不動明王(お不動さん)について・・3・・その念の形
 はっきり言って・・、正直言って・・、私は毎日、この神霊様には手を合わせていますが、妻は年に一度、正月だけ手を合わせます。

 それはそれで良いのですが・・・・、今年(H26年)も1月1日、夫婦で手を合わせました。

 もう何も言わず、考えず、手を合わせました。

 と言うのは、去年の様に(不動明王(お不動さん)について・・2・・その念の形)、沢山のものを見せられては、正直、プレッシャーになる訳です。

 私達はそんなに・・・、失礼ですが・・、この神霊様に全霊をかけている訳ではありません。

 不動明王様命(いのち)、という様なマニアでも何でもありません。

 鳴釜という神事には絶対的に必要な存在ですので、祀らせて頂いている訳です。

 平成26年1月1日(水)、午前10時30分頃、妻と一緒に手を合わせ、「聖無動尊大威怒王秘密陀羅尼経」を上げようと思いましたが、正月ですので自分に甘く、「仏説聖不動経」を、それも一回だけ、上げさせて頂きました。

 私、「どや?。今年は何か見えるか?(何も見えて来ない事を願って)」、と妻に聞きました。

 妻、「前から手がすーと出て来て、左手が出て来て、親指と人差し指と中指が・・、何か動かしてると思ったら・・、少しそれが開いたと思ったら虹の様な色の光・・・、透き通って・・・、パールの様な光の玉が掌に乗って出て来たわ。掌をゆっくり回してるみたい」、と言います。

 やっぱり・・・出たか・・・・、と思いました。



 不動明王と虹の様な色の関係につては、先ず、その事を書かれている方は居られないと思います。

 勿論、そうらしい・・・、という内容の事を、書物からの知識として書いておられる方は居るかも知れませんが、この領域の方が実際に体験して書かれている方は居られないと思います。

 何故かという理由は書きません。

 これを書くと大変な事になりますので書きません。

 光りものというのは紙一重、それ以上は言えません。

 しかし、やはり、私達は夫婦でもっと頻繁に不動明王様との接触を持つ必要があるのかも知れません。

 しかし・・・・、そう頻繁にお知らせを受けても・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

 




 

 

 
 

 

 

 

 
鳴釜神事の実際と考察
*何故か途中で文章が切れてしまっています。申し訳ないです。