第19話
「なあ岡崎……。そんな大量にパーなんかもらって、どうするんだ?」
「そ、そうです、朋也くん。グーの買い占めは失敗したのに、また同じことをしても……」
「まあ聞いてくれ。たとえばだけど、これからもっと時間が過ぎてギャンブルが終了間際になったとするだろ?」
朋也はふたりに丁寧に説明を始める。前回と違い、今回は作戦の内容を隠す必要はない。
「そうなると、1枚だけカードを残してるような参加者が多くなると思う。いつまでも2枚、3枚と持っていてもしょうがないからな」
「そりゃあ、終了までにカードを全部使い切らなきゃ、星を3コ集めていようが負けになるからね」
「そのときにだ、その誰かのラスト1枚のカードの内容がわかっていたとしたらどうする?」
「……必ず勝てるんじゃない?」
「じゃあその、戦えば必ず勝てる相手ってのが何人もいたらどうする?」
「願ってもない話だけど」
「で、ですけど、そんなこと現実には……」
「わかってる。普通にやってたらまず不可能だ」
朋也はにやりと笑って、
「だが、その不可能は、買い占めをすれば可能になる」
「……岡崎、ちゃんとわかるように教えてくれよ」
「おまえもちゃんと思い出してみろ、そもそもグー買い占めの戦略でもそうだっただろ。相手の持つカードがチョキの確率が高くなると踏んで、俺たちはグーを集めたんだ」
「あっ……だから今度は、パーも買い占めるんですね」
渚は理解したのか、うなずいた。
「そうだ。グーとパーを押さえられれば、可能性はさらに高まるからな」
朋也は意気揚々に続ける。
「俺たちは必勝のカードを確実に手にできる。俺たちだけがそれを手に入れることができるんだ」
「岡崎、ちゃんとわかるように教えてくれよ」
「おまえもたまには理解する努力をしてくれ」
「朋也くん、ギャンブルの終了間際になれば、グーとパーをたくさん持ってるわたしたちはほかの方より有利になるってことですよね」
「ああ。グーとパーを俺たちが買い占めるってことは、グーとパーのどちらかは、終盤になれば俺たち以外誰も持っていないって状況ができあがるかもしれないからな」
つまりはこういうことだった。
グーを朋也たち以外誰も持っていない──ゼロになったら、残りはパーとチョキしかない。つまりチョキを使えば、誰が相手だろうと必勝できる。
そしてパーがゼロなら、残りはグーとチョキとなり、グーを使えば必勝できるのだ。
「俺たちはリスクなく勝ちを積み重ねられる。充分に勝ったところで、引き分けでカードをなくす。これはグーの買い占め戦略と同じだな」
朋也は、どうだ? と春原を見た。
「どうだもなにも、最高じゃないか!」
春原は鼻息を荒くしていた。
ちなみに朋也たちのカード状況は、宮沢から譲り受けたカードが加わり、グー30枚、チョキ5枚、パー34枚。
合計69枚となっている。
一方、電光掲示板が示すカードの総数は、グー53枚、チョキ26枚、パー56枚。
合計は135枚。
現在の朋也たちは、全体の50%を超えるカードを占有していることになる。
そしてそれは、これから時間が経つにつれ、パーセンテージが上昇する。
朋也たちの買い占め率が上がっていくのだ。
「じゃあ僕たちは、その買い占め率が上がっていくのを待ってればいいんだね」
「そうだな。残り時間に気をつけながらな」
現実的に考えれば、グーとパーのどちらとも100%買い占めることは難しいだろう。だが限りなく近づくことはできるはずだ。
だから、あとは待つ。
理想的な状況になることを、祈りながら待つだけ。
その間、グー買い占めのときもそうだったが、焦りや不安が湧いて落ち着かない。
ギャンブル終了までの残り時間は、40分弱といったところだ。
「大丈夫です。きっと勝てます。朋也くんの作戦は、これまでもうまくいってるんですから」
渚が励ますように言う。
朋也はなにか応じようとして、ふと気づいた。
「渚……おまえ」
「はい?」
「体調、悪いんじゃないか」
渚の顔が赤かった。熱があるように見える。
汗も少しかいているようだ。
「い、いえ、そんなことありません」
無理にガッツポーズを取っている。
もう遅い時間なのだ。普通ならとっくに就寝していておかしくない。
もともと体力のない渚だし、勝負の緊張が身体に負担をかけているのかもしれない。
「渚ちゃん……具合悪いの?」
「いえ、ちょっと暑くて汗かいちゃっただけです」
「……渚、ちょっと待ってろ」
「と、朋也くん、どこ行くんですか?」
「杏に言って、おまえを家まで送ってもらう」
「ま、まだギャンブルの途中じゃないですか」
「それよりおまえの体調のほうが心配だ」
「ほんとに大丈夫なんですっ」
渚の強い口調に、一瞬たじろぐ。
「それより朋也くん、わたし考えたんですけど……。ここで三人集まってると、まずい気がするんです」
「どういうこと、渚ちゃん?」
「わたしたちがこうしていると、いかにもなにかを待ってますって感じに見えるじゃないですか」
渚の言ったことは一理あった。
グー買い占めのときは参加者がまだ多くて、朋也たちが三人集まっていても目立っていなかったが、今はその参加者も減っている。
もし買い占めに気づかれてしまえば、宮沢にしてやられたのと同様、この作戦も破綻する。
「ですから、目立たないように一時解散にしませんか? 時間を決めて、またここに集まるということにして」
「岡崎、どうする?」
「どうするもこうするも、その前に渚を……」
「朋也くんっ」
渚はずいっと朋也に迫る。
「朋也くんが言ったんじゃないですか。ふたりで勝って、一緒に卒業しようって。ここでわたしが抜けたら、それもできなくなってしまいます」
そのとおりだった。
渚をギャンブルから棄権させれば、負けと同じ扱いになるだろう。そうなれば、たとえ朋也が勝ち残っても意味がなかった。
「わたしはこのギャンブルで、なんの役にも立っていないかもしれないですけど……」
だけど、と渚は続けて。
「朋也くんの足をひっぱることだけは、絶対にしたくないんです」
朋也は息を呑む。
「では、十五分後にまた集まるということで、わたしたちは分かれましょう」
渚は一方的に告げ、歩き去っていった。
その足取りは思ったよりもしっかりしている。無理をしているのかもしれないが、それは勝利をつかむための覚悟にも感じる。
だから朋也も追わなかった。
渚のためにできること。それは、勝つこと。
勝つことしかないんだ。
「岡崎、じゃあ僕も行くよ」
「……ああ。十五分後にな」
「最近、ざわざわしてないよね」
「あれやるとギャグになるし」
「絶望した! アニメ最終回の僕がどうでもいい扱いで絶望した!」
ざわざわするまでもなかった。
春原も立ち去ると、朋也はひとり残される。
だが、ひとりでいる時間は短かった。
すぐに違う誰かが、ほとんど入れ替わりでやって来たのだ。
「風子、参上〜☆」
とっくにギャラリーに登っているかと思いきや。
実はまだ残っていた風子が、朋也の目の前でヒトデを掲げていた。