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56.PL野球部の引退

甲子園がくれた宝物

全国優勝を目標に掲げてきた僕らは、ベスト8で涙を飲んだ。
目指していたものが大きければ、達成できなかったときの悔しさも大きい。
なかなか現実を飲み込めないまま、甲子園に別れを告げるときが近づいていた……。
   
「僕の最後の夏は終わった。この甲子園が僕に教えてくれたものは何だったのか――」
そう自問自答してみる。
間違いなく言えることは、「夢の大切さ」である。
幼い頃から夢見た甲子園――。
   
甲子園は期待を裏切らなかった
甲子園を目指すだけの価値は十分にあった
甲子園があるからここまでがんばれた
甲子園に何度も助けられた
甲子園は試練をあたえてくれた。
甲子園は不思議な力を僕にくれた。
甲子園は諦めないことを教えてくれた。
甲子園を通じてたくさんの方に出会えた
甲子園でいっぱいの方々に応援してもらった
   
甲子園は、ひとりの野球人生なんて簡単に変えてしまうほどの魔力を秘めている。そして、ときには、その周りの人間でさえも巻き込んでいく。
甲子園が教えてくれたことは何かの究極をいえば、それは「世界平和」なのかもしれない。
甲子園が存在することで、家族の大切さや、チームの友情が生まれる。
甲子園に出られなかった球児たちも、同じ夢を追いかけた仲間だ。
後輩や、ひいては自分たちの子孫にその夢を託していく永遠のリレーなのである。
世界中で絶えない戦争も、甲子園のように夢中にさせてくれるものがあれば、なくなるのではないかと本気で思うことがある。
実際、甲子園には「夢」と「希望」が満ち溢れていた
それくらい、甲子園の存在する意義は大きいのだ。
   
僕らはバスに乗り込んだ。
もはや涙は涸れ果てていた。
「よくここまでがんばってきた――」
そう言葉を掛けあい、みんなで健闘を称えあった。
ようやく笑顔も戻り、心地のいい疲れが僕らを包み込んだ。
第4試合の、敦賀気比と旭川実業の試合の歓声が耳に届いてきた。
僕は車窓から甲子園の外観を見上げ、最後にこう言った。
夢をありがとう……」

感謝の気持ちを伝えた最後の夜

眠りから目が覚めた――。
バスの中で、随分長い間眠っていたようだ。
「ドゥ・スポーツ・ホテル」に着いた僕らを、ファンや従業員の方々が温かい拍手で迎えてくれた。中には涙を浮かべている人も見受けられた。
熱い夏が終わったのは僕らだけではない。ホテルの方々も、ファンの方々も、想いはみんな同じなんだと気づかされた。
自分たちの知らないところで、たくさんの方々の応援をもらっていたのだと、あらためて実感した。
最後の夜、選手それぞれが感想を述べた。
誰もが異口同音に感謝の気持ちを伝えていた。
「このメンバーで戦ってこられたことを誇りに思う……」
僕らにとって、思いあたる最適な言葉は感謝以外に見あたらなかった。

野球部を引退して夏休みへ

結局、第4試合は敦賀気比が旭川実業を3対2で下し、ベスト4が出そろった。
大会14日目は、第1試合で星稜と智辯学園が、第2試合で帝京と敦賀気比がそれぞれ対戦することになった。
8月20日、「ドゥ・スポーツ・ホテル」で迎える最後の朝――。
そこには、悔しさがすっかりと消え、落ち着いた表情を見せるPLナインの姿があった。
待ちぶせたファンに見送られて、バスは一路「研志寮」へ。
グラウンドでは、すでに新チーム練習が始まっていた。
後輩たちの春は、すでに始まっているのだと実感した。
「思い出すよなぁ。1年前は緊張と不安の毎日やったなぁ」
寮で現役最後の挨拶を交わした。
今日で3年生は引退し、31日までの夏休みに入るからだ。
後輩たちに甲子園の素晴らしさを伝え、僕らの果たせなかった全国制覇を託し、実家への帰路についた。
昨日は不甲斐なくて悔しい思いはしたとはいえ、今回は胸を張って家に帰ってもいいだろう。
冬に帰ったときは、レギュラーでさえ約束されていなかった不安定な状態だったのだ。
この8ヵ月で状況は一変した。
正レギュラーとして春・夏ともに甲子園に出場し、通算成績は17打数6安打打率.353という成績を残した。
数ある大記録の中ではちっぽけなものかもしれないが、僕の中では充分に満足していた。

57章につづく

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