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15.PLの強さを支えた指導法

内野手の捕球&スローイング指導

中村監督の人柄は、非常に気さくだ。
数多くのプロ野球選手を輩出しているので、僕のような凡人は相手にしないだろうと思っていたが、実によく指導してくださった。付きっきりでの指導も、しばしばだった。
現役時代は内野手。そのため、捕球の仕方やスローイングにも確立した独自の指導法を持っておられ、その説明も非常にわかりやすかった。
何点かここで紹介しよう。
まずは、捕球の仕方。グローブのポケットで捕るのではなく、手のひらでいうと、ちょうど薬指と小指の下辺りで捕球すると指導された。
ポケットで捕ろうとすると、どうしてもグローブで握りにいってしまう。では、なぜ握る動作がいけないのか。
握るという作業は、腕や肩に力が入り、それだけ自由が利かなくなる。イレギュラーしたときに対応できなくなるほか、右手にボールを持ちかえる動きを鈍くしてしまう。
回転するボールをグローブで止めることが捕球である。その際、ある程度の「遊び」部分があれば、どんな球にも反応することができるし、捕球してからの動きもスムーズになるというわけだ。
スローイングに関しては、回転よく相手に捕りやすいボールを投げることを、しきり言っておられた。
腕を振るのではなく、投げる方向に腕を伸ばすようなイメージでスローイングするとスーッと息の長いボールが行く。方向もしっかりするので、より正確なスローイングができるようになるという寸法である。
小さい頃から捕球するときの形や、「キャッチボールでは相手の胸に投げなさい」ということは、さんざん教わってきたが、中村監督は具体的にどうすればそうなるか、身をもって示してくださった。

人を育てる中村監督の指導法

次に、動きの主体は全て下半身にあるという中村監督の教えを紹介したい。
ここである質問をしてみよう。
「足と手の力の割合は、何対何でどちらが強いか?」
実は、同じ質問を僕らもされた。
足の方が強いのはなんとなくわかる。けれども、割合といわれたら、様々な答えが思い浮かぶだろう。
その質問の正解は、こうである。
9対1以上で足が強い
はたして人間は手で何km、いや何m歩けるだろうか。手でスクワットが何回できるだろうか。
想像していただければ、答えは明白だ。それだけ下半身の力は大きい。これを使わなければ損になる。
小手先だけでプレーをしてもいい結果は生まれない。また、そういうプレーをするとひどく叱られた。
あとは、体の姿勢や使い方も教わった。
猫背になると力は出ない。お尻を上に突き出せば、背筋が伸びる。
人の体は骨があって、その周りに筋肉がついている。体の中心を通っているのが背骨であり、背骨は体の後ろ側にある。
背骨だけでなく、首やお尻の骨もそうだ。それぞれには頚椎があり、神経が通っている。
体の前側を鍛えただけではバランスが悪くなり、十分な力は発揮できない。背中やお尻の筋肉も同じように鍛えることによって、力が伝わる条件が揃う。
そのためには普段から姿勢を意識し、その最適な方法がお尻を上に突き出すことなのである。
そのようなことを、徹底的に叩き込まれた。
また、中村監督は気さくな反面、野球に対する取り組み方や生活態度には人一倍厳しい方で、人の内面もしっかりと見ておられた。
いくら野球がうまくても、内面を伴っていなかったり、生活態度が悪かったりすれば、試合には出してもらえない。
このように、人間形成においても力を注がれていた。昨今、多くの卒業生が、プロ野球のみならず、大学野球やアマチュア野球、ひいては社会において活躍できているのも、こういった指導が核になっているに違いない。

名ノッカーがPLの守備を育てた

当時コーチの河野先生は、物静かな方だった。
直接的な指導は中村監督がしていたので、あまり表立った動きはされていなかったが、昔は相当熱血な方だったと聞いている。
僕らのときは、おもにノックのスペシャリストとして活躍されていた。
ノックに関してはかなりの腕前で、必ず狙ったところに打つことができる程の実力だった。
捕れるか捕れないかぐらいのところに打ったり、ベースに当てたり、スライスやドライブボールも自在に操った。更に、力を入れて打たないので、永遠と打ち続けられたのである。
いいノッカーのいるところに、いい守備力あり
PLの守備力の高さは、名伯楽の存在という裏付けがあったのだ。

コーチの付き人でよかった

同じく当時コーチだった清水さんは、1984年キャプテンとして甲子園に出場され、春夏ともに準優勝という素晴らしい経歴を持っておられる。
桑田さん、清原さんの1学年先輩にあたり、当時のお話もよくしていただいた。
バリバリな熱血漢で、全身全霊で指導にあたってくださった。
とにかく厳しい方で、中途半端を許さない。フルパワーでぶつかっていかないと、容赦なく叱られる。圧倒的な存在感で、みんなが恐れていた。
僕の付き人の系列の方なので、洗濯やスパイク磨きは僕の仕事。洗濯物をコーチ室に持っていくときには毎回緊張したが、たまに言ってもらえる「ありがとう」という言葉が何よりも嬉しかった。
付き人ということで、野球道具を頂戴したりもした。
苦労が報われたとき程、嬉しいことはない。
清水さんの付き人になることができて、本当によかったと思っている。

16章につづく

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