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95.入替戦・第2試合

応援団の期待を背負って

6月6日、中央1部復帰をひと目見ようと、多くの観客が神宮球場を訪れた。
僕らは1部の味をまだ知らない。しかし駆けつけたOB、ファン、そして相対する専修大学の関係者でさえ、中央の黄金時代を知っている
2部でくすぶる苦悩の日々に決別して、必ず1部に上がってみせると、意気込んで試合に臨む中央ナイン。
3塁側に陣取った応援団も、期待と緊張の眼差しを選手に送っていた。
天気は前日に続く快晴。梅雨入り報道はどこ吹く風、天でさえその瞬間を待ちわびているというのか。
まもなく審判団から整列の号令がかかり、入替戦第2ラウンドのゴングが高らかに鳴った。

試合は専修大学ペース

先攻は3塁側、中央大学。
専修大学のピッチャーはサウスポー、やや技巧派の上間。球威がない分、いつでも打てるという錯覚を起こしやすい。
頭の中ではわかっていたが、1部復帰への想いが空回りしたのか、のらりくらりと的を絞らせない配球と、時折見せる低めの変化球を振らされ、まんまと術中にはまってしまった。
序盤に1点を先制され、さらに焦りが目立つ。
毎回のように組んだ円陣も、上間を調子づかせてしまってあとでは手遅れだった。
唯一のチャンスは中盤。先頭打者として迎える僕の第2打席からだった。
アウトコースの直球を引きつけてレフト前ヒットで出塁すると、続く石垣は自らも生きる絶妙のバント。
この試合、最大のチャンスが訪れたのだ。
しかし、2番・渡辺はスリーバント失敗でランナーを進めることができず、嫌な空気が漂い始める。
1死1、2塁。バッターは慎之助。僕はセカンドキャンバス上で状況を確認した。
「塁は詰まってる。慎之助やからゲッツーがあり得る。ゲッツーでつぶしてしまうと勝機はゼロや。こんなチャンスは2度と来えへん。動くなら今や。普通にやったら今日は勝たれへん」
意を決した僕は、ノーサインでスタートを切った――。

意表をつく重盗でチャンスメーク

ここは、絶対にセーフになるという条件でないと走ってはいけない場面。
1点ビハインドで、なおかつ2度と訪れないかもしれない千載一遇のチャンスだ。
盗塁が失敗したケースを考えただけでもゾッとする。
しかし、ギャンブルでもしなければ牙城を崩すことができないと判断した僕は、思い切ってスチールしたのだ。
ランナーの僕からしてみれば、右投手より左投手の方がスタートしやすい。2塁から3塁へ走るときに視界に入らないからである。
逆にバッターは、右打者の方がいい。なぜならキャッチャーが3塁へ送球する際、そこに立っているだけで障害になるからだ。
バッターが左、しかも強打者の慎之助ということで、ここは当然サインはない。走ってこないであろうと考えるのが普通である。
僕はこうしたバッテリーの心中を逆手に取ったのだ。
モーションを盗み、懸命に走った。セーフになる確信はあった。
3塁へヘッドスライディング。見事に三盗が成功し、1塁ランナーも2塁へ。
バント失敗の落ち込んだ局面から一転、鮮やかなダブルスチールが完成した。

簡単に諦めてたまるか

せっかく成功したダブルスチールだが、慎之助がフォアボールで歩かされると、後続が倒れ、結局無得点に終わった。
試合はこのまま力投の1年生左腕・古岡を援護することができず、1対0の惜敗を喫した。
あっという間の出来事だった。
力なくダッグアウトを引き上げるナイン。
1部の壁の高さを痛感するとともに、2年前の悔しさが脳裏をよぎる。
これが宿命なのか……」
弱気な気持ちが見え隠れする中、僕らはバスへ乗り込んだ。
そのとき、場の雰囲気を払拭するように、ひとりの男が声を張り上げた。
「明日勝ちゃいいんだよ」
その男は僕の隣にいた――慎之助である。
   
慎之助にとっても1部にかける想いは、相当強かったに違いない。
なぜなら、彼が翌年のシドニーオリンピックの強化選手に選ばれていたからだ。
名立たる東都や六大学の選手や、社会人野球のスペシャリストと合同合宿を行う中で、ただひとり2部から参加している彼は、さぞかし肩身の狭い思いをしていただろう。
「なんでオマエが2部なんや」
「もっと高いレベルでオマエを見たいのに」
こう言われているのが手に取るように想像できる。
主力の4年生が引退したら、慎之助の代で1部に昇格できるだけのチーム力があるかどうかはクエスチョンだ。
「戦力が整っている今シーズンこそ、最大のチャンス。今、上がらなければいつ上がるんだ」
きっとこのように思っていたはずである。
   
「慎之助の言う通りや。そんな弱気でどないすんねん。簡単に諦めてたまるか
僕らの目に生気がよみがえってきた。
寮に戻った僕は、試合の疲れなど気にならずに、練習着に着替えてグラウンドへ向かった。
チャンスで打てなかった久保、入替戦でいまだノーヒットの渡辺を相手に、バッティングピッチャーをかって出たのだ。
「絶対に悔いだけは残してはいけない。想いをひとつにしなければ勝利することはあり得ない。リーグ戦も全員一丸となって戦ってきたではないか」
清水監督もグラウンドに足を運び、その様子を見守る。
「俺らにとって1部復帰は悲願や。やるだけのことはやっときたい。みんなで必ず1部へ行こうぜ」
日が暮れるまでフリーバッティングは続き、僕は黙々と投げ続けた。

96章につづく

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