第6幕 4日目午前
□地図
なだらかなスロープに、まばらに立った木々。
揺れる葉っぱに昇ったばかりの太陽の光が当たるその光景を、ぼんやりと眺めながら、水瀬名雪は膝を立てて座っていた。
「……名雪さん。お願いですからすこしは眠ってください」
鹿沼葉子が、あきらめの混じった声をかけてくる。
この場所――祐一と待ち合わせている島の西端、丘の麓に葉子とたどり着いてから、名雪は眠るどころか一時も横になっていなかった。
体調は、すこぶるとはいかないまでも、診療所にいた頃よりもよくなっていた。薬が効いたのか、それとも最初から症状自体が些細なものだったのか。どちらにしろ名雪は、葉子と、そして祐一には感謝していた。
わたしがこうしていられるのは、二人のおかげなんだから。こうして生き残っているのは、二人の……。
名雪の横顔には疲労の色が濃く出ている。体調が回復したといっても、一睡もしていないのだからそれは当然だった。
「……それとも、なにか食べますか? 簡単なものしか作れませんが」
名雪は答える代わりに、膝の間に顔をうずめる。それから、ふくらはぎに巻いてある真新しい包帯を指でなぞった。
何回も、何回も。機械的に。
「……名雪さん、心配なのはわかります。ですが、私たちは待つしかないんです。なら、体力だけでも養っておくのが義務というものでしょう」
「だって」
ぽつりと言う。
「だって祐一、遅すぎるよ……」
もう、何時間が経過したんだろう。
診療所を出て、よくわからない霧に襲われて、そして離れ離れになって。この場所で待ち合わせしたのに、なのに祐一、ぜんぜんやって来る気配がなくて。
そしてもう、朝になってしまった。
あの霧。どす黒い霧。山頂でも見た、とても怖い霧。
霧はこっちには来なかったから、きっと祐一のほうに向かったんだ。
今ごろ、もしかしたら祐一は――
「何か、あったんだよ。ぜったい……」
「そうかもしれませんね」
「そうかもって――」
名雪は顔を上げた。意識せず、ぽろぽろと涙がこぼれた。
無表情だった葉子が、「うっ」とバツが悪そうにして視線を逸らす。
「……今ごろこちらに向かってますよ」
「向かってるなら、こんなに遅くなるはずない」
「……道に迷ってるんですよ、きっと」
「祐一、そんな方向音痴じゃない」
でもいつだったか、商店街から知らない場所に出てしまって迷ったと、祐一は言っていた。そんなことをふと、思い出した。
そのときたしか、祐一と一緒にいた女の子の名前は。
「葉子さん」
名雪は立ち上がった。
「わたし、探してくる」
「だめです。たとえ一人で行くといっても、私がさせません」
強い語調に、名雪の足が硬直する。
「それでは私があなたを預かった意味がなくなります。祐一さんが危険を冒してまで私たち二人を逃してくれた、その意味がなくなってしまいます」
「でも……でも祐一、もし怪我してて動けなかったら。ううん、それどころか――」
かぶりを振る。ぶんぶんと、強く、何度も。
けれどその想像は頭から離れてくれない。
「名雪さん。祐一さんは、約束を破るような人なんですか?」
その口調もやっぱり強くて、名雪は視線を落とした。
「ううん、そんなこと……」
ない、と言おうとして。
名雪はその先を続けられなかった。
続けたいのに、続けられなかった。
それは幼い頃のこと。そして、祐一が七年ぶりに自分たちの街にやってきて、まだ間もない頃。
祐一はわたしとの約束を破った。
二度、破った。
それはほんの些細な約束事だったけど、でも祐一は私との約束を破った。
そして祐一は、そのとき、あの女の子と。
あゆちゃんと――
「名雪さんは祐一さんのことが好きなんでしょう?」
びくっと肩を震わせて、名雪は顔を上げた。
「恋人同士なのでしょう?」
葉子がこちらを見据えていた。こちらの表情を探るような視線……それから、ふっと笑む。
「だったら、祐一さんを信じてあげましょう。信じて、ここで待ち続けましょう」
名雪はしばらくなにも応えなかった。
祐一を探しに行きたくて、信じたくて。祐一を信じてずっと待っていたくて。そしてそこには、不安と迷いが入り混じっているのに、名雪は気づいていた。
「……うん」
名雪は大きく息を吐き出した。ぺたんとその場に座り込む。
「横になっていてください。祐一さんが来たら起こしてあげますよ」
「……葉子さんは?」
「私はたくさん眠りましたから。だから見張り番です」
葉子がデイパックから横長の箱を取り出した。かぱっとふたを開けて、中のものを組み立て始める。
名雪の武器である望遠鏡だった。
「これを使って祐一さんを探してます。だから名雪さんは」
「……うん」
名雪は草の上にこてんと横になった。
かちゃかちゃと、望遠鏡を組み立てる音だけが聞こえる。
「……でもね、葉子さん」
名雪はまぶたを閉じた。
「わたし、片想いなんだ」
しばらくしても、眠気はやって来なかった。
国崎往人がそれに気づいたのは、朝起きてからすぐのことだった。
「……観鈴?」
観鈴の表情に、赤味が差していた。
砂浜をベッド代わりに、身を丸くして観鈴は眠っている。昨夜からずっとその体勢だった。そのときは特に異常はなかったが、今は、ときおり苦しげに身じろぎし、寝息も穏やかとは言いがたい。
観鈴の肩を、往人はすこし乱暴に揺さぶった。
……熱い。
手の平に加わる感触が、制服の上からでもわかるくらいに熱っぽかった。
「おい……観鈴」
揺さぶる手が、だんだんと激しいものになる。不吉な想像が現実味を帯びて頭に浮かび上がってくる。
この今の観鈴の状態に、なにかひっかかるものがあった。
「ん……」
往人の手が、ぴたと止まる。観鈴がうすく瞼を開けてこちらを見ていた。
「……あ。往人さんだ」
「ああ、俺だ」
「がおがおしてるね〜」
「してない」
してるのはTシャツだけだ。
「ていうか、朝一番のあいさつがそれか」
「にはは。おはよ」
「ああ。で、おまえ、大丈夫か」
「え……なにが」
よくわからない、といった様子。
「おまえ、ちょっと立ってみろ」
「おやすみ〜」
「寝るな」
「今何時?」
「知らん」
時計なんか持ってはいない。が、昇った太陽の角度から早朝であることはわかる。
「じゃ、おやすみ〜」
「なんでそうなる」
ぽかっ、と小突く。
「が、がお……。なんでそんなことするかなぁ」
「おまえ、その口癖やめろって……」
と、途中で言葉を呑みこんだ。
一瞬、晴子の顔が浮かんだから。
「それよりおまえ、具合悪いんじゃないのか?」
「え……そうなの?」
「……いや、訊いてるのは俺のほうだ」
「じゃ、おやすみ〜」
「だからなんでそうなる」
ぽかっ、と小突く。
「が、がお……。なんでそんなことするかなぁ」
「おまえ、その口癖やめろって……て、会話をループさせるな」
ぽかっ、と小突く。
「が、がお……。わたしのせいじゃないのに」
「おまえががおがお言うのが悪い」
「往人さんもがおがおしてる」
「してない。してるのはTシャツだけだ」
というか話が先に進まない。
「にはは。それ似合ってるね」
「…………」
……いや。話が進まないというよりは、逸らされている気がした。
「そのTシャツが往人さんを守ってくれたんだよね」
「……そうだな」
「にはは。プレゼントした甲斐あった。うれしい」
明るい声。
けれど観鈴はいまだ身体を横たえ、寝ぼけたように瞼は半分しか開いていない。
「……おまえ、やっぱり立てないんじゃないか」
「そんなことないよ」
「じゃ、立ってみろ」
観鈴は答える代わりに、こちらをじっと見る。
「……いや。体調悪いんだったら、寝ててもいいが」
強い態度に出られなかった。こんなふうに真っ直ぐに見つめられると。
「ううん。平気平気」
観鈴が手の平でぎゅっと地面をつかんだ。唇を引き締め、うーん、と唸る。
が、だんだんと頬が紅潮していくだけで、いっこうに立ち上がる気配はなかった。それどころか、上半身すら起こしてはいなかった。
「……もういい」
観鈴は、ただ何かに堪えるようにして腕に力を込めていた。
その顔が、だんだんとゆがんでくる。
「……もういいって」
肩に手を置く。びくり、と観鈴が震えた気がした。
観鈴は、ゆっくりと顔を上げた。
「にはは。観鈴ちん、ぴんち」
笑った。弱々しい笑みだった。
この観鈴の状態に、往人は覚えがあった。それは幼少の頃から語り継がれてきた遠い記憶――母の言葉。翼を持つ少女の話。
徐々に身体が動かなくなっていくという、呪いの話。
その話に、観鈴が癇癪を起こして泣き騒ぐ姿が重なる。
――そして確信する。
海の匂いがするあの田舎町にたどり着き、そして観鈴に出会ってから頻繁に思い出すようになった翼を持つ少女の話と、そして今、自分の目の前にいる、弱々しく笑う観鈴の顔が、往人の頭の中で完全に一致する。
母の言葉と観鈴のこの状態が合致する。
それは唐突にそうなったのか……それとも前々からの予感だったのか。
ただわかっているのは、観鈴がこうなってしまうことを当然のように受け止めている自分がいること。
それがなぜ今なのかなんて、そんなことは問題ではなかった。それよりもこれから先どうするのかが重要だった。
「……行くぞ」
観鈴の身体を、肩を支えて起こした。観鈴が目をぱちくりさせる。
「行くって、どこに?」
「どこかゆっくりできるところだ」
細い腕を、自分の首に巻きつける。
「ここ、寒いだろ」
海風が、ゆらゆらと湿った空気を運んでいた。太陽は昇ったばかりで、気温はまだ肌寒い。
「……うん。でも、気持ちいいよ」
観鈴を背中に乗せて歩き出した。
向かう場所は……集落か妥当か。診療所でもいい。砂浜で寝かせるよりはずっといい。
しばらく無言が続いた。背中から伝わる熱い体温が、往人の足を急がせる。
砂浜を出て、土の地面に足を踏み出したとき、ちらと目に入ったものがあった。
バイクだ。晴子の使っていたごついバイク。
これを使って移動しようかと思って、観鈴には酷かと考え直す。
せっかくガソリン補給したのにな……。
「……往人さん」
背中から聞こえた声に、足を止めた。
「なんだ? バイク乗りたいのか?」
「え、往人さん運転できるの?」
「知らん。でも動かせる自信はある」
乗ったことはないが、その気になれば法力で動かせそうだ。疲労はかなりのものだろうが。
「乗るか?」
「ううん、いい」
断られた。悲しい気分。
「往人さんに乗ってたほうが安全そう」
「……そうか」
「うん」
歩き出す。海岸線沿いに、集落へと向かって。
「あ、だめだめ!」
と、いきなり観鈴が声を荒げた。
「おまえ、耳元で騒ぐな」
「あれ見て、あれ!」
こっちの言葉が耳に入っていないように、横手を指差した。
広々とした海が見える。その上には、濃い霧が海面を覆い隠すように横たわっていた。この島に来た当初から、ずっと変わらない。
「言っとくが、泳ぐのは却下だ」
「そんなことしないよ」
おまえならしそうだ。
「水着持ってないし」
持ってたら泳ぐのか……。
「じゃなくて、あれあれ」
下のほうを指差した。その指の先を追ってみる。
「……なんだこれ」
海辺に、なにかあった。
いや。誰か、いた。
男子生徒が、下半身を海に入れたまま仰向けに倒れていた。
青ざめた表情、見覚えのある顔。以前、森の中をさまよっていたときに見たような顔。
動く様子は、ない。
「……行くか」
「わあ、だめだめ!」
観鈴が騒ぎ出す。
「おまえ、具合悪いんだから暴れるな」
「だって往人さん、見捨てようとするから」
「見捨てるも何も、ほかにどうしろっていうんだ」
「もちろん助けるの」
なんでこいつはこんなにお人好しなのか……。観鈴らしいといえばそれまでだが。
「助けるっていったって、どうすりゃいいんだよ」
「このままだと風邪引いちゃうし、ベッドに寝かせなきゃ」
「もう死んでるんじゃないか?」
「往人さんっ!」
大声に、耳がキーンと鳴る。
「それじゃ、往人さんがわたしの代わりにこの人をおんぶ」
名案とばかりに言った。
「……おまえはどうするんだ。動けないくせに」
「わたし、平気平気」
「平気じゃない」
語気が荒くなってしまった。観鈴が言葉を詰まらせたのがわかる。
「……とにかく俺はおまえだけで手一杯だ」
「それじゃ、往人さんがわたしとあの人を一緒におんぶ」
「手一杯って言ってるだろ。人の話ちゃんと聞け」
「往人さん力持ちだし、平気平気」
「どざえもんを担ぐなんてできるか」
「往人さんっ!」
耳がキーンと鳴る。
「観鈴ちん、幻滅……」
とても悲しそうな声だった。
「……はあ」
ため息ひとつ、往人は倒れ伏す男子生徒に近寄った。背中からいったん観鈴を降ろし、そのまま男子生徒の様子を窺う。
かすかに胸が上下している。息はあるようだ。ということは、やはりこのままにしてはいけないということらしい。
で、このずぶ濡れのものを俺が担がなきゃなのか……。しかも、観鈴と一緒に。
こんなとき晴子がいたら楽なんだがな、とつい口にしそうになって、すんでのところで止めた。
「往人さん、がんばって」
この明るい声が、空元気であることがわかっていたから。
あの、半分血に濡れた観鈴の表情。怯えも忘れて放心したような顔。
……わざわざ思い出させることもない。
どうやって担ごうかと思い悩んで、もう一度男の様子をうかがって。ちら、と観鈴の期待に満ちた顔を見て。
――空元気、か。
それは全員に当てはまるのかもしれない。この島に来て、空元気でないやつなんているのかと、ふと思い当たった。
たとえば、何度か耳にしたあの放送にしたって。
場の空気にそぐわないあの放送。空回った声。
今、唐突に流れてきた陽気な少女の声。
あれも空元気なのかと、なんとなく思った。
『みなさんおはようございまーす。朝になりましたー。みんな元気にやってますかあ? 寝てる人はそろそろ起きてくださーい。天気は快晴ですよー。かんかん照りですよー。でも天気予報だと夕方から雪みたいですけどねーあははー。
はい、みなさん。起きましたかあ? 起きましたねー。それではこれから、ゲームの脱落者の追加を発表しまーす。耳かっぽじってよく聞いてくださいねー。まずは、
六番、柚木詩子さん。
十七番、天野美汐さん。
二十五番、柳也さん。
二十七番、裏葉さん。
以上でーす。
生き残っている生徒はこれで半分くらいですねー。五巻(コピー本の話です)まで来てようやくって感じですねー。このペースだと後さらに五巻(コピー本です)も出るハメになっちゃいますよー。ダラダラって感じですね―。いいかげん読者さんたちも飽きてきちゃいますよー。そうならないためにも皆さん、がんばって殺しあってくださいねー。さゆロワの未来はあなた方にかかっていることをお忘れなきようにですよー。それではみなさん、今日も一日はりきっていきましょー』
午前六時の放送を終えたあと、倉田佐祐理はホッと吐息をついた。
ここは佐祐理たちの本拠地でもあるプレハブ小屋、その地下一階に位置する部屋だ。薄暗い明かり、リノリウムの床、ごつごつした機材、ぶうんぶうんと音を奏でる空調。この部屋を初めて覗いた者なら、冷たく、そして寂しい印象を受けるだろう。
手前のデスクから伸びるマイクから顔を離し、佐祐理は正面のスクリーンに目を移した。そこには赤外線センサーから送られてくる島の画像が映し出されている。
現在、確認できる生徒数は十五人。つまり生き残っている生徒が十五人。
このゲームが始まってから四日目。ようやく十二人の生徒が脱落したことになる。
「ペースが遅いですね」
誰に言うでもなく呟く。
「戦いなさい。そして生き残りなさい。十三人目の佐祐理と戦うために」
「……? 十三人目ってなに」
同じくデスクに座った舞が首をかしげる。
「あははーっ。ちょっと言ってみたかっただけ」
佐祐理はいつもの笑顔のまま、自分に振り向いていた舞を見た。じっと、口を閉じて、そのうちにだんだんと笑顔が消えていって、それでも佐祐理は舞を見た。
ぶうんぶうんと、空調の音がする。
舞は、佐祐理の直視に表情ひとつ変えていない。
「……どうしたの」
「あははーっ」
ぱっと花が咲いたように佐祐理の顔に笑みが戻る。
「帰ってこないと思ってた」
舞は、帰ってこないんじゃないかって。
小屋を出て、洞窟を通って、島の神社に着いて。そのまま舞は、佐祐理の側から離れるんじゃないかって、そう思っていたのに。
なのに舞は昨日の夜遅くに、普段通りの仏頂面で、何事もなかったかのように佐祐理の側に戻ってきた。そして今も、側にいる。
「ねえ、舞。なんで帰ってきたの。佐祐理なんてちょっと頭の悪い普通の女の子なのに。なのに、なんで」
「なんでそんなこと言うの」
逆に訊き返された。
その表情にやっぱり変化はなかったけれど、怒ってるのかなあと佐祐理にはなんとなくわかる。
逆に、佐祐理のほうが舞から視線を外していた。
「あはは……佐祐理ね、舞にいっぱい隠し事してるよ。話さなくちゃならないことはいっぱいあるのに、教えなきゃならないことはいっぱいあるのに、でもあえて言わないの」
ちょっと、言ってみる。相手の反応を確かめるように。
だけど舞はなにも返してこない。
チラッと横目で舞を見たけれど、さっきと変化はなかった。
「ね、舞。なんでだか、わかる?」
「…………」
「言ったら舞が佐祐理の側から離れるからだよ」
「…………」
「だって佐祐理は舞を利用してるんだから」
「……今さらなに言ってるの」
ようやく舞が口を開いた。
「そんなの、私に関係ない」
些細なことであるように、舞の口調はそっけない。
会話が途切れてしまった。
重々しい空調の音だけがこの薄暗い部屋を支配する。
「あははー。じゃあね、舞。なんで舞は、関係ないって思うの」
なにか話したい気分だった。場が持たない、というわけでもないのに。でも舞と話しておかなければならない気がした。
「……私が佐祐理と初めて会ったとき、佐祐理は悲しそうだった。そう思ってたら、いつの間にか佐祐理は私に優しくしてくれてた」
その言葉はやっぱりそっけない。
ただ、舞がこちらを強く見据えているのが痛いほど感じられた。
「……佐祐理は私と誰かを重ねて見てる。だから優しくしてくれた。そう、気づいてた」
「あはは……」
そっか。舞は、なんだかんだでやっぱり佐祐理の友達だった。
佐祐理のことをよく知っていた。
たぶん佐祐理は、この事実を確かめたかったから、自己確認をしたかったから舞を会話したかったのかもしれない。
「……うん、そうだよ。その通りだよ」
舞の言葉は的を射てるよ。
佐祐理は舞のこと友達だと思っているけど、でも舞が佐祐理のこと友達だと思っているのとは、ちょっと違うんだよ。
佐祐理は舞のためじゃなく、自分のために舞に近づいたんだよ。
うん、ほんと、佐祐理、汚いよね。でも、そんなことはわかってた。最初からわかっていたことだ。そして今さらこんなことを気にすることが、一番汚いんだ。
相手に同情を誘うなんて、そこまで佐祐理は汚くなりたくなかった。
だけど、佐祐理は、汚いことはわかっていて、それを拭い去ろうとしないんだ。
だって……この小屋と洞窟を結ぶ、その道を閉ざさなかったのは佐祐理なんだから。
それは、免罪符だった。己の意志と他の者の意志を天秤にかけた、一種の免罪符。
殺しあいというゲームの名の下に行われる計画が、他の者に阻止される可能性をすこしでも残すことによって、自分自身の罪悪感を紛らわせるという、とても自分勝手で汚い考え。
でもそのおかげで、佐祐理は迷いを断ち切ることができた。
迷わずに目的を遂げることを誓えた。
そう、思っているから。
「……佐祐理がどう思ってても、そんなの関係ない。佐祐理は、私の友達だから」
舞のその言葉に、佐祐理はうなずけなかった。
もうその言葉は佐祐理に耳に届いてはいなかった。
――しっかりしなきゃ、しっかりしなきゃ、しっかりしなきゃ。
佐祐理は反芻していた。
ちゃんと前を見つめて、目的をしっかり持って。それだけを言い聞かせて。
迷いなんていらない。後ろを振り向くことに意味なんかない。
ただ前だけを見据えて、佐祐理は進んでいくだから。
――皆を殺すという目的に向かって。
「……私は佐祐理のこと、好きだから」
舞が言う。
佐祐理の視線は変わらない。
佐祐理は舞を見ていない。じっと正面のスクリーンだけを見ていた。
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