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39.4番バッターの存在感

重苦しい雰囲気を一掃した快打

5回裏のPL――。
2番の僕から始まる好打順も、すでに2アウト。
「このままいったら、マジでヤバいで……」
過去2年間の決勝戦で、先輩方が苦杯を味わったシーンが脳裏をよぎった。
しかし、そんな息詰まる雰囲気を、一振りで払拭してしまう一打が飛び出した。
   
――カキン!
初球だった。見慣れない打球が左中間方向へ飛んだ。
センターの神垣が背走、打球はなおもグングンと伸びていった。
「まさか……!」
ベンチの誰もが、身を乗り出して打球の行方を目で追っていた。
追いかける神垣の足が、力なく止まった。もう、そこにはフェンスしかない。
その刹那、打球が左中間スタンドでポーンと跳ねた。
一瞬静まりかえる日生球場。そして次の瞬間、「うぉぉぉぉ!」という地鳴りのような大歓声が沸き上がった。
   
一瞬の静寂割れんばかりの大歓声を引き起こしたその男は、悠々とダイヤモンドを回っている。
この大事な場面で、スタンドに放り込むとは恐れ入った。心底、同じチームでよかったと実感した。
これぞ4番。一撃で相手を黙らせた。
勝ち越しホームランを放ったこの男こそ、福留孝介である。
なんと大阪大会7本目のホームランで、自身の持つ大会記録をさらに更新した貴重な一打だった。

ベンチの心が通いあった瞬間

これで、スコアは5対4
「よっしゃー!」
ベンチは総立ちのお祭り騒ぎ。両手を天に突き上げて、福留を迎え入れた。
僕らにとって、この1点がもたらす勇気は計り知れないものだった。
「絶対甲子園いこうぜ……」
渡辺が、僕の真横でこうつぶやいた。彼の表情は、すでに崩れかかっている。もらい涙で、思わず僕の涙腺も緩くなっていった。
「おう、いこうぜ。……甲子園」
お互い気恥ずかしくて口に出せなかったことが、今なら臆面もなく言えた
僕だけではない。みんなも甲子園に対する想いは大きい。他の選手も甲子園への想いのたけを述べはじめた。
「そうや、絶対行くぞ!」
「まだまだ点取るぞ!」
「先輩たちの分までがんばるぞ!」
初めて見る光景だった。チームが心の底からひとつになった瞬間だった。

6回裏に打ったタイムリーヒット

6回表の市岡の攻撃を0点に抑えたその裏――。
PLは、1死から8番・前田がヒットで出塁した。
ここで中村監督がとった作戦は送りバント。打順がトップに回るこの場面、次の1点をとることの重要性を暗に物語っている采配だ。
9番・早川が犠牲バントできっちりランナーを送り、2死2塁のかたちを作った。
打席には、当たっている1番・渡辺。カーブをとらえた打球は、レフト前で弾んだ。前田が懸命の走りでホームイン。
バックホームの間に、渡辺も2塁へと好走塁。6対4とリードを広げる見事なタイムリーヒットである。
中村采配がズバリ的中し、尚も2死2塁のチャンスだ。
ここで、2番の僕に打席が巡ってきた
「ここで打ったら、試合を決められる。よし、俺が決めたる!」
ここまでの3打席は、いずれも凡打に終わっていただけに、僕は燃えていた。
サインは何もない。打つしかない場面だ。
ツーボールからの3球目、やや甘く入ったストレートを弾き返した。打球はショートの左を抜けてセンターにまで達した。
渡辺がホームを踏み7点目。貴重な追加点をあげるタイムリーヒットとなった。
「よっしゃあ!」
1塁ベース上で、小さく拳を握り締めた。試合で初めて作ったガッツポーズ。それほど感情が高ぶっていた。
相手に引導を渡すという点で、この1点の価値は大きい。決定的な一打といえよう。
結局この回は2点を追加し、3点リードで終盤を迎えることとなった。

40章につづく

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