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51.3回戦・逆転への序曲

技ありの一打でチャンスメーク

日大藤沢の左腕投手・神崎が投球モーションに入った。
「真っすぐか、それともスクリューか……」
タイミングを取りながら、足を上げてバットを振りにいったその瞬間、頭の中が真っ白になった。
スライダー!?
まさかの球種に、1度振り出したバットは止まらない。
ボールは容赦なく左打者の外側へと逃げていく――。
「あかん、届かへん」
僕は咄嗟に左手を放した
「当たれっ!!」
ボールの当たった感触が右手に走った。
――カキン!
一瞬の静寂のあと、歓声が上がった。
打球は、水面を小石が跳ねるように、三遊間を真っ二つに破っていった。
それを見た瞬間、僕は右の拳を振り下ろし、雄叫びを上げた。
「よっしゃあ!」
チャンスを広げるレフト前ヒットで、バントの失敗を帳消しにするどころか、1死満塁のチャンスを作れた。
甲子園が打たせてくれたのか、観客にのせられたのか、それともみんなのつなぐ気持ちが打球に乗り移ったのか、練習でもできなかったバッティングがこの場面でできたのだ。
僕は興奮を抑え切れずにいた。

気迫が呼び込んだ押し出しで同点

続くバッターは3番・福田
「頼む、つないでくれ」
普段は消極的な男が、ファーストストライクからどんどん打ちにいっている。
福田にもみんなの気持ちが乗り移っているようだ。
ピッチャーにとっては、初球からフルスイングで振ってこられると嫌だろう。
甘いコースに投げられない状況が、神崎の手元を狂わせていた。
「フォアボール!」
打つ気のない狙いにいったフォアボールではなく、まさに気持ちで奪い取ったフォアボールだ。
押し出しで同点。尚も満塁で、勝ち越しのチャンス。
日大藤沢に伝令が走り、内野陣が集まった。
逆に、今度は3塁側アルプスがお祭り状態と化していた。

4番・福留がこなした最低限の仕事

日大藤沢の円陣が解け、場内アナウンスが流れた。
4番 ショート 福留君
場内は割れんばかりの拍手と歓声だ。
野球の神様に祝福された星の下に生まれたとは、こういう男のことをいうのか。
日大藤沢の応援席を除く大多数の高校野球ファンが、この場面を待ち望んでいたに違いない。
一番いい場面で、一番いい打者に打順が巡ってきた。
僕も、いつもの「特等席」のセカンドキャンバス上から声援を送る。
「絶対、俺をホームに還してくれ!」
福留もかなり力が入っている様子だ。甲子園球場全体に緊張が走る。
――ギン!
鈍い音がした。
当たりはどん詰まりのセカンドゴロ。二塁手の塩島が捕球して1塁走者の福田にタッチ、すかさずファーストへ送球するも、いち早く福留がキャンバスを駆け抜けた。
ダブルプレー崩れの間に、3塁ランナーを迎え入れ勝ち越しに成功。
納得していないのか、福留は1塁上で首をかしげながら苦笑いを浮かべていた。
「形はどうであれ、逆転したのだからよしとしてやろう」
アイコンタクトとジェスチャーで、そんな意味のメッセージを1塁の福留に送った。
思いが伝わったのか、彼は照れくさそうに舌を出して返答してきた。
2死にはなったが、まだまだ1、3塁とPLのチャンスは続いていた。

52章につづく

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