早朝練習の日。
アップとキャッチボールを済ませ、ノックに入った。
1、2塁間のゴロを懸命に追ってワンハンドキャッチ。反転して1塁へ送球しようとしたとき、それは起こった……。
――グキッ!
僕はその場にうずくまった。
右足からは激痛が伝わってくる。自分で立ち上がれない。
それに気づいたら、脂汗が出てきた。
振り向きざまに投げようとしたときに、右足を捻ってしまったのだ。
学生コーチに担がれ、ベンチに腰を下ろした。足はみるみるうちに腫れ上がっていく。
それは、誰の目から見ても、ただ事ではないとわかるほどだった。
患部にアイシングをして、すぐさま病院に向かった。
幸い骨に異常はなかったが、重度の捻挫と診断され、ドクターの口から「全治1カ月」と通告された。
足首をギブスで固定して、松葉杖生活を余儀なくされたのである。
「言わんこっちゃない、なんでこんな時間に練習せなあかんかったんや」
怒りの言葉が監督に届きそうなほど、僕は声を荒げた。
確かに僕の不注意なのかもしれないし、準備運動不足だったのかもしれない。
ただ、こんな朝早くから普段にも増して激しい練習をするのは、どう考えても腑に落ちなかった。
あと1カ月も経つと、リーグ戦が始まってしまう。このままでは、つかみかけたレギュラーどころか、メンバー入りさえ危ない。
僕は絶望の淵に落とされた気分だった。
翌日、僕は名古屋行きを決断した。
PLにもちょくちょく来られていた有名な先生がいるからだ。
「ギブスで固定するのは、筋肉が落ちてしまうから、なるべくしない方がいい」
そのようなことを、先生から聞いたことがあった。
プロ野球選手のみならず、数多くのアスリートの体をケアする「神の手」の持ち主だ。
情報をかき集めると、先生を知っているみんなが、このように口をそろえる。
「捻挫なんか一発で治るで」
タイミングよくチームの浜松遠征と重なり、その期間を利用して、藁にもすがる思いで名古屋へ向かった。
「せっかく名古屋まで行くんやったら、そのまま大阪まで足を延ばしてゆっくりしてこいよ」
マネージャーや、4年生にも気をつかっていただいた。
ついでに大阪へ帰れと言うやさしさが、傷心して落ち込んでいる僕には身にしみて有り難かった。
「それでは遠慮なく帰らせていただきます」
迷うことなく、僕はそう答えた。
新幹線、地下鉄、タクシーを乗り継いで、先生のもとに到着した。
「お久しぶりです。覚えていらっしゃいますか?」
「おう、遠いのによく来たな。早速、ギブスを外してやるよ」
この先生のひと言で、笑顔で帰ることができると確信した。
――ウワサはホンマやったんや。この先生なら、きっと治していただける!
ギブスを取ると、先生は患部に手を当てた。
「結構捻っただろ」
「は、はい……」
「一瞬だけ痛いから我慢しろ」
「??……」
―――グキッ!?
「よっしゃ、これでよし。歩いてみろ」
少しだけ痛みは走ったが、果たして治っているのか自覚がなかった。
とりあえず言う通りにすると、痛みは消え、真っ直ぐに歩けるではないか。
僕は何が起こったのか、全く理解できなかった。
「ジャンプしてみろ」
「は、はい……」
さすがにジャンプは怖かった。しかし、恐る恐る飛んでみると、普通にできた。
「あ、あ、あ、ありがとうございます!」
「ハッハッハ、まだ少し痛みが残るだろうから無理するなよ」
ほんの10分くらいの出来事だった。
しかも、痛みがひいたら練習をしてもいいと言うのだ。
さっきまで松葉杖をついていた男が、悠然と2足歩行で帰る――。
信じられない体験をさせていただいた。
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