ノストラダムスの予言という名のゲームに世間がうんざりしているようにも思える1999年11月8日。
足早に行き交う人々、通い慣れた高速道路のクラクションの音。いつもと変わらぬ朝を迎える。
穏やかな風、透き通るような神宮のにおい、中央ブルーのユニフォームに袖を通す感触、その全てが今日で終わる。
「僕がいた意味を、ひとりの野球人生の終演をどうか見守っていてください」
心の中でそうつぶやく。
神宮球場の正面入口から目をギラギラさせながら入場していく選手を、多くのファンが激励に駆けつける。
いつものようにウォーミングアップを行い、中央のシートノックが始まると、球場にスターティングラインナップが発表された。
1番セカンド 本園
2番サード 稲荷
3番キャッチャー 阿部
4番ファースト 久保
5番センター 石垣
6番ライト 溝淵
7番レフト 藤原
8番DH 猿渡
9番ショート 渡邊
ピッチャー 花田
グラウンドに立ち、空を見上げる。
今までこの行為を何度してきただろう。
今日という今日は、勝利の女神の気まぐれに任せてはいられない。自らの手で勝利をつかむしかない。
体調不良で昨日まで欠場していたキャプテン・渡邊も復帰。ベンチ裏では今季最後の指揮となる監督が気合いを注入する。
選手の整列が終わり、守備につく立正ナイン。
2番打者の僕は、ネクストバッターズ・サークルで軽く素振りを繰り返し、そして目を閉じた。
「プレイボール!」
さあ、僕らの意地をかけた正真正銘のラストゲーム、1部2部入替戦・第3戦がいよいよ始まった。
立正の先発はエースの丸山。
第1戦では敗戦投手にこそなったものの、途中までは完璧なピッチングだった。コントロールがよく、右の本格派といえよう。
1回表、中央打線に対しても2人のランナーを許したが無得点に抑え、まずは無難に立ち上がった。
一方、中央の先発は絶対的エース・花田。故障で泣かされ続けたガラスのエースも、これが神宮最後の登板。
「初回から飛ばしていけよ」
そう声をかけたが、僕の言葉が必要ないほどこの日の彼は燃えていた。
トップバッターこそ出したものの後続を打ち取り、こちらも上々の立ち上がりを見せた。
2回表、そんな花田のピッチングで勇気づけられたのか、先頭の溝渕がライトオーバーのスリーベースヒット。
無死3塁と願ってもない大チャンスに、続く藤原がタイムリーツーベースヒットを放ち、瞬く間に先取点を奪った。
そして3回、先頭の僕が打席に入る。
「流れを引き寄せるためにも、なんとしても塁に出る!」
全神経を集中させて打ち抜いた打球は、もはや代名詞となった流し打ちでレフト前へ。僕は塁上で軽く拳を握った。
「さあ、慎之助。俺をホームに還してくれ!」
かつての部屋子も、今や立派な東都の星に成長した。1年後のドラフトには間違いなく逆指名でプロの道へ進むだろう。
連日のように訪れる多球団のスカウトの前で、やっとつかんだ1部のステージから簡単に転げ落ちるわけにはいかないと、彼も意気込んでいるはずだ。
立正もこれ以上の得点は致命的と踏んだのか、丸山を早々に諦め、第2戦で好投した武田をマウンドに送り込んだ。
左対左は一般的には投手が有利とされている。作戦としては当然だ。
しかし、その思惑は音を立てて崩れ去った。
――カーン!
フルスイングで打ち抜いた打球は、凄まじいスピードで僕の頭上を通過した。
「よし、抜けろ」
抜ければ長打コースで、僕が生還できるかもしれない。
快足を飛ばしてセカンドキャンバスを蹴ろうとしたそのとき、ドッと歓声が沸き上がった。
塁審の手がぐるぐる回っている。
「まさか!」
そう、そのまさかであった。
試合の主導権を一気に手繰り寄せると同時に、1部残留に燃える僕らを勇気づけるには十分すぎるほどのことをやってのけた男が、悠々とダイヤモンドを回っている。
ド派手なツーランホームランが飛び出し、3対0とリードを広げた。
さらに攻撃は続き、打者一巡の猛攻で2点を追加。
4回には石垣・藤原のタイムリー、5回にも僕の内野ゴロの間に1点を加点し、中盤を終えて7対0。
今までのうっぷんを晴らすように中央ナインが躍動していた。
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