霊障について・・この領域の者が受けるお知らせについて
私達の場合・・1 *最後に追記あり
日常の霊視時や祈祷時において、私や妻の体に何がどう作用してどうなるのかという事ではなく、長年に渡りこの様な仕事を続けていると、どうしても体に残るものがあります。
一般の方の疲れとは少し違うものが残る様です。
派手にこの仕事をされていた方が何らかの理由で突然辞められたり、または方向転換されたり、この仕事を本業にされていた方が体調を崩して辞められたり、兎角この領域にたずさわる方は一般の方が思われる幸せとは少し違う環境に身を置いて生活されておられる方が多い様に思います。
相談を受ける方の方がいろんな意味で苦境におられる場合が多い様に思われます。
昨日や今日、この様な仕事を始められた方は別として、やはり、長年に渡りこの様な仕事をしていると「貰う」のだと思います。
相談者からの念を「貰う」のです。
要するに、決して「プラス」ではないものを「貰う」のです。
そしてそれが「溜まる」のだと思います。
真面目に相談を受けて来られた方ほど、余計に「貰い」、「溜まる」のだと思います。(注:そうでない場合のケースで「貰う」という例は、今回は書きません)
長年に渡り、この様な仕事をして来た私達夫婦の事を少し書いてみます。
今、何が、どう作用して、妻や私の身辺がどうなっているのかという例は沢山書いて来ましたが、その作用が長年に渡りどう私達の体に溜まって、どうなって行っているのかを書いてみたいと思います。
決してプラスではない念を祓うのではなく、一度私達の体に入れさせて頂いて対処する形を取る者に取っては、その決してプラスではない念を鎮めて、平常な、又はプラスの位置にまで上げる作業においては、例え地神様が守っていてくださるとは言うものの、言葉では言い表せない部分の力を使うのか、又は私達の年齢も関係するのか、やはり年々私達の体に蓄積されて行っているのを感じます。
鳴釜の蒸篭に関しても言えば、勿論、一概には言えませんが、経験を積んでない方の釜と比べれば、私の釜はもう疲労困憊、限界に来て悲鳴を上げている状態です。
それだけの数の釜を焚いて来たという事です。
それだけの場数を踏んで来たという事です。
釜が鳴り出すと途端に私達の体に作用しているものが瞬時に消えて、ス〜ッと体が楽になって行く段階の内は、まだ私達は初心者の段階だったのだと思います。
相談者から貰う、決してプラスではない私達の体に蓄積されたものの量が少なかった段階だったのでしょう。
私達は人間ですので、好意的に気を抜いた時に不意に来る悪意の念や、どうしても私達の身体を痛めて対処しなければならない念など、相談や祈祷が終わった後には私達の気がつかないものが、私達の身体の本来持って生まれた弱い部分に溜まって行っているのだと思います。
派手にこの仕事をされていた方が急に辞められたり方向転換されるのは、この怖さを良く御存じだからだと思います。
私に関して言えば、もう2年程前には、多分、この世に居なくなる様に決められていたと思います。
神霊(地神様)にしても、私がこんなに一生懸命に釜を焚く生活をするとは思っていなかったと思います。
いい加減な段階で妥協して、大元からお叱りを受けて、そして私の修行が終わるものと思っていたと思います。
それと私にしては、9年程前、妻が末期の胆のう癌で医者に見放された時に交した地神様との、「妻の寿命を後10年・・・私の寿命を取っても良いので後10年・・・生かして欲しい・・・」、という約束がずっと頭に残っていましたので余計にその思いが有ったのかも知れません。
男の地神様が、「取る時は一緒に取る」、と言った言葉もずっと頭の中に有りました。
そんな事もあって、私にしてもこの領域の私の寿命を薄々と感じていましたので、3〜4年程前から地神様に、「鳴釜が古くなったので新しい釜を買っても宜しいか?」、と鎌をかける質問をよくしていました。
ある日、地神様に、「私らが死んだら、地神様への対処の仕方など、息子に教えておいた方が宜しいですか?」、と聞いた時、地神様がうなづきましたので、「もう、ぼつぼつかな?・・・」、と覚悟を決めていました。
時期を同じくして、今までなら疲れない様な祈祷や祈祷の為の長時間移動が身体にこたえる様になって来ました。
普通の方なら病院に行く様な身体の各部位の不調や痛み、不快感などはこの領域の仕事には付きものですのでいちいち書きませんが、「もう、ぼつぼつかな?・・・」、と思いかけた時期くらいから、喉の奥に膿栓(のうせん)が出来る様になりました。
膿栓自体はどなたでも経験されて、決して悪いものではないのですが、私の場合はその量、頻度が異常でした。
右の喉に約8か月間程、大きな膿栓が出来て、指や棒状のもので取っても次から次に出来てくる状態でした。
その間、全く声の出ない状態が長く続いた事もありました。
勿論、リンパ腺も腫れています。
右の喉が治ったと思ったら、今度は左の喉にも大きな膿栓が出来始めました。
左の喉の膿栓も大きく、次から次に、取っても取っても出来てくる状態でした。
左の喉の膿栓は約6か月間程続きました。
余りにも異常な出方ですので地神様に聞いてみた事がありました。
「地神さん・・・ひょっとしたら、長年に渡り私の体に溜まったこの領域のものを・・・地神さん・・・取ってくれてるのですか?」、と聞いた事がありました。
「地神さん・・・うなづいてるわ・・・」、と妻が言います。
「地神さんの前に薄い水色の袋が出てるわ・・・」、と妻が言います。
「有り難いもんやな・・・」、と思いました。
「しかし・・・短期間では済まんやろな・・・何年間かかけて・・・じっくりと取ってくれるんやろな・・・」、と思いました。
そうこうする内に私の胃の調子も悪くなって来ました。
これに関しても、丁度加古川市の無料の検診の通知が来ていましたが、地神様は、「行かんでも良い」、と言います。
再度、地神様に鎌をかけて聞いてみました。
私、「地神さん・・・鳴釜やが・・・もうボロボロやが・・・どうやろ?・・・新しいのをかおか(買う)?」。
妻、「地神さん・・・うなづいてるよ」、と言います。
地神様がうなづいているという事は、新しい釜を買えという事は、まだこの先釜を焚けという事で、まだ私達の寿命があると取りました。
まだ私達の寿命が有るというのなら、「まあ・・・一応・・・胃カメラでも飲んでこようかな・・・」、と思い、その件でも聞いてみました。
私、「地神さん・・・地神さんが守ってくれているのは良く解りますが・・・胃の調子が悪いので、一回病院に行ってカメラでも飲んで来ます。長年、全く健康診断もしてないし・・・そうか、行かんでも宜しいですか?」、と伝えました。
再度、「行かんでも宜しいですか」、と尋ねた時、地神様は、「行かんでも良い」、とうなづきました。
「行かんでも良い」、と地神様は言いましたが・・・、地神様を信用していない訳ではないのですが、余りにも調子が悪いので病院に行きました。
結果は、「胃内出血があり、○○もある」、という事でした。
私の病状を詳しく書いても面白くありませんが、普通の方なら家族会議を開いて大騒ぎをされると思います。
普通のこの領域の方なら、この時点できっぱりと仕事を辞めるか、または方向転換されるか、運が良かっても臓器の一つを取られる羽目になると思います。
「地神さん・・・新しい釜・・・買うで・・・そいで、私の胃・・・身体・・治してな・・・長年に渡って溜まったもの・・・出してな・・・頼むで・・・」、と伝えました。
妻、「うなづいとってやわ・・・」、と言います。
「もう、任せよ・・・地神さんに全て・・・任せよ・・・」、と思いました。
妻に関して言えば今までホームページに沢山書いて来ましたが、私のスパンよりは断然短いスパンで地神様の御助けを頂いていると思います。
普通の方なら、もう現在までに6〜7回は死んでいる?と思います。
最近の事を書けば、去年の秋頃から、私の胃の調子が悪くなって来た時期位からいろんな症状を訴える様になって来たのですが、考えてみれば、普段の相談や祈祷からも同じ様な状態になりますので、それも難解で半端な相談の量ではありませんので私にしても殆どを忘れてしまっています。
一つ気になっているのは、2年程前から妻の舌に大きな潰瘍の様なものが出来ています。
以前通っていた歯医者さんから薬をもらってつけていたのですが全く効果が無くそのまま放置していました。
両方の首のリンパ腺が腫れて、素人の私が見ても分かるくらいでした。
そしてつい最近、近所の歯医者さんから直ぐに総合病院の口腔外科に行く様に紹介状をもらい、今、治療をしているのですが、それに関しても、病院へ行く前に地神様は、「行かんでも良い」、と言います。
妻にしても、余りにも痛くて喋り難い状態ですので近所の歯科へ行ってこの流れになったのですが、総合病院に行く2日前の夜中、大量の血便が出た途端、両方の首のリンパ腺の腫れが無くなりました。
そして総合病院に行く1日前、喉の奥から何とも言えない臭いのドロ〜ッとしたものが大量に出たと言います。
そして総合病院に行く日の朝、「地神さん・・・ほんまは病院に行かんでええんやろ?」、と聞いてみますとうなづきました。
勿論、総合病院での結果はまだ出ていませんが・・・。
結果はまだ出ていませんが、気になっている方や目の前の相談や祈祷の事で頭が一杯ですので皆様には感謝している状況です。
この領域の仕事が出来るという事は有り難い事だと思っています。
*上記した内容はあくまでも私達夫婦の事ですので、この領域の仕事をされている方で、ご自分の体に少しでも異常を感じたら、普通の方よりも神経質になられて病院に行かれる事を強くお勧めします。
それだけ危険な怖い仕事をされているという事ですので・・・。
この道は怖いものです。
それを解っていない方が多い・・・。
*追記
今日(平成29年6月30日(金))、妻は加古川中央市民病院で診察を受けたのですが、医者の、「もう来なくて宜しいです」、の一言で帰って来ました。
病院から帰って来て地神様に御礼を伝えたのですが、「知ら〜ん顔してるわ・・・」、と妻が言います。
「行かんでも良い・・・と言うたやろ・・・」、という事なのでしょう。