9回表、先頭の僕のところで代打・河村が告げられた。
「俺の分まで打ってくれ。なんとか出塁してくれ、頼む……」
もはやベンチに引っ込んだ以上、チームメートに活躍を託すしかない。
その河村が、期待に応えてサードに内野安打を放ち、反撃の狼煙を上げた。
「よっしゃ!」
このあと打順はクリーンナップへと続く。
残っている気力を振り絞り、ベンチもひとつになって声援を送った。
続く途中出場の3番・辻田(東洋大中退→元中日)はショートゴロに打ち取られるが、ベンチの気鋭はまだまだ沈まない。
そう、この男がいるではないか――。
「4番 ショート 福留君」
ウグイス嬢の声もかき消してしまうほどの大歓声が、甲子園球場に沸き起こった。
誰もが声をからして、福留に想いを託した。
「まだ終わらんぞ!」
「孝介、放り込め!」
「『逆転のPL』見せたれ!」
あの男なら必ず打ってくれると、PLナイン全員が信じていた。
そして――。
数分後、甲子園に流れていたのは智辯学園の校歌だった。
PLナインは1塁ベンチ前で、人目もはばからず号泣していた。
届かなかった深紅の大優勝旗――。
僕らの熱い夏の終わりを告げるスコアボードの8対6が、こぼれる涙でぼやけていく。
「負けたんや……」
期待の福留はショートゴロ併殺打に打ち取られ、最後のバッターになった。
一瞬の出来事だった。
激闘むなしく、僕らの夏は終戦を迎えた。
1塁側アルプスに最後の一礼をした。
割れんばかりの拍手と声援が、僕らの耳にも届いていた。
しかし、敗軍の将が、まともにスタンドなど見られるはずもない。
伏し目がちに走っていると、徐々に悔しさが溢れてきた。
みんな目を真っ赤にしながらベンチに引き上げ、甲子園にも最後の一礼をした。
「ありがとうございました」
ベンチ裏で荷物を置いたとき、今まで溜め込んでいたものが一気に噴き出した。
「終わったんや……うぅぅ……」
僕のうめき声が辺りを支配する。
涙が涸れるまで泣いた。
「できることなら、時間を戻してほしい……」
初回のエラーが頭から消えない。
最後の最後に悔いを残してしまった。力を出せないままに夏が終わってしまった。
甲子園の土を持って帰ることさえ失念していた。それほど、心ここにあらずという状態だった。
記者の方にも取材を受けたが、どう答えたか覚えていない。悔しさだけが胸に去来していた。
みんなも人目をはばからず泣き入っていた。
「中村監督を決勝まで連れていってあげられなかった……」
茫然自失の状態で、脳裏にフラッシュバックしてきたのは、この3年間PL野球部で歩んできた道程だった。
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