ある巳神(地神様)・・・3、その後の展開とある事情
 前回の祈祷が去年の7月と記憶しています。

 祈祷直後から商売が異常に忙しくなったというお礼の言葉は聞いておりました。

 それこそ、異様に忙しくなり、知り合いの同業者に仕事を回していたと言われます。

 今年の正月、知り合いの寺で祈祷を受け、弁財天のお札を自宅に置いたと言われます。

 「職場に地神様を祀っていますが、大丈夫ですか」、と尋ねると、「同じ巳さんやから大丈夫です」、と言われたと言われます。

 年が明けてから、徐々に仕事が減って行き、3月は全くゼロだと言われます。

 この方は大変真面目な方で、祀り過ぎる傾向があります。

 祀り過ぎるというのは、神霊を理解していない神具店の方の言われる事を真に受け、地神様の祀り方を大そうに、権威つける様に祀られていた期間もありました。

 この時は、電話を頂き、会社に居られる巳神様と話をして、余分なものは排除して納得して頂いた経緯が有りました。

 巳神様という神霊は質素です。

 祀る場所、方角などは気にしなくても良いのですが、やはり専門の方の指導が必要になります。

 それにしても、異常な位忙しかった仕事が、何故急にゼロになったのか、私の方の巳神様に聞いてみました。

 私、「地神さん、Kさんとこ、他所に回していた位忙しかったが、何故急に暇になったのですか。その障りを見せてください」。

 妻、「アルミのドアの様な戸が見えてるわ」、と言います。

 私、「ちょっと開けてみるわ」、と言いながら、ドアを開けようとする念を送りました。

 妻、「開いたけど・・・、
中から真っ赤な巳さんが出て来たよ」、と言います。

 (祈祷の当日、現地に行って初めて解明しましたが、この時点で、大変な勘違いをしてしまいました)

 私、「それ、○○○の会社で地神さんを祀る部屋のドアやな・・・・。あんた、Kさんとこの地神さんか?。私らが行って、お祀りした地神さんか?。
何故そんなに真っ赤になっているんや?」。

 妻、「何も言わないよ」。

 私、「あんた、Kさんとこの地神さんやな?。何か怒ってるんか?。何か、あんたの怒る事をKさんがしたんか?。わしに言うてくれたら、ちゃんとするから。言うてみ」、「あんた、聞こえてるか。聞こえてるんやったら舌を出してみ」。

 妻、「出した様な・・・・・?」、「苦しいみたい・・・?。痛いみたい・・・・?。辛いみたい・・・・?」。

 この真っ赤な巳さんとは、時間をかけて質問しましたが、どうも反応が鈍い。反応は有るのですが、はっきりしない

 そして、此方の(妻の)体に来るものは、程度の低い、粗い、汚いものしか来ません。

 その日の(次の日の明け方)夜中、2時過ぎ、
真っ赤な巳さんが横を向いて出て来たと妻が言います。

 その日の午前4時半ごろ、真っ白な、可愛い巳さんが出て来たと妻が言います。

 (此処でまた、勘違いをしてしまいました)

 真っ赤な巳さんを、私の方の巳神様が鎮めたので白い巳さんになったと大いなる勘違いをしてしまった訳です

 私の方の巳神様は、何も無かったかの様に、普通の顔で此方を見ています。

 私の方の巳神様は普通の顔でいますが、妻の体に来る念から判断するに、尋常なものではない事は確かです。

 弁財天のお札から来るものであるとは解るのですが・・・、水、水、水・・・・、です

 妻の腸の具合は異常です。

 あくる日、

 妻、「真っ赤な巳さんが出て、その前に真っ白の可愛い巳さんが出てる」、「
真っ赤な巳さん・・・、目が無いみたい」、と言います

 (これでまた、頭が混乱して来ました)

 私、「地神さん、Kさんの家にある弁財天のお札の中に何が入っているのですか?」。

 妻、「「所」という漢字が出てるけど」、と言います。

 全く解らなくなってしましたが、長年の経験で、現地に立てば解明するという自信はあります。

 私、「地神さん、向こうへ行ったら解るな?」。

 妻、「うなずいたわ」。

 只、この時点で解明している事も有ります。
 
 それは、この家の御先祖様の中で自殺者が居られる、そして全く成仏されていないという事が解っています。

 その御先祖様の姿が出て・・・・・・、というのではなく、此方の体の中に入る念の・・・・、長年の感です。

 男の仏様です。

 祈祷の当日、祈祷時にお寺から頂いたもの一式を持って来て頂く様に伝えました。

 それにしても、私の方の巳神様の表情は穏やかなままです。

 今回の祈祷は釜を二つ焚きます。

 先ず、祈祷寺から頂いたもの一式を、又、お札に入っているであろう念に対し、丁重に御帰り頂く事。

 二つ目の釜で、○○○にお祀りする地神様に対し、お詫びの釜を焚く予定にしています。

 最初の釜で解明、判明する自信が有りましたので、後は詫びるのみという考えでおりました。

 勿論、釜の前には、自殺をされた方が出られるという確信が有りましたので、その方の供養も必要だと考えていました。
 
 祈祷の当日・・・、大概、当日になれば私達(妻の方)の方に作用するものの勢いは弱まっているものですが、今回は少し違う様です。

 妻の調子(腸の異常)はひどくなり、歩き難い状態です。

 しかし、私達の巳神様の表情は穏やかな顔をしています。

 小さい巳神の姿は見えません。

 小さい巳神を隠した様です。

 それだけのものが作用するという事です。

 釜に入る前に、「正信偈」を上げさせて頂きました。そして自殺されたであろう男の仏様を呼んでみました。

 (この時点で、この家の方も、奥さんの家系で男の自殺者が居たという事実、そして誰も祀る方が居ないので大阪の○○寺で祀られているという事が判明しました)

 妻、「手が・・・、人の両手だけが出て、前のものをかき寄せる様な動作をしてるわ」、と言います。

 私、「苦しいんやろ」、「気がつかんと御免な。辛かったやろ。なあ、誰も祀ってくれんと、辛かったやろ。でもこれから楽になるからな。なあ、今から「仏説阿弥陀経」、を上げさせてもらうから、これを聞いたら楽になるで。なあ、聞いてよ」、と告げ、

 私、「地神さん、「阿弥陀経」、を上げさせてもらうわ?」。

 妻、「うなずいてあったわ」。

 私、「聞いといてよ」、と伝え、「阿弥陀経」、を上げさせて頂きました。

 「阿弥陀経」、も終わりに近くなって来ると、

 妻、「もう殆ど何も見えないけど」、と言います。

 そして、「白骨の御文章」、を上げさせて頂きました。

 妻、「もう何も見えない」、と言います。

 一回目の釜に入ります。

 最初の釜は、ある祈祷寺(不動明王様を主に、沢山の仏様をお祀りされています)から頂いた弁財天様のお札に入る念に対し、丁重に御引取りの理由を何回もお伝えします。
 
 私、「○○寺から来られた巳神様、どうか姿をお見せください」。

 妻、「うん、出て来てあったわ。赤と白の巳さん。
赤の巳さんの顔はのっぺらぼうで何も無いわ。でも大人しい」、と言います。

 丁寧に、御引取りを願う口上を伝えました。

 最後には口語体で、「此処には、此処だけの巳神様が居られます。同じ所に巳神様を二つお祀りする事は出来ません。どうか其処の所を理解されて、○○寺の方にお帰りください。釜で送らせて頂きますので、どうか宜しくお願いします」、と伝えさせて頂きました。

 私、「地神さんの表情は?」。

 妻、「穏やかに見てる」。

 私、「地神さん、これで良いか?」。

 妻、「うなずいたよ」。

 何故、この様に慎重に対処するかというと、やはり、祈祷寺で名を馳(は)せて来られた寺、今回の件は、この家には巳神様が居られるのでその必要が無いという事だけで、他の方には必要な場合もありますので、丁重な対応を取らせて頂きました。

 コンロに火をつけます。

 湯が沸騰して来ます。

 洗い米を入れます。

 釜は最初から大きな音で鳴り出しました。

 「龍神祝詞」、を上げ、御帰り願いました。

 私、「どや?」。

 妻、「何も・・・・・・・」、「最初の内から消えて何も見えなくなっていたけど・・・・」、と言います。

 私、「地神さん、これで良いな?。失礼な事はしていないな?」。

 妻、「うなずいてあったよ」。

 やれやれです。

 さあ、もう、この後の展開は見えています。

 私、「○○○の地神さん、もう出て来てください」。

 妻、「お社から出て来てあったわ」。

 私、「そやろ」、「○○○の地神さん、御免な。許してな?。辛かったやろ?。苦しかったやろ?」。

 (私が何故、この家の巳神様にこの様な言い方をするのか、それは、私達が道を付けさせて頂いた神霊だからです。何も関係のないこの領域の者が此処に入り、この様な言い方をすればどうなるか。又私達の居る立場も関係します)

 私、「おいで、おいで、釜の前においで。なあ、しんどかったなあ?。何も解らんでした事やから、許したってな。頼むわ。なあ、ほんまに悪い事をしたわ。許したってな」。

 妻、「良い顔してうなずいてあったよ」、「此処の巳さん、こんなに白かったかな?」、「もっと違うと思ったけど・・・・」。

 私、「それは○○さんが一生懸命に祀ってあったからやろ」。

 これで良しです。

 丁寧に侘びを入れ、○○○の事業繁栄を祈願する願文を読み上げました。

 コンロに火をつけます。

 湯が沸騰して来ます。

 米を入れます。

 当然、釜は大きな音を立てて鳴り出しました。

 「龍神祝詞」、を上げます。

 釜は大きな音で鳴り響いていますが、やがて音が小さくなって来ました。

 私、「どうやった?」。

 妻、「別に、何も、特別なものは見えなかったけど・・・・」、と言います。

 まあ、それはそうでしょうけど・・・・・、祓うものが無いのですから、当然と言えば当然なのでしょうけど・・・・・。

 私、「○○○の地神さんはどんな感じで居る?」。

 妻、「普通に前(此方)を見てるけど」。

 私、「○○○の地神さん、迷惑をおかけしました。○○さんを許してやってください」。
 
 妻、「もう、怒ってないよ」。

 声に出さず、

 私、「○○○の地神様、この○○○の商売、守ってやってください。守ってくれるのなら、○○○の商売のこの先を見せてください」。

 妻、「上から・・・・、○○○の地神さんの前・・・、上から、こんな形のものが降りて来た」、と言って手で形を作ります。

 私、「○○○の地神様、有難う御座いました」。

 ○○○の地神様には、何回にも渡りお礼を述べました。

 尚、祈祷寺からのお札の一式は、後日、このお寺の方に送り返される事を聞いて安心しました。
 
 これで今回の祈祷は終わり、そして○○○にお祀りする地神様の御許しも頂きましたが、この後の商売はどの様な展開をたどるのか・・・、それは○○○にお祀りする地神様の考え一つであると思います。

 最初お祀りさせて頂いた直後の様に、急に商売が忙しくなるのか、又は少し時間をかけて忙しくさせるのか、時によっては、少しお試し期間をおいて、此方を試すのか、それは○○○にお祀りする地神様が決められるでしょう。

 尚、私の方の巳神様が終始普通の顔でおられたのは、弁財天のお札に入っていた正念が、邪神ではなかったという事だと推測します。
 
 邪神ではないが、妻の体に作用する状態から観れば、「粗い」、の一語につきると思います。

 良く経験する事ですが、やはり、何か、普通の神社の神霊とは違うものを感じます。

 H25年5月6日(土)、

 Kさんからメールが有りました。

 祈祷から20日余り経ちますが、仕事の成果が上がらないと言われます。

 自分が原因を作ったのですが・・・とも言われます。

 此方の巳神様に、Kさんがお祀りする地神様を呼んでもらいました。

 私、「地神さん、Kさんの所、まだ祈祷の成果が出ないと言われますが、Kさんの所の地神様をお呼びください」。
 
 妻、「お社は見えてるけど、巳さんの姿は見えない」。

 私、「○○○の地神さん、御姿を見せてください」。

 妻、「お社の中に、巳さんの口だけが見えるけど」。

 私、「○○○の地神様、不満は無いか?。まだ何か此方でする事は無いか?」。

 妻、「何も言わない」。

 私、「○○○の地神さん、Kさんが、まだ仕事が無いと言われてるが、Kさんの所の仕事のこの先、見せてください」。
 
 妻、「小さい、白?・・、銀色の三角形が沢山降って来るけど」、「お社の巳さんの口の中から、沢山の小さい三角形が降って来るわ」、と言います。

 私、「小さい三角形か?」。
 
 妻、「三角形」。

 私、「三角形が光ってるわけやな?」。

 妻、「光っているというより・・・・、白色・・・」。

 私、「高橋の地神さん、これは、商売は大丈夫と取るが」。

 妻、「地神さん(私の)の口が開いて、その中で人が生活して動いているのが見える」。

 私、「地神さんの口の中で、人が生活してるって・・・・・?」、「何人位居る?」。

 妻、「4〜5人、見えるけど」。

 私、「それが、生活してるんか?」。

 妻、「そう」。

 まあ、解らない事だらけですが、商売はその内忙しくなるのと、それでこのKさんの家族も暮らしていけるという取り方、観方で良いでしょう。

 その内、前の様に忙しくなるでしょう。

 それと、最初、この所の地神様を勧請させて頂いた直後から忙しくなった経緯が有るので、今回もその様になると思われたのだと思いますが、それは地神様が決める事ですので、祀る方としては、淡々と何時も通りの繰り返しを続ける事が一番の近道です。




 沢山有った祈祷寺のお札の中の一つです。

 白地の紙を、蛇と真ん中を丸く切り抜き、その後ろに真っ赤な紙が入れてありました。

 白と赤の蛇が姿を現し、妻の言う、「
赤の蛇には目が無い」、というのがうなずけます。

 本来、この会社に居られる巳神様より荒く、粗野な・・・、一応は神霊と取れる存在です。

 力関係で、この会社で祀る巳神様のお社を、言葉は悪いが、「乗っ取った」、と観ます。

 本来、この会社に居られる巳神様は、その窮地を知らせようと会社の成績を落としたと観ます。

 この後の展開は、「ある巳神(地神様)・・・3、その後の展開と事情・・2」、として登載させて頂く予定にしています。




















 

 
 
(誠に申し訳なく、お詫びいたします。妻の書いた祈祷の次第の絵を紛失した様です。末尾に私だけが見た祈祷寺の紙に書かれたお札の様なものの絵を登載させて頂きました)
鳴釜神事の実際と考察