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8.八尾フレンド卒部までの一年

打倒ジュニアホークス

中学2年生の冬が過ぎた。相変わらず厳しい練習だった。
自分たちがどれほど成長したのか気になるところである。3月には春の選手権も始まる。
オープン戦が何試合か組まれたが、対戦したあるチームに度肝を抜かれた。
ジュニアホークスという大阪阪南支部のチームだ。
選手がとにかくでかい。特にバッテリーは、群を抜いて大きかった。
2人とも上宮高校への進学が決まっているらしい。
キャッチャーは現ソフトバンクホークスの的場直樹。肩が異様に強かった。
試合も、こてんぱんにやられた。
間違いなく、この年代の最強チームだろう。
目標は打倒ジュニアホークスになった。

春の選手権はまさかの予選敗退

迎えた春の予選、準決勝まで勝ち進んだが、伏兵に足元をすくわれた
同じ地区のチームに、1安打完封という屈辱的な負けを喫したのだ。
慢心していたのか、頭をハンマーで叩かれたような心境だった。
先のことばかり気にして、目の前の敵を見ていなかった
全国大会には最初から行けるものだと勘違いしていた。
全国大会に行きたいと思っているのは、他のチームも同じ。みんな必死になって戦う。
なのに、僕らはがっぷり四つに組まないで、小手先だけで野球をしていた。それを痛切に気付かされた。
「夏こそは必ず全国だ」
同じ失敗は二度としないと強く思った。
日本一になったのはやはりジュニアホークスだった。

八尾フレンド最後の夏

予選敗退のあとの練習は、厳しさが増した。
より細かいことにチャレンジし、プレー全体の精度を上げた。
そして最も大切なことは、チームが目標に向かって気持ちをひとつにすることである。それだけは、いつも忘れなかった。
夏の予選までの間、ローカル大会3連続優勝を含め、試合では一度も負けなかった。
そして、万全の態勢で夏の選手権の予選に挑み、見事代表の切符を手にしたのだった。実に3季ぶりの全国大会だった。
開会式、何とも言えない違和感がある。
入場行進が終わる頃、それに気付いた。
ジュニアホークスがいない!
改めて大阪のレベルの高さを知らされた。
全国制覇に向かって勝ち進んだ僕らだったが、準決勝で大淀というチームに敗れた。のちに上宮高校を経て読売ジャイアンツに入団した大場豊千というピッチャーが投げていた。
すごい選手はゴロゴロしている。
こうして全てをかけた僕らの夏が終わった。
残りのローカル大会は全て優勝したが、全国のタイトルを取れないまま引退を迎えることになった。

八尾フレンドの戦友たち

八尾フレンド入部から7年、最後は悔しい想いをしたが、素晴らしい仲間に出会えたことが何よりの財産だった。
一緒にやってきた仲間をここで紹介したい。

同じ時代に同じチームで野球ができたことを誇りに思います。本当にありがとう。
そして八尾フレンドのスタッフの方々。 本当にお世話になりました。ありがとうございました。

9章につづく

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