大量援護をもらった花田も快投を見せ、ラストダンスを満喫。
8回にも僕のヒットを皮切りに怒濤の攻撃で3点を奪い、試合を決定づけた。
そして9回表の中央最後の攻撃。2死ながら幸運にも僕に打席が回ってきた。
いつもとは違う胸の鼓動とともにバッターボックスに向かう背番号6。
――2番・サード、稲荷君。
聞き慣れたアナウンスに導かれると、様々な想いが去来してきた。
「これが現役生活最後の打席や……」
思わず万感が胸にせまった。
八尾フレンド、PL学園、そして中央大学と、それなりの道を歩んできた。
野球を始めたときのことを考えると、こんな非力な男がここまでできるとは到底思えなかった。
甲子園で叶った夢。実力に見切りをつけた大学野球。
これまでの野球人生、お世話になった指導者、ともに戦ってきた仲間、夢を与え、そして支えてくれたお父さんとお母さん……。
全てを思い返してみると、とめどなく涙が溢れてきた。
「ここまで野球を続けさせてもらってホンマにありがとう……」
マウンドには、奇しくもかつてPL学園で苦楽をともにしてきた嘉戸が立っている。
彼にとっても大学生活最後のステージになるだろう。相手にとって不足はない。
――ズバン!
その初球、気持ちのいい伸びのあるストレートが投げ込まれてきた。
僕は目にいっぱいの涙がたまり、ボールがにじんでよく見えていなかった。
「ありがとう、ホンマにありがとう……」
心の中で何度もそうつぶやいた。
僕の野球人生に携わってきた全ての人に対しての感謝の気持ちでいっぱいだった。
最後のボールはストレートだっただろうか、それともドロップだっただろうか。
だが、これだけははっきりと覚えている。渾身の力でバットを振ったが、ボールに当たることはなかった……。
結果は三振。茫然と立ち尽くす僕。
「終わった……」
結果などどうでもよかった。ただフルスイングをしたかった。
足早にマウンドを降りる嘉戸と目が合い、そして目で会話した。
「ありがとう……」
言葉などいらない。それが球友というものではなかろうか。
三振したというのになぜか清々しい気持ちでベンチに引き上げ、そっとヘルメットを置いた。
「何はともあれ、残すところあと1イニング。しまっていこう!」
傾きかけた西日に照らされ、いよいよ最後の守備につく中央ナイン。
その瞬間は刻一刻と近づいていた。
9回裏、マウンドにはここまでひとりで投げ抜いてきた花田がいる。
スコアは10対1で中央がリード。
試合展開だけをみると一方的かもしれないが、野球は何が起こるかわからない。
ランナーを出す度に消耗していく肉体と精神を、みんなで支え合ってここまで来た。
大事な先頭打者をサードゴロに打ち取り、まずはワンナウト。もちろんこの打球を処理したのは僕だった。
これが僕の残した最後の公式記録となった。
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