第16話
「最後の勝負……と、いきたかったんですけど」
宮沢はちらりと朋也の胸を見る。
そこには星のバッジが一つだけ付いている。
「岡崎さんは星を1コしか持っていません。ですからわたしとは違って、勝負をするにはリスクが大きいと思います」
宮沢の星は3コを越えていた。
一方の朋也は、一度でも勝負に負けたら、このギャンブルの負けも確定する。
「ですから、無理にとは言いません……。どうしますか?」
「その前に聞かせてくれ。なぜ俺に勝負を持ちかけるんだ。春原たちにやったようにカモにしたいのか?」
「……いえ、それは違います」
宮沢はおっとりと答えを返す。
「今となっては、岡崎さんはやみくもにグーを出すような真似はしないと思います。わたしはただ純粋に勝負をしたくなったんです」
「宮沢にしては好戦的だな」
「岡崎さんは、わたしと同じく買い占めの戦略を思いつきました。ですから親近感が湧いたのかもしれません」
相手が戦略破綻の原因のせいか、朋也には宮沢の言葉がどうしても言いわけがましく聞こえてしまう。
「好敵手と言ったら、聞こえはいいかもしれませんけど……。そうですね、わたしは好戦的なのかもしれません。これも兄さんの影響でしょうか」
「勝負を挑む理由は、それだけか?」
「はい」
朋也は思案する。隣では渚がどうしていいかわからないように、朋也と宮沢を交互に見ていた。
「……わかった。その勝負、受けよう」
「ありがとうございます」
「俺の相手は宮沢なんだろ?」
「はい。須藤さんと田嶋さんは、これまでわたしのためにたくさん星を集めてくれました。最後くらい、わたしも自分の手で勝負をしたいんです。これはもともとわたしのためのギャンブルなんですから」
朋也たちはテーブルに移動した。
朋也と宮沢の後ろにはそれぞれ二人の仲間がいるため、一見すると3対3のチーム戦に見える。
「なあ宮沢、勝負をするのはいいが、代わりに条件をつけてもいいか」
「はい、なんでしょう?」
「この一勝負で星を3コ賭けよう」
朋也以外の五人が驚いた。
「おいおい、なに寝ぼけたこと言ってんだ? 勝手にルールを変更してるんじゃねえよ」
須藤がいち早く食ってかかる。
「これはルールの変更じゃない。杏、べつにこういうのは問題ないんだろ?」
手近にいた審判の杏に振る。
「ええ、星を何コ賭けようが自由よ。まあ星の譲渡だって認めてるんだから言うまでもなんだけど」
「そういうことだ。星1コの勝負のあとに星2コをタダで渡すのと同じだからな。宮沢、それでいいか?」
「いいわけねえだろ。ゆきねぇ、そんな話に乗ることねえぜ」
「そのとおりだ、俺たちは一回勝負ができればそれでいいんだからよ」
宮沢が答えるよりも先に、後ろの二人が騒ぎ立てる。
「なんだおまえら、宮沢が負けるって最初から決めてかかってるのか?」
「そうじゃねえっ、ゆきねぇにメリットがないって言ってんだ。ゆきねぇはもう3コ以上星を持ってる、俺たちのを合わせれば10コを越えてるんだぞ」
「これ以上無理して勝たなくても、余裕で勝ち残れるってことか」
「ああ、そうだ」
「おまえら、この勝負が終わったら自分の星をすべて宮沢に渡すのか」
「そりゃあな。そのくらいしねえとゆきねぇの普段の点数には届かねえ。ゆきねぇは成績優秀だからな」
「そうなるとおまえらは負けになるが、その場合はどうなるんだ?」
「さあな、うちらの学校に連絡がいってなんらかの罰は喰らうだろうが、そんなの今さらだ。痛くも痒くもねえよ」
「要するに、ここで俺に負けて星を3コ失ったら、宮沢は成績を落とすことになりかねないってことか」
「わかってるなら、こんなふざけた勝負を持ちかけてくるんじゃねえよ」
「いいや、星3コを賭けることはゆずれない」
「こいつっ……」
「もういい。行こうぜ、ゆきねぇ。勝負する相手ならほかにもいるしよ」
宮沢は困惑顔だったが、結局は須藤と田嶋の意を汲み、ぺこりとお辞儀してきびすを返す。
「待て」
朋也は三人が立ち去る前に、手持ちの軍資金である600点をテーブルの上に置いた。
「もしそっちが勝ったら、星3コに加えてこの点数も渡してやる。これだけあれば宮沢の来学期のテストも安泰だろ。あんたらも今後ケガの治療を頼みやすくなる」
「……岡崎さん、本気ですか?」
「ああ、本気だ」
「な、なあ、岡崎」
これまで沈黙を保っていた春原が割り込んだ。
「もしこの勝負が成立したら、僕の星も賭けるのか?」
「今さらなに言ってる。星3コの勝負なんだから」
「朋也くん、わたしの星も使うんですよね」
「ああ、悪いな」
「いえ、わたしは朋也くんを信じてますから」
「助かるよ」
「はい。ですから春原さんも朋也くんを信じましょう」
「い、いや、待ってくれよ」
「待たない。もうほかに道はないんだ。残り時間も一時間を切ってるし、ぐずぐずしてたら俺たちはゲームオーバーだ。だからこそ星3コを獲れる大勝負に出るべきなんだよ」
「いくら残り時間が少ないからって、そんな運だけに頼った勝負なんて……」
「それでも勝てば俺たちの星は6コだ。倍になるんだぞ。一気に勝ちに近づくんだ」
「嫌だっ、岡崎が勝負に出るのは勝手だけど、僕の星まで巻き添えにしないでくれよっ」
「安心しろ、おまえの骨は拾ってやる」
「僕が負けたらあんたも負けるのになんで他人事みたいなんですかね!?」
「俺、この勝負に勝ったらまともに就職するんだ……」
「僕も巻き添えになるのに死亡フラグ立てないでくれますかね!?」
「ふ、ふたりとも、ケンカはやめてくださいっ」
三人の言いあいを眺めていた宮沢は、おそらく勝負は成り立たないだろうと踏んでいた。
朋也、渚、春原は所有する星が1コだけ。命そのものとも言えるそのたった1コの星を、他人にあずけることは難しい。
大切なものであればあるほど、他人に委ねることは難しい。
少なくとも春原は首を縦に振らないだろう。
宮沢は、内心ホッとしていた。本音を言えば朋也とは戦いたくなかった。
資料室で少なからず縁があった朋也に、この手で引導を渡してしまうかもしれないなんて、心優しい宮沢には耐えられない。
最初になぜ勝負を挑んだかと言えば、どうしても必要があったからだが、それは相手が朋也でなくとも問題ない。
「……行きましょう、須藤さん、田嶋さん」
そう声をかけ、宮沢が今度こそ立ち去ろうとしたそのとき。
「待てって言ってるだろ、宮沢」
朋也が、宮沢の華奢な肩に手を置いた。
宮沢はびくっとして振り返る。
「おいてめえっ、ゆきねぇになにしやがるっ」
「外野は黙ってろ。宮沢、こっちの話はついたぞ」
「……え?」
「渚も春原も、俺に星をあずけてくれた」
「……春原さんもですか?」
「ああ。だよな、春原」
「もちろんさ。僕たち、友達じゃないか」
反応が180度変わっている。
「その代わり渚ちゃんのお姉さんとデートさせてくれる約束忘れないでくれよ」
渚の母である早苗をいまだに姉だと思い込んでいる春原だった。
「こ、こんな約束、いいんでしょうか……」
「渚、案ずるな。このギャンブルに勝っておまえが卒業できるなら、早苗さんだってよろこんでくれるから」
「は、はい。すみません、お母さん……」
「お母さん?」
「春原、今のは聞き間違いだ」
そして朋也は、改めて宮沢に告げた。
「宮沢。星3コの勝負、受けてくれるな?」