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エル・グレコ 魂の奏楽

 

1748    5531

 

 

1748   受胎告知 Annunciation  1596-1600年  油彩・カンヴァス Madrid, Museo del Prado
エル・グレコ展  1986-1987年   2002・1・23入手  
奏楽天使 

5531  Anunciacion  1596-1600   Oleo sobre lienzo  114 x 67 cm  Museo Thyssen-Bornemisza
2008・11・8入手     
奏楽天使

 

のカデンツ

 

エル・グレコ(1541−1614) は

本名ではなく ギリシャ人 という意味の 呼び名(愛称)なのだそうです。

ギリシャのクレタ島出身で、画家として立身出世を夢見て イタリア そしてスペインへと渡った 

ドメニコ・テオトコプロスという人物が その人。

↑ 彼のこの2枚の作品は 同じ絵に見えます。 (ポストカードなので色調はそれぞれですが)

裏に記してある 所蔵美術館 (プラドM と ティッセン・ボルネミッサM) の確認をしなければ

 ほとんど見分けがつきません。

でも  よ〜く見比べると

マリアの傍らにある聖書のページの開き具合が違いますし

プラドM     ティッセン・ボルネミッサM

 

 

マリアの頭上のクビドの数も違いますし 

プラドM     ティッセン・ボルネミッサM

 

天使のグリーンの衣装のドレープも違います。

 

プラドM    ティッセン・ボルネミッサM

 

 

 は グレコの受胎告知の絵には

同じようなものがたくさんあると 肝に銘じていたので

(大原美術館のものは 上部の奏楽天使が描かれていませんが)

マドリッドを訪れたときには  

1748の プラド美術館の受胎告知は ファイル済みでも

 至近距離のティッセン・ボルネミッサ美術館の 5531の 受胎告知は持ってない と 

迷うことなく ゲットすることが出来ました。

ダブり買いも くやしいのですが 

最悪なのは 同じカードと勘違いして 買い逃してしまうこと。

 本当に コレクター泣かせです。

必ず 所蔵美術館を確認!  

これが鉄則なのですが なかなか把握しきれていないのが 実情です。

 

さて

↓ こちらは 無原罪の御宿り の 別ヴァージョン。 

これは聖ヨハネがいるし 雰囲気も違うので わかりやすいですね。

グレコのことですから  きっと まだ別ヴァージョンが ありそうなので

トレド・サンタ・クルス美術館 と ティッセン・ボルネミッサ美術館のものは ファイル済み と

しっかり 所蔵美術館を 覚えておかなくては・・・  

 

 3930    5529

 

3930  Museo de Santa Cruz.Toledo  Domenikos Theotokopoulos, El Greco
La Inmaculada Concepcion con San Juan Evangelista 1580-85
 2005・11.29入手 
奏楽天使 

5529    EL GRECO  La inmaculada Concepcion,  1607-1613
Oleo sobre lienzo  108 x 82 cm   Museo Thyssen-Bornemisza 
 2008・11・8入手     
奏楽天使

 


 

 

ここからは NHK 迷宮美術館  で グレコを楽しく紹介していたので

その番組に沿ってご紹介します。

グレコは イタリアで ミケランジェロやティッツィアーノら ルネサンスの巨匠たちの芸術にふれ

その後、さらなる成功を求めて スペインに渡りました。

当時 スペインのカトリック教会は、偶像崇拝を禁止するプロテスタントに対抗して

芸術によって人々の信仰を高めようと 

ヨーロッパ中から 才能ある宗教画家を求めていました。

当時バチカンに次いで カトリック信仰の権威を誇っていた 古都 トレド。

そこで グレコは 人々の魂を揺さぶるような、たくさんの宗教画を描くことになるのです。

大きな野望を抱いてスペインにやってきたグレコに 最初のチャンスが訪れました。

国王(フェリペ2世) から直々に 祭壇画の依頼を受けたのです。

『聖マウリティウスの殉教』 1580−82年 

キリスト教に改宗した聖マウリティウスが 

再度 ローマの神々への改宗をせまられますが 拒否

一万一千人のキリスト教信者とともに殉教した場面を描くよう

国王から 依頼されたです。

(この絵は左上の天使が楽器をもっているのでウォンテッドカードになっています。 

いつの日か エル・エスコリアルに行って このカードを手に入れる日が やって来るのか?) 

しかしグレコは

 そのマウリティウスの殉教の場面は 背景にもっていき

前面に 改宗をせまられたマウリティウスと その仲間たちが 

ローマの神々を祭る儀式への参加を拒否する相談している場面を描きました。

その構図は 注文主の 国王フェリペ2世の満足を得られず  

『よく描かれているが 祈る気持ちが削がれる』 として 没になってしまいました。 

このことで 宮廷画家としてのグレコの夢は 打ち砕かれてしまいました。

失意のうちに 首都マドリッドから 再びトレドに戻ったグレコでしたが 

その独創的な画風と ギリシャ・ビザンチン芸術やイタリア芸術を吸収した 洗練された技法は

当時勢力を誇っていたトレドの 貴族や聖職者から たいへん高い評価を得ます。

  

↓ サント・トメ教会発注の 『オルガス伯爵の埋葬』 1586−88年 は

画面上下に二分した大胆な構図で、現実の世界と天上の世界を描き分け

写実的なリアルさと 幻想的なタッチを融合させた渾身の作品に仕上げました。

この絵はトレドで大絶賛を浴び 画家としてゆるぎない成功を収めたのでした。

 

 

5537       

5537    1.513A−TOLEDO  Santo Tome   Entierro del Conde de Orgaz (Greco)
Julio de la Cruz-Toledo   2008・11・9入手    
奏楽天使

 

 

 

グレコは歳を重ねるごとに長く体を引き伸ばす手法や、しなやかな指先の表現などで、

さらなる優美さを追求していきます。

 

晩年の傑作  『無原罪の御宿り』 1607-13年

 3931

3931 Museo de Santa Cruz.Toledo  Domenikos Theotokopoulos, El Greco
La Inmaculada Concepcion Ovalle, 1613    2005・11.29入手 
奏楽天使 

 

大胆に波打つ筆づかい、降り注ぐ光線、鮮やかな色彩

 らせん状にうねりながら地上から天上へと上昇していく、重力を感じさせない浮遊感のある動き

 

 

さて ここで問題です!

グレコは目に見えない魂を描きたいと

人物の輪郭を あるものの輪郭のように描いたのですが、

さてそのあるものとは 一体 何だったのでしょうか?

 

G.P.ロマッツォ 『絵画芸術論』 1584年 にはこう書かれている。

人物が最大の優美さと生命感をもちうるのは 動いていると見えることである。

画家たちはこれを人物の魂とよぶ。

この動きを表現するには、炎のゆらめき 以上にふさわしいフォルムはない。

 

ということで、正解は 炎 でしたぁ〜〜〜はい、正解者には カラーポイントを差し上げます!

(あ、 この番組はとっくに終了してしまいましたで、ご存じない方は スルーしちゃってくださいませ)

 

グレコは最後の集大成ともいえるこの絵に 彼の成功の地 トレド の風景を足元に描きこんでいる。

 

 

異邦人である自分を受け入れ、絵画表現の場を与えてくれた トレドを 

グレコはこよなく愛したのです。

1614年 73歳で死去。 

その墓標には

『クレタは 生と絵筆を 彼に授け

トレドは 彼の最上の祖国となり

死とともに永遠に生きはじめる』

と刻まれているそうです。

 

  7184

7184  エル・グレコ 無原罪のお宿り(部分) 1607-13年 347 x 174cm
サン・ニコラス教区聖堂(サンタ・クルス美術館寄託) トレド   2013・3・8入手 
奏楽天使

 

 

グレコの死後 

絵画の世界では ルーベンスに代表される豪華絢爛のバロックが もてはやされるようになり

神秘的精神性の高いグレコの作品は トレドの衰退とともに 300年ほど 忘れ去られます。

19世紀末から20世紀の初頭 ヨーロッパで旅行ブームが沸き起こり 

なかでも中世の都市が 大人気で

スペインで一日しかなかったら トレドに行け と言われるほど 

トレド人気に火がついたそうです。

それが ピカソやシューレアリズムの画家たちによる グレコの再発見 につながった

ということです。

 


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