第17話
「ゆきねぇ、こんなやつの言うことなんか聞くことねえ。さっさと行こうぜ」
「そうだ、わざわざ危険な橋渡ることねえんだからよ」
「……いえ。この勝負、受けて立ちます。岡崎さんはここまでしてくれたんですから」
「ゆきねぇ!」
「それに、わたしだって最後くらいリスクを負いたい……。いつまでも須藤さんと田嶋さんの後ろで甘えていたくありません」
騒ぎ立てる須藤と田嶋に、宮沢は毅然として言った。
「これは、わたしの勝負なんですから」
そして宮沢はテーブルの前に立つ。
「須藤さん、田嶋さん、安心してください。わたしは負けるつもりはありません」
朋也もまた渚や春原と離れ、宮沢と対峙する。
「わたしが勝ったら、星が3コ手に入ります。軍資金の600点も加わります」
宮沢は言い聞かせるように言葉を継ぐ。
「勝ち残るには星が3コ必要。余った分はほかの生徒に買い取ってもらえる。軍資金と合わせれば、わたしの手持ちの点数はかなりの余裕ができる……」
宮沢はふっと笑って。
「だから、おふたりにも分けてあげられると思うんです」
須藤と田嶋は色めき立つ。
「でもそれは、ゆきねぇの来期のテスト分で……」
「来期のテストは、わたしはちゃんと受けるつもりです。それよりも、おふたりもちゃんと卒業しないと、兄さんが化けて出てくるかもしれませんよ?」
須藤と田嶋はぐうの音も出なくなる。
紆余曲折はあったが、朋也と宮沢の星3コを賭けたギャンブルは成立した。
「宮沢、乗ってくれて感謝する」
「いえ、もともとはこちらが勝負を持ちかけたんですから。純粋な運勝負を」
「そうだな、なら気兼ねなくいかせてもらう」
最初に動いたのは朋也。グー買い占めのために大量にそろえたカードの中から、1枚を選択した。
それを見て宮沢も動く。同じく1枚のカードを取り出した。
審判の杏が言う。
「この勝負に負けたら、朋也。あんたをギャラリーに連れていくからね」
「ああ、わかってる」
そしてそれは朋也だけではなく、渚と春原も含まれる。
「岡崎っ、おまえの幸運に賭けるからなっ」
「がんばってくださいっ」
春原と渚の応援を背に、朋也はカードを前に掲げる。
宮沢もそれに続く。
「チェック!」
文字通り、生きるか死ぬかの大博打。
いや、博打ではない。これは戦い。
背負う命は朋也のものだけじゃない。
自分と、そして仲間二人の命を守るための戦い。
手が震える。
武者震い。
朋也は、これほどの緊張は久しく感じていなかった。
肩を痛めてからの自分は、なにをするにも無気力だったかもしれない。
こうして死に物狂いで勝利をつかもうとしたことなどなかったかもしれない。
だけど今、朋也はたしかに感じている。
この興奮──高い鼓動を感じている。
「セット!」
ふたりは同時にカードをテーブルに置く。
朋也は勝利を信じ。
そして、宮沢もまた勝利を求め。
宮沢は思っていた。
宮沢は、朋也とはついさっき顔を合わせたばかり。そのため、朋也は宮沢がパーを買い占めていたことしか知らない。
同じく宮沢も、朋也がグーを買い占めていたことしか知らない。
だからといって、宮沢がパー、朋也がグーしか持っていないとは限らない。
買い占めの過程ではほかのカードも集まるからだ。
パーだけを都合よく渡してくれる生徒などいなかった。余ったカードの処分に困っている生徒でなければ、取引はできなかったから。
そして宮沢はそれを実践しているから、パー以外のカードも持っており、間違いなく朋也もグー以外のカードを持っている。
おたがいにグーチョキパーの全種のカードを所持していると、おたがいが思っている。
だから朋也は純粋に運の勝負を持ちかけている。
それは本来、ギャンブルに置いては最も危険な賭けだった。兄のケンカをそばで見ることが多かった宮沢だから知っている。
勝負には本来、運否天賦はない。
相手よりも力を持つ方が必ず勝つ。だから兄はどんな相手にも負けたことがなかった。
宮沢も、そうでありたかった。
宮沢は、そんな兄が大好きだったから。
この勝負にだって負けるつもりはなかった。
運の勝負をするつもりなんてなかった。
朋也は、グーを出してくるだろう。
運否天賦の勝負だと思っている朋也だからこそ、グーを出すべきだと考えている。
そう推理できるのだ。
なぜなら、グーの価値が暴落した今、どうせカードを消費するならグーしかないと考えてしまうから────
「……っ」
宮沢はびくっとして手を引いた。一度はテーブルに置いたカードを持ったまま。
────なにか、おかしい。
わたしは今、このカードで勝てると推理した。
それは、岡崎さんがグーを出すと踏んだから。
だけどおかしい。
そもそもなぜちょうどよく、そんなことが起こり得る?
最初に考えたとおり、岡崎さんは、グーチョキパーの全種のカードを持っているだろう。
だけどわたしは、たとえ全種を持っていたとしても、この勝負で使えるカードは1枚しかない。
そう。たった1枚しかない。
ただ、それを悟られないようにしただけで。
岡崎さんに、単純な運勝負だと思わせただけで。
なのになぜちょうどよく、選択の余地のないこのカードを出せば勝てるなんて推理が成り立ってしまう────?
「ま、待ってください、この勝負……」
「杏っ」
宮沢の挙動を見た朋也は、すぐに叫んだ。
「認められるのか? 宮沢は一度カードを置いている。セットに入った時点で中断なんてできるのか?」
「できないわ。セットに入ったらカードチェンジは認められないのと同じことよ。あとはもう、カードを開くだけ」
「宮沢、聞いてのとおりだ。もう一度、そのカードを置け。そして俺と勝負しろ」
宮沢は苦しそうに吐息をつく。
「……どうしたんだ、ゆきねぇ?」
「わかりません……ただ、嫌な予感がして……。まるで、この勝負が最初から仕組まれていたような……」
「いい勘してるな、宮沢」
朋也はにやりと笑う。
「おまえは、俺が三種のカードを持っていると知っている。俺たちはどっちも買い占めをやってたからな。だから俺も、おまえが三種のカードを持っていると考える。そう、おまえは推理する」
一呼吸置いて、続ける。
「だけどな、違うんだ。おまえは三種のカードを持っていたとしても、使えるカードは1枚しかないんだよ」
「ど、どうして……」
「おまえが俺たちに会いにきたとき、なんて言ったか覚えてるか?」
「……はい。勝負をしませんか、と」
「正確には、最後の勝負をしないか、だ」
宮沢の顔がさっと青ざめる。
「そのあと、須藤だか田嶋だかも言ってたな。自分たちは一回だけ勝負ができればそれでいいって」
須藤と田嶋はまだ気づいてない、だが宮沢はその大きな過失に気づいたようだった。
「買い占めという戦略を思いついた俺たちは結局、似た者同士だったってわけだ。だから最後の勝負でおまえが使うカードがなにかも、俺だから簡単に予想できた」
宮沢は言葉を失っている。
「俺だからこそ、おまえが置いたカードがどうしても勝負で消費するしかない余分なカードなんだって、わかったんだよ」
「……岡崎、さっきからなに言ってるんだ? 余分なカードってなんだよ」
「なあ春原、仮に俺たちが買い占めたグーで連戦連勝してたら、そのあとどうするつもりだった?」
「どうって、そりゃあもう充分星が集まったら、余ったカードを仲間内で引き分けにして消費させて……」
「ああ、そうだ。じゃあすべてのカードをうまく引き分けで消費するための条件はなんだ?」
「ええと……?」
「……わかりました、朋也くん。カードの枚数を、グーチョキパーそれぞれが偶数になるようにすればいいんです」
「正解だ、渚。きれいに二分割できるなら、仲間内だけの勝負で全カードを消費できる」
「あ……じゃあ宮沢さんは、それができなかった……?」
「そうだ。俺たちに勝負を持ちかけたのは、カードを二分割できなかったからだ。最後の勝負と言ったのは、1枚だけカードが余っているって意味だったんだよ」
「……ですが、岡崎さん」
宮沢はキッと朋也を見据える。
「余分なカードが1枚だとわかるだけでは、わたしが出すカードの内容までは予想できないと思います」
「それがな、できるんだよ。というか、明白だ。だっておまえはパーの買い占めをしていたんだから」
「…………」
「たしかにグーとチョキも、パーを集めるにあたってどうして増えてしまう。だけどこっちは調節がきく。グーとチョキは偶数でしか引き取らないとかな」
宮沢は沈黙を保っている。
「だけど、パーは多いに越したことはない。だから枚数を気にせずに集めてしまった。そして買い占めが充分だと判断した時点で、パーは奇数になっていたのさ」
朋也は、テーブルに置いた自分のカードを開いた。
「違うか、宮沢?」
朋也のカードはチョキ。
それを見た宮沢の唇が震える。
「置け、宮沢。おまえのカードを見せてくれ」
宮沢はテーブルに手をつき、大きく息を吐き出した。
「ゆ、ゆきねぇ……」
「おい審判っ、こんな勝負無効だろうがっ、ゆきねぇはまだカードを置いてない……」
「……やめてください、須藤さん、田嶋さん」
宮沢は、一度は引いたカードをテーブルに置いた。
「勝負とは、時の運じゃない。力を持った方が勝つ……」
静かにカードを裏返す。
「わたしたちは、それを兄から教わっていたはずです……」
宮沢のカードは、パー。
春原が両腕を振り上げ、歓声をあげた。
渚が、そっと朋也に寄り添う。
朋也は、渚に笑いかけた。
「これでなんとか、盛り返したな」
この勝負により、宮沢から星が3コ手渡される。
朋也たちの星の総数、6────
希望の灯は、守られた。