第1戦。
中央大学は、立正大学の勢いに押されながら、最終回まで1点をビハインドされる苦しい展開となっていた。
まるで、あと1本が出なかったリーグ戦の戦いを象徴するかのような試合展開に、僕らは戸惑いと忸怩たる思いを隠せない。
中央・花田、立正・丸山。
両エースの意地をかけた投手戦も最終回を迎え、重い空気がベンチ内に充満していた。
ここで、ひとつのプレーが中央ナインに喝を入れようとは、よもや誰も想像していなかった。
1アウトながらランナーを3塁に進め、チャンスをつくった中央大学。
ここで1本が出るようなチームであれば、秋季リーグ戦をどれだけ楽に勝ててきただろう。いわば中央ナイン全員がタイムリー欠乏症に陥っていたわけだ。
――カーン!
2年生の榊原が打った打球も、浅い外野フライである。
「これでツー2アウトか……。絶体絶命や……」
そのときであった。
3塁走者の久保が、タッチアップで猛然と本塁へ走っているではないか――。
「おい、おい、それは無理やぞ」
暴走とも取れる久保の判断に、一瞬目を覆った。
1点の重さ、1点の難しさ、1点の遠さは散々味わってきた。それは、もちろん僕だけが感じていたわけではない。
「きれいじゃなくていい。どんな形でもいい。どんなに不細工でもいいから1点が欲しい……」
チームひとりひとりのそうしたもどかしさが伝播し、知らず知らず久保にスタートを切らせたのだ。
いったん動き出したプレーに、もはやストップはかけられない。
「頼む。セーフになってくれ……」
思わずにぎりしめたこぶしに、汗がじわりとにじみ出てきた。
しかし無情にも、外野からの返球は本塁へストライクで戻ってきた。
「……万事休す」
試合終了――。誰もがそう思った。
3塁走者の久保はあきらめていなかった。
キャッチャーに向かって、果敢に体当たりでスライディングを試みたのだった。
――ドン!
激しい衝突音と砂煙がホームベース上を包んだ。
一瞬の静寂のあと、息をのみながら目を凝らしてみると、立正のキャッチャー・早川の脇に白球が見えるではないか。
「やった。セーフや、同点や!」
忘れかけていた胸にこみあげてくる激情。僕らはこういう熱いプレーを待っていたかもしれない。
要は、タイムリー欠乏症などではなく、気持ちが足りなかっただけなのだ。
切羽つまった心境が続いてきた中で、久保の気迫あふれるプレーが中央の闘争心を甦らせた。
勢いに乗じて、春のラッキーボーイである藤原が2塁打を放ち、鮮やかに逆転に成功。
その1点を花田が守り、大事な初戦を3対2で勝利した。
この1勝の持つ意味は、とてつもなく大きい。
忘れかけていた勝利の味と、マグマのように内に秘めた闘志を完全に呼び起こしてくれた。
「明日も勝とう!」
ナインを乗せた帰りのバスには、久方ぶりの笑顔が弾けていた。
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