有名な神社に行くと飼育している所もありますが、殆どが作り物の馬のお像が置いてあります。
調べてみると、
祈願の為に馬を奉納する習わしがあったのですが、奉納する側にも負担になる事から、絵馬などの形に換わって行ったとあります。
又、神馬(しんめ)とは、
神の使いであり、幸福をもたらす瑞相(ずいそう)とされ、神の乗られる馬とあります。
瑞相とは、目出度い出来事として起こる前触れ、現象を意味する仏教用語、吉兆、瑞験、奇瑞などと同意語とあります。
何時もの様に、私が経験した事、思った事から見極めたものを書いて行きます。
ある方から電話を頂く2時間ほど前、私の耳(どちらかは書きません)の辺りに、
金色の音がまとわりつき、一部が耳の中、途中まで入って来ました。それと同時に
「邪」の念も私の体(どの部分かは書きません)の一部分に入って来ました。
この時点では、神霊くずれの耳を持つ存在と取っていました。
やがて金色の音も消えて、「邪」の念も感じなくなり、この現象自体も忘れていました。
その後この方から電話が有り、話の途中で耳から入る存在は感じましたが、それが2時間ほど前のそれと関係が有るのかどうかは解りませんでした。
私は余程知っている方以外は、夜の9時以降の電話には出ないのですが、何故か電話に出てしまいました。
この方は
御自分の置かれる環境の急変に、考えた末に、この領域からの答えを探そうとされていました。
この方は、日本では社会的地位の高いとされる職業に就いておられる方ですが、話し方からはその様なものから来る嫌味はなく、普通の方と観ました。
只、私から観れば、
この方は元(育った環境、親子の関係などから来る)の不安定な方と観ました。
何故、この方がこの様な状況になったのかという根本的な原因の部分は書きませんが、この方は
人の念や言葉がある時期から入る様になり、それとのやり取りもする様になったと言われます。
この様な相談はよく有りますし、その内容の相場も決まっています。
しかし、
この方の場合、大多数のそれとは違っていました。
後日、此方の巳神様に聞いてみますとお伝えし、電話を切りました。
一日目。
私、「地神さん、この方についているもの(
憑いているいという意味ではありません)は何ですか?」。
妻、
「こげ茶色の馬が飛んで来たわ。ピンクや白の花びらの様なものがひらひら落ちて来るわ。黒い紙切れの様なものも落ちて来ている。こげ茶色の馬を薄茶色の仔馬が追いかけているわ」、と言います。
何故か、直ぐに、
「神馬」、と浮かびました。(この方から、よく神社にお参りされると聞いていましたので)
しかし、読み方は「しんば」と浮かびました。
私、「地神さん、何故、「神馬」、がこの人についているのですか?」。
妻、「何も言わないわ」。
私、「この場合、この方の所で祈祷が必要と観ますが?」。
妻、
「大きな馬の首の辺りに、青い色の玉のネックレスの様なものが出て来たわ。トルコ石の様な感じの・・・」、と言います。
私、「地神さん、この神馬、何処の神社の馬ですか?」。
妻、「何も言わないわ」、
「大きな馬に、金色の手綱の様なものが出て来たわ」、と言います。
私、「地神さん、大きな
馬に乗るものを見せてください」。
妻、「何も見えない」。
この出て来た馬(神馬)の意味は大体解ります。
しかし、これだけでは、この方に対しての説明にしては力不足です。
二日目。
私、「地神さん、この方に
憑いているもの、祓うべきものを教えてください」。
妻、
「石垣・・・、ゆるくカーブして・・・」、「その石垣の石に、黒い棒の様なものが横に出て、棒の様な先に黒い塊が付いていて、それが向かって右側の方向になびいている」、と言います。
この
石垣から出ているものの本当の姿を聞いたのですが、何も見せてはくれませんでした。
普通、この時点で、
大概は正体を露呈するものですが・・・・・・。
私、「土地は?」。
妻、「土地は小石が敷かれて、整備されている感じ」、と言います。
三日目。
私、「地神さん、この方の
先祖の障りを教えてください?」。
妻、
「港にある船をつなぐ様なものが二つ見える」、「その一つから真っ赤な色の粘土の様なものが流れ出て砂の上で固まっているわ」、「もう一つのものからは青い色のものが出て、これも砂の所で固まっているわ。どちらもさらさらのものではなく、少し硬めのもの」、「後ろは海」、と言います。
そして再度、昨日の石垣の事を聞いてみました。
妻、
「40〜50代の、今風の普通の男の人が後ろにバケツの様なものを背負って、石垣から出ている黒いものを一つ一つ火箸の様なものでつまんで後ろのバケツの様なものに入れている」、「4〜5歳位の男の子が、木で出来た手押し車の様なものを押して・・・・遊んでいる様な・・・・のが見える」、と言います。
一日目の説明は後にして、この方に
言葉を入れているものの存在は、ある新興宗教が起因した、この家の霊的な部分の不安定さから来るものと、この方が育った不安定な環境が起因したこの方自身の弱い部分の自己防衛の本能がそうさせている部分も有りますが、この方自身、その様なものに対してもちゃんと自分の考えで受け答えをされています。
そして、この
領域から観て私が一番気になったのは、入って来る言葉の種類、内容、言い方ですが、これは俗に言う「憑き物」からではなく、精神科の「統合失調症」、にも当てはまらないと思います。
勿論、この家の場合、
ある新興宗教の影響もありますが、その祭神自体がどうのではなく、祀る方の考え方に問題が有る様に思います。
そして、
絵には書いておりませんんが、40〜50代の男の方が石垣から出ている黒いものをつまんでバケツに入れているのは、この方の亡くなられたお父さんです。そして、石垣から出ている黒いものは、「神馬」の出現時、ピンクや白の花びらと同時に出ていた黒い紙片、要するに、「邪」、と観ます。そしてその、「邪」、というもの自体は、新興宗教が起因するこの方の不安定な部分と観ます。又、4〜5歳位の男の子は、多分、日の目を見ずに亡くなられたこの方の兄弟と観ます。
守ってくれる存在です。
事実、次の日から、入って来る言葉の回数は減ったと言われます。
赤や青のどろっとした粘土の様なものは、この方の母方の先祖の方から来る障りです。
血管系の疾病の多い家系と観ます。
どちらにしても、
両家の御先祖様の供養の必要な家です。
最後になりましたが、この方から
電話を頂く前から私の耳にまとわりついていた金色の音の正体は、「神馬」(しんめ)というもので、この方の場合、亡くなられたお父さん、男の子が、「神馬」、の形を取って出て来られたと観ます。
「神馬」、の形を取って、私達に何らかのお知らせをされに来られたと観ます。
「神馬」、が意味するもの、「瑞相」、の意味するものから判断して、この方のこの先は良い方向に進んで行くと観ます。
しかしそれは、新興宗教から起因したものの消除や両家の御先祖様の供養をされた後の結果であって、私が書かなかった根本的なものの対処が必要になると思います。