

カメが触覚なら 楽器はもちろん聴覚 ワイングラスが鏡に映っているので視覚かな。

パンなどの食べ物は味覚  

煙が出ているのは煙草? あとは臭覚しか 残っていないのですが。

 


 

 

 

フランスでは17世紀 静物画を ボージャンが完成させました。

なんでも、ネーデルランドの芸術家たちが

パリのサンジェルマン・デ・プレの兄弟会に集まった折

その中のファン・ブーゲルがボージャンに

静物画という新しいジャンルを教えたということです。

 このルーブル美術館の 「チェス盤のある静物」 は 

それぞれのモチーフが五感の寓意を表わしているといわれる

ボージャンの代表作です。

鏡は”視覚”   花は”臭覚”  リュート&楽譜は”聴覚”  

トランプ&銭袋&チェス盤は”触覚” パン&ぶどう酒は”味覚”  

をあらわしています。

パンとぶどう酒は キリスト教的な要素も感じとれます。

これらの ”もの” を通して 人間の感覚的な快楽のはかなさを

神とキリストの救いが必要なこと など暗示しているのだとか。

 

871

871 Lubin Baugin Vers 1612-1663  Nature morte a l'echiquier    
Huile sur bois 0.55x0.73m  Don de M. van Gelder,1935  RF 3968  Photo R.M.N  
Louvre Departement des Peintures  2000・8・28入手
   リュート 

 

 


 

  /ポストカード音楽会  /教養講座  楽器ジャンル  画家索引 参考文献一覧