第4節の相手は亜細亜大学。
オープン戦で何度も戦ってきたが、勝ったことがない。
西多摩郡日の出町にあるグラウンドには、よく行ったものだ。
周りには草むしりをしている選手もいる。
野球のみならず、人間形成にも力を注がれているとひと目でわかるほど、礼儀や気配りができている。
野球に取り組む姿勢にも頭が下がる。グラウンド内で歩いている選手は、ひとりもいない。
まさしく高校野球の延長のような、きびきびとした雰囲気が漂う。
自由が売りの中央とは、正反対のチームカラーだ。
おもな出身のプロ野球選手は、オリックスの大石監督(静岡商/元近鉄)、山本和(広島商/阪神→元広島)、阿波野(桜丘/近鉄→読売→元横浜)、パンチ佐藤(武相/熊谷組→元オリックス)、与田(木更津中央/NTT東京→中日→千葉ロッテ→日ハム→元阪神)、高津(広島工/ヤクルト→メジャー→元ヤクルト)、川尻(日大二/日産→阪神→近鉄→元楽天)、小池(信州工/松下電器→近鉄→中日→近鉄→元楽天)、沖原(西条/NTT東日本→阪神→元楽天)、入来祐(PL/本田技研→読売→日ハム→元横浜)、井端(堀越/中日)、赤星(大府/JR東日本→阪神)、木佐貫(川内/読売)、永川(新庄/広島)、松田(中京/ソフトバンク)、糸数(中部商/日ハム)である。
1回戦。
正直、勝負する時点で、勝てる気はあまりしていなかった。
明らかに亜細亜の方が、厳しい練習をしている。
この試合は、大阪から両親も応援に来てくれたが、前節のケガでスタメンから外れ、見せ場はないかと思っていた。
序盤から亜細亜の緻密な野球に失点を重ね、6点差をつけられる一方的な展開。
「稲荷行くぞ!」
監督から声が掛かったのは、終盤にやっとの思いで作ったチャンスのときだった。
「流れを変えてくれ」
アドバイスはこの一言だけ。
本来、僕は代打で登場するような柄ではない。僕よりバッティングが優れた選手は、ほかにもいたし、どちらかというと試合を通して活躍するタイプだ。
しかし、出るからには結果を出したい。久しぶりに試合に出場できる喜びなど感じている暇もない。
腕組みする監督に小さくうなずき、バッターボックスに向かった。
2死1、2塁。ランナーをためながら1点ずつ返していくだけだ。
外野は前進守備を敷いていない。長打を警戒するのはあたりまえの場面だ。ワンヒットで確実に点は入る――。
状況を整理していくと、次第に冷静になっていく。これは大切なことだ。
――カーン!
インコースの真っすぐを、無心で振り抜いた。
打球はライナーで1、2塁間を真っ二つに破り、セカンドランナーが生還。欲しかった1点を執念でもぎ取った。
沸き上がるベンチに、笑顔で応える。
すかさず盗塁を決め、2、3塁にするも、後続が倒れて2者残塁。
これ以上の得点は奪えなかったが、僕自身のテンションは上がった。
「いいぞ、稲荷!」
僕はこういう性格のせいか、スタンドからよく声をかけられる。
「稲荷、しっかり守ってくれよ」
「稲荷、ナイスバッティング!」
スタンドの控えの選手から声をかけられるのならまだしも、一度もしゃべったことのない硬派の応援団に手を上げて応えるのは、おそらく僕ぐらいだろう。
これにはちゃんとした意図がある。春はみんなでいい思いができたが、この秋の成績は散々だ。
どんなに劣勢であろうが声を嗄らして応援してくれる彼らを、僕は放っておけない。
「オマエらがたるんでるから負けたんだ」
そのように、応援団員同士が理不尽に争う様子を幾度か見たこともある。
「プレーしてるのは俺らやのに……申し訳ない……」
卒業するまで直接話す機会はなかったが、そんな彼らにこの場を借りて感謝を述べたい。
「いつも熱い声援、ありがとうございました!」
結局試合は7対2の惨敗。
長いトンネルから抜け出せず、もがき苦しむ中央ナイン。
もはやこの流れを跳ね返すことはできないのか。
2回戦もプロ注目の左腕・佐藤宏(巨人→楽天)に完全に抑えられ、3対0のシャットアウト負けを喫した。
「全然あかんわ……これが1部か……」
4節連続で勝ち点を落とし、いよいよ窮地に立たされた。
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