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91.劇的な国士舘大戦

タイム2回でエースが降板

第2節の国士舘大学戦。中央大学の1勝1分けで迎えた第3戦――。
中央大学の先発は主戦の花田。エースを立てて必勝態勢で試合に臨んだ。
試合は序盤から中央ペースで試合が進み、8回が終わった時点で4対2とリードしていた。
ドラマが起きたのは9回だった。
9回表の国士舘の攻撃。1番・田中にフォアボールあたえたところで清水監督がマウンドに足を運んだ。
「点差は2点ある。アウトを1つずつ取っていけば問題ない。しまっていこうぜ」
状況を確認して、守備位置に戻った。
だが、次の打者がつないでピンチが広がると、監督がたまらず2回目のタイムをかけた。
今度は慎之助に何かを伝えるべく歩み寄ったそのとき、事件は起きてしまった。
1イニングの中で監督がタイムをかけられるのは1回だけ。次のタイムはピッチャーを代えなければならないのがルールだった。
のちに監督は「俺の責任」だと言って謝っていたが、花田を続投させると決めていただけに、あり得ないミスに選手たちにも動揺が走った。
やむなくピッチャーを代えざるをえない状況で、白羽の矢が立ったのは2年生の橋本(現ヤクルト)。
しかし、浮き足立ったままマウンドに上がったところで、国士舘の勢いは止められるはずもない。
橋本投じたその初球、乾いた音とともに描かれた放物線は、無情にもレフトスタンドへと消えていったのである。
まさかの逆転スリーランホームラン……。
5対4と試合をひっくり返されてしまった。

判定でチャンスが一転

その裏の中央の攻撃。
先頭バッターが出ると、足の速い平田が代走に送られた。
打順は1番に戻り、願ってもない同点のチャンスになった。
ここで1番・石垣が放った打球は右中間を深々と破った。
「よっしゃ!」
無死2・3塁、いや、1点入って無死2塁――。
誰もがそのような形を想像した。
ところが、3塁ベースを大きく回ったところで平田が躊躇して止まってしまい、三本間に挟まれてしまったのだ。
石垣はそれを見て3塁まで進み、平田は3塁ベースまで追い込まれ、「だんご」になって打者走者はアウト。1死3塁になった――。
しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。
なんと審判が前の走者、すなわち平田に対してアウトを宣告したのだ。
野球のルールでは、ランナーがベース上で重なった場合、前のランナーが残り、後ろのランナーがアウトになることになっている。
審判の知識不足以外のなにものでもないが、アウトを告げられた平田は当然のようにベンチに戻ろうとした。
その瞬間、離塁した平田に国士舘の守備陣がタッチをしてアウトをアピールしたのだ。
たちまち試合は止められ、審判団が集まった。
国士舘の守りとしては間違っていない。ルールにのっとったことをやったまでだ。
こちらの言い分としては、アウトをコールされたから塁を離れただけで、そのジャッジの仕方に問題があるのではないかということだ。
協議の結果、あろうことか双方アウトの判定が下された。
これには清水監督も納得しない。
けれども、一度ジャッジされたことが覆るのは前代未聞だ。
国士舘のベンチはお祭り騒ぎと化していた。
結局抗議は認められず、逆転サヨナラのチャンスから一転、無死ランナーなしで試合が再開された。

土壇場で同点に追いついた

中央ベンチの落胆ぶりは、誰の目から見てもわかるぐらいに静まり返っていた。
絶体絶命の状況で、2番・キャプテンの渡辺がフォアボールを選び、なんとか首の皮一枚つながった。
ここでバッターは慎之助
ベンチは重たい雰囲気には変わりないが、期待せずにはいられない。
――カーン!
芯を捕らえた打球はライトへ飛んだ。
ちょうど落ちるか落ちないかの難しい打球を、ライトが後逸。ボールは転々とフェンスにまで達し、その間に1塁ランナーがホームイン。
土壇場で遂に同点に追いついたのだ。
「しゃー!」
奇声のような雄たけびを上げる中央ベンチ。
誰もが両手の拳を力強く握りしめ、何度もガッツポーズを繰り返していた。
続く久保はあえなく三振に倒れたが、気持ちの上ではもう負ける気はしなかった。
消えかけた希望の火が、再び灯ったからである。

2年生が殊勲のサヨナラ本塁打

延長10回表を0に抑え、その裏の攻撃。
勝利の女神は、劇的なラストシーンを用意していた。
ランナー1人をおいて、迎えるバッターは、前の試合でリーグ戦デビューを果たした2年生の藤原
その初打席でツーベースヒットを放ち、この試合のスタメンに大抜擢されていたのである。
「なんとしてもつないでくれ。つないでみんなで1点を取ろう」
そう心をひとつにするナイン。
固唾を飲んで見守っていたそのとき、快音を残した打球がセンター方向へ上がった。
「行け、行け、行けぇぇ!」
――時が止まった。何も聞こえなかった。心臓の鼓動だけが伝わってくる。
ボールがスタンドで弾むのを、まるでスローモーションを見ているかのように、はっきりと目で確認した。
「うおぉぉぉぉ!」
一瞬の静寂から、球場全体は大歓声に包まれた。
バックスクリーンへ飛び込むサヨナラツーランホームラン
みんな一斉にベンチを飛び出した。
波乱の試合に終止符を打ち、悠々とベースを回っている藤原の姿の、なんと眩しいこと。
ホームベース上では殊勲の2年生に手荒い祝福が待っていた。その歓喜の輪は、しばらく解けることはなかった。

試合に勝って泣く喜び

試合終了――。
整列を終えても尚、興奮は冷めない。
この1勝の意味は、とてつもなく大きい。
どんな修羅場でも乗り越えられる自信がついたのはもちろんのこと、第2節そのものの流れが、国士舘大学に傾きかけていたのを、力ずくでこちらに引き戻したのだ。
ベンチ裏でのミーティングで、清水監督が自らのミスを選手に詫びるシーンがあった。
むろん僕らは気にしていない。
起きてしまったことは、すべてドラマの伏線にすぎなかったのだ。
宮井総監督も祝福の言葉を伝えに駆けつけた。
「オマエら、こんなどうしようもない負けゲームをよく勝ったよ。少し俺も感動した……」
オヤジが言葉を詰まらせたそのとき、誰かが言った。
「行こうぜ、1部に」
このひと言で、みんなのボルテージが一気に上がった
「そうだ、1部だ。1部に行こう!」
「絶対行くしかない!」
「俺らが上げるぞ!」
   
――あのオヤジが泣いた。
僕らもため込んでいたものが吹き出してきて、気づいたらもらい泣きをしていた。
勝って泣くのは、いつ以来だろう。
まさか大学に来てまで、このような想いをするとは考えてもみなかった。
ここまで熱い気持ちにさせられたのは久しぶりだ。
僕はなんて幸せ者なのだろう。
中央大学で、そしてこのメンバーでやれる喜びを、強く噛みしめたのであった。

92章につづく

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