第18話




 朋也たち三人はひとしきり勝利に喜ぶと、どっと疲れが出たのかため息混じりで顔を見合わせた。

「とりあえず、なんとか首の皮一枚つながったな」

「僕は勝てるとわかってたけどね」

「毎度ながらおまえはなにもやってないけどな」

「朋也くん、余分なカードのことよく気がつきましたね」

「それについては、おまえたちのおかげだな」

 渚に春原と、仲間が三人いたからこそ、買い占めという戦略が生まれたのだ。

「この戦略に俺たちが乗り出してなければ、同じく買い占めをしていた宮沢の思惑にも気づけなかったからな。だから、おまえらのおかげだ」

「今回の勝利は僕じゃなければ手に入らなかっただろうからね」

「そこまでは言ってない」

「朋也くん、だったら先に教えてくれてもよかったじゃないですか。運の勝負みたいに言って……」

 ずっと不安だったためか、渚はシュンとする。

「心配かけたのは悪かったよ」

「僕は心配なんかしてなかったけどね」

「こいつがさ、ほら、こんなふうに調子に乗りやすいだろ? すぐ顔に出るから、先に教えるのはやめておいたんだ」

 作戦がバレたら宮沢は勝負に乗ってこなかっただろう。

 余分なカードを消費するための勝負は、なにも朋也たちが相手じゃなくても問題ないのだから。

 事実、勝利は紙一重だった。

 宮沢がセットの前に完全に気づいていたら、負けていたのは朋也だった。

 そもそも必勝というわけでもなかったのだ。

 パーではなく、グーやチョキが奇数になって、宮沢の手元に余っていた可能性だってあった。

 だから絶対じゃない。運否天賦──危ない橋を渡っていたことには変わりなかった。

 そして、その橋はまだ続いている。

 星の数は3コから6コへと倍増したが、ギャンブル終了まではもう40分程度しかない。

 勝利の喜びを噛みしめている時間はない。

 進まなければならない。さらに前へ。

「朋也くん、これからどうしますか?」

「そうだな……」

 考え込んでいると、テーブルの向こうから宮沢たちの会話が聞こえてくる。

「須藤さん、田嶋さん、すみません……。この敗北は、わたしが迂闊だったせいだと思います……」

「ゆきねぇが謝ることじゃねえ。もともとこのギャンブルは、俺たちが参加しようって急き立てたんだ」

「そうだ。ゆきねぇはずっと反対してたのに……」

「……いえ。結局はここにいるんですから、わたしにだって責任はあるんです」

 宮沢たち三人の星の総数は、まだ朋也たちをはるかに凌いでいる。

 この勝負に負けたために、得たかったテストの点数には届かなくなったのかもしれないが、それでも充分に勝ち残れる。

 宮沢たちはこれからどうするのだろう。

 残りのカードを引き分けで消費し、ギャンブルを終えるだろうか。

 それとも、まだ戦いに身を投じるのだろうか。

「毒を食らわば皿まで……か」

「……朋也くん?」

「いや、いっそ徹底しようと思ってな。俺たちの戦略を」

「……買い占めを続けるってことですか?」

「そうだ」

「岡崎、その戦略は破綻したんじゃなかったのか?」

「宮沢たちにパーを買い占められたせいでな。けど……」

 朋也はにやりと笑って。

「それなら、代わりに俺たちがパーを買い占めてしまえばいい」

 渚と春原はきょとんとする。

 その間にも朋也は、宮沢たちのところへ足を進ませる。

「宮沢」

 声をかけると、宮沢が反応するよりも先に須藤と田嶋が立ちはだかる。

「なんだ? まさかもう一戦したいなんて言い出すつもりじゃねえだろうな」

「こっちはてめえのせいで散々なんだ、それとも次は喧嘩でケリつけるか?」

「俺たちはこんなギャンブルよりそのほうが専門だからよ」

「須藤さんっ、田嶋さんっ」

 宮沢が一喝すると、ふたりはすごすごと後ろに引く。

「すみません……。不快な思いをさせてしまって」

「いや、無遠慮に声かけたのは俺のほうだしな」

「岡崎さん、わたしたちにまだ用なんですか?」

「ああ」

「……本当にもう一戦したいんですか?」

「いや」

 朋也は首を振る。

「宮沢は後ろのふたりと違って冷静だ、俺がそう言っても乗ってこないだろ」

「はい。余分なカードはなくなり、あとはもう引き分けでカードを消費させるだけですから」

「お、おいゆきねぇっ」

「こいつに負けた分の星はどうすんだよっ」

 騒ぎ出す須藤と田嶋に、宮沢は諭すように言う。

「ギャンブルは、ここでおしまいです。わたしたちはこれ以上、戦う必要はありません。言っていたじゃないですか、これがラストの勝負だって」

「け、けどよ……」

「今の星の数じゃ、ゆきねぇのテストの点数を稼ぐことが……」

「いいんです。わたしは潔く夏休みに補習を受けようと思っていますから」

「だ、ダメだっ」

「それじゃあ、なんのために俺たちはギャンブルなんかやってたんだよっ」

「俺たちのケガにかまけてたから、ゆきねぇはテストを受けられなかったってのに……」

「ゆきねぇにこれ以上迷惑かけたくねえから……」

「なにを言ってるんですか、わたしは迷惑だなんて一度だって思ったことはありませんよ」

 そして、宮沢は包み込むような笑みを浮かべる。

「だって、おふたりのケガの治療は、テストよりも大切なことだったんですから」

 須藤と田嶋は言葉をなくす。

「それよりも、わたしのほうこそすみませんでした。わたしはおふたりの点数を稼ぎたかったのに、負けてしまって……」

 宮沢はぺこりと頭を下げる。

 須藤と田嶋はすでに滂沱と泣いていた。

「それで、岡崎さん。わたしに用というのは?」

「……ああ」

 朋也は気を取り直して、

「これからカードを消費するだけなら、俺にそのカードを全部ゆずってくれないか?」

「……わたしたちのカードを?」

「ああ。俺たちは、まだ戦わなきゃならないからな」

 宮沢はうなずいた。朋也がなにを考えて膨大なパーを欲しがっているのか、意図を察したのかもしれない。

「岡崎さん……」

 宮沢は毅然として言った。

「わたしが負けたのは、あなたに力が及ばなかったからです」

 そんなことはなかった。あったとしても、それは紙一重だった。

「ですが、もしも次の機会がありましたら、今度は負けませんからね?」

 楽しそうに言って、宮沢はカードをすべて朋也に託した。

 これで朋也の手にはグーとほぼ同数のパーが握られることになる。

 宮沢は泣きくずれる二人の手を引いて、ギャラリーへと向かっていく。

 途中、一人につき3コを越えている星を、主催者側が買い取っていた。

 星の売買は参加者に持ちかけるだけが方法ではないようだ。主催者側も点数に変えてくれるらしい。

 朋也は、宮沢の凛とした後ろ姿をぼんやりと眺めていた。

「……次の機会、か」

 ギャンブルに限った話じゃない。もしも宮沢と敵対することになったら、自分は太刀打ちできるだろうか?

「おまえ、兄貴に負けないリーダーになれるよ」

 その不良グループと戦うことだけは避けたいなと、身震いしながら朋也は仲間のもとへと戻っていった。




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