各種記録


トップページ・・・経歴・・・著作目録・・・著作訂正・・・各種記録(目次)・・・(各ページに移る)

☆長谷川西涯『モノゴトを問うー自明性の探求―』について(2009.3.3)

 長谷川西涯とは東京水産大学(現、東京海洋大学)教授として哲学を講じていた長谷川晃氏のペンネームである。本書は同氏が亡くなられたあと(没年は2004年)、刊行されたものであり、長谷川西涯著作集(一)として位置づけられている。

 本書は序章及び第1章から第4章までの各章からなり、各章のタイトルは以下の通りである。

 序章 自明性という手掛かりについての予備的考察
 第1章 モノとコトの自明性―和辻哲郎と石垣健二の場合―
 第2章 「トシテ」考―フィヒテとハイディッガーの場合―
 第3章 明るさとしての暗さについてー事実性からコトへー
 第4章 自明性と証明―或いはモノとコトの世界における証明の機能についてー

 これにはじめに及び欧文レジメと年譜が付されている。これらの各章は『東京水産大学論集』30〜34に掲載された5つの論文が基礎になっている。まず、序章において問題が概観される。自明性の探求はワカルからデキルにいたる探求であり、得られるものは、可能性の内部に展開される何ものかであるとされる。そしてモノゴトはモノとコトに分けられ、それぞれに考察され、また総合されて考察される。コトは背景的全体性を、モノは部分的前景性を告げるという区分がそれぞれの機能の一つとして認められるという。こうした理解を前提に、これまでの哲学者や思想家の言説を例示しながら、考察が進められ、最後は証明することの意味が解明されるのである。

 このように記したからといって評者が本書を理解できたことにはならない。本書は多分哲学者以外の読者には難解であり、評者は残念ながら哲学に詳しくなく読解は困難である。そこで本書の真の価値は、専門家の判断に委ねなければならない。しかし、本書の内容は専門家のみを相手にしたものではない。事実を理解すること、その証明の仕方、考察が向くべき方向についての本書の指摘は、およそ研究を志す者すべてに有益である。ところで、哲学者でもない評者が本書を紹介し、推薦するのはいくつかの理由があるからである。

 第一に、本書はあまりにも知られなさすぎており、もっと世間に知られてよいのではないかと思われる。本書は2005年の刊行であるが、本稿執筆時点で、国会図書館のリストになく、Webcatにも掲載されていない。著者の勤務先であった東京海洋大学の図書館にもないのである。これは残念だというのが、紹介のきっかけである。なお、本書はISBN-905633-79-6 という書籍番号を持った著作である。本書の発行者は長谷川三千子氏で、著者の夫人である。同氏は埼玉大学教授である。また、印刷製本は関東図書出版株式会社である。本書のはじめには長谷川三千子氏の執筆になるものであり、ご子息が編集協力をされている。

 第二に、評者は著者と同じ大学に勤務し、9年間、同じ建物の同じフロアーに研究室を持っていた。本書のもとになった原稿が書かれていた時期の著者の行動を間近に見ており、本書が熟考の末に生まれた価値あるものと断言できる。これが本書を推薦するもう一つの理由である。

 白髪で立派な髭を蓄えた著者は、よく高い声でジョークを飛ばしていた。いかにも育ちがよい、文字通りの武士の末裔の研究者であった。著者と同じフロアーにいたころ、私は教養科の社会科学の教員であり、著者は人文科学の教員であった。当時、教養教育解体の風潮があり、頻繁に会議が開かれており、よく同席したが、著者の沈着な態度には学ぶべきものが多かった。本書が多くの読者の目に触れられる条件が整えられることを心から願っている。