長い長い道のり。

 あたりはぼんやりとしていて、闇、と表現するにはいささかではあるが物足りない。そんな薄暗い闇、ほんのり照らし上げる光はごつごつした壁に貼りついた苔のようなものから発せられていた。

 慎重に、転ばないよう、岩の露出した湿り気のある地面を突き進んでいく。曲がり道などなく、延々と一方通行の道をただひたすらに歩いていく。

 どのくらいの時間こうしているのか……疲労で頭がくらくらしてきたころ、天野美汐はようやく立ち止まった。ぺたんと両手を岩肌につく。

 行き止まりだった。

 美汐はその場にへたりこんだ。荒い息を吐き出し、天井を仰ぎ見る。青白い光を放つ苔がびっしりと付着していた。

 ここはいったいどういう場所なのでしょうか……。これまで歩いてきて何度も投げかけていた疑問だったが、美汐にはわからなかった。

 当たり前といえば当たり前。美汐は、あのプレハブ小屋で偶然にエレベーターを見つけ、手始めにひとつ下の階を探ってみようと思っただけ。そうしたら長い廊下が続いていて、歩いていったら洞窟のような場所に行き着いたのだ。

 この洞窟はおそらく人工的に作られたものだろう。自然にできたとはちょっと考えにくい。ちょうどよくも小屋の地下につながっていたのだから。

 なら、誰が何のためにこんなものを作ったのか。休憩ついでに美汐は考えてみた。

 廊下と洞窟の変わり目には扉が設置されていた。鍵がかかっているかと思いきや、なんなく開いた。そして人がじゅうぶん通れるくらいの道、淡く光る苔が電灯の代わりになっている道が現れた。

 この道は、もしかすれば島のどこかに続いているのでは、とも思ったが、行き止まりだった。途中に分かれ道などなかったから、この洞窟は目の前に立ちふさがる岩の壁で完全に途絶えたことになる。

 美汐は苔の光を頼りに、あらためて道をふさぐ壁を見た。どこかに抜け道でもあるのでは、と期待を秘めて検分する。

 三十分くらいそうしていたが、なにも見当たらなかった。ため息をついてまた座りなおす。地面はじめじめしていてスカートの汚れが気になったが、頭を渦巻く疑問のほうがもっと気になっていた。

 この道は、いったい、なんのために存在しているのか。

 そして私は、これから、どうすべきなのでしょうね。

 ため息をつく。疲労のため息だった。

 引き返すにしても、もう一度壁を調べてみるにしても、体力のほうがもう限界だ。

 そうですね。すこしだけ眠りましょうか。

 すみません、みなさん。美汐はなんとなく謝った。

 もしかしたら皆さんは今ごろ四苦八苦しているのかもしれませんのに、私だけ休憩なんて。人として不出来でしょうか?

 でも、ちょっとの間だけ。ほんのすこしだけ、眠らせてくださいね。

 私、体力ないもので。

 美汐は岩肌に背をあずけ、目を瞑った。

 それでも疑問は消えることなく、絶えず美汐の頭を回っていた。

 いったい、この洞窟は、なんのために。

 この島は、なんのために。

 この永遠の世界は、いったい、なんのためにあるんでしょうね……。








 目の前では予想に反した惨状が広がっていた。愛らしくて巨大な仔猫たちが、どんどんと切り裂かれ、いなくなって、どす黒い霧ももう、頭上のほうから晴れはじめていた。

 この人、強い。髪を振り乱して暴れ回るその少女の姿は、一種の狂気。

 この人、怖い……。一瞬よぎった恐怖を、しかしかぶりを振って追い払う。

 里村茜は懐から新たな小ビンを取り出した。

 俊敏に動き回る目標を、キッと尖らせた瞳で捕らえる。

 この人、私と同じ制服を着てますから、同じ学校の生徒みたいです。なのになんであんなに人間離れしてるんでしょうか。私の通う高校って本当に妙な人が多いですね……。

 なんともいえない気持ちになったが、そんな事情はすこしも顔に出さないで茜は小ビンを指で弾いた。そして傘に吸収させる。

 ふたつ目、みっつ目の小ビンも連続して指で弾き、猛回転を始める傘に投じた。

 茜は目標に向かって傘を突き出した。

「引き裂け……召喚獣、ピ・ロ・シキ!」

 叫んだ。

 なんともいえない照れが茜の頬を紅潮させたあと、八匹のネコよりもさらに巨大な三角っぽいネコが出現した。にゃーん、と鳴きながら長くて鋭利な両の爪を前方に突き出しながら突進した。

「ふうん。キミがこの子たちの大ボスなのかな」

 八匹いた最後の仔猫(うずら)を仕留めてから、黒髪の少女がにやりと笑った。

「でも残念。わたし、人間以外には負けないらしいから」

 宣言通りだった。二つの影が交差したあと、ピロシキはあっけなく消散した。

 周囲に立ち込めていた霧が薄くなり、完全に晴れた。

 もう、この場所には二人以外の姿はない。彼女が、えへへと笑って舌を出し、ぶいっと勝利のVサインをした。

 茜は言葉も出なかった。

「あーあ。あの人たちどこ行っちゃったのかなあ……」

 彼女はきょろきょろと首を巡らせていた。それから探すのにあきらめたのか「もう」と頬を膨らませて詰め寄ってきた。

「ね、キミ。キミのせいで逃しちゃったよ」

 彼女の姿が徐々に近づいてくる。異常な長さだった黒髪を、ぱらぱらと剥げ落としながら。足跡のように地面を覆っていく。

 茜は動けなかった。開いたままの傘を相手に向けつつも、それ以外なにもできなかった。

 ――怖い。この人、怖い。とても、怖い。

「ね、どうしてくれるのかな。どう責任とってくれるのかな」

 彼女の姿はもうほんのすぐそこまで迫っていた。

 だめ。このままだと駄目。私、やられる。このままだと、やられる。なにかしないと、そうじゃないと、私、死んじゃう。

 やらなきゃいけないことがあるのに。こんなところでやられるわけにいかないのに。

 私……このままだと、死んじゃう。

 死んじゃう、死んじゃう、死んじゃう……。

「……あなたに、ふさわしいソイルは決まりました」

「もういいよ」

 彼女は槍を水平に払った。傘を弾き飛ばされ、茜は手の痺れに眉をしかめた。

 ピンクの傘が、開いたままコロコロと遠くに転がっていく。

「ばいばい、茜ちゃん」

 彼女は槍を頭上に掲げた。茜は何か言おうとして、考えていたこととは違った言葉を口にしていた。

「……なんで私の名前を知っているんですか」

 助けを呼びたい衝動をこらえ、口元をぐっと引き締めて相手を見た。

「あれ。違った?」

「……あってます」

「やっぱり。浩平君に聞いたことあったから。もしかしたら、て思ったの」

「……あなた、みさきさん、ですか」

 いつだったか浩平と一緒に下校したとき、校門を出てすぐになぜか「ここがみさき先輩の家だ!」と紹介されたことを茜は思い出した。

「え。なんで知ってるの」

「……あなたと同じ理由です」

「そっか。浩平君、ぶっきらぼうに見えて八方美人だから」

「……そうですね」

「じゃ、長話もなんだから」

 切っ先が茜の顔に向けられた。茜の瞳はみさきの瞳を捕らえて離さない。逃げたくて、助けを呼びたくて、でも茜はぴくりとも動かず片言もしゃべらなかった。

 胸が、うずいていた。

 なんだろう……このうずき。

 私がこのゲームに乗ると決めたときにも感じた、鈍痛を伴ううずき。

 逃げなきゃいけないのに、こんなところで私は死ぬわけにはいかないのに。

 なのに身体が思うように動いてくれない。

 疑問に感じて、それで茜は思い出そうとした。

 司の顔を――でもそれは、なんだかあまりはっきりしていなくて。

 もう一人の男の子の顔ははっきりしているのに、なぜだかはっきり想い出せなくて……だから想い出したくて必死になって。

 そうすると悲しくなって。義務感にも似た焦燥が胸の奥を突くようで。

 茜は、はたと気づいた。

 そういえば雨の日にあの空き地でいるときも、こんな感じだった。いつ来るかもわからない人を待っているときも、こんなふうな気持ちでしたね……。

「……茜っ!」

 惚けていた茜の耳に鋭い呼び声が突き抜けた。と同時に、茜の身体は横に流されていた。

 直後に槍が突き刺さった。さっきまで茜がいた場所に。

「なにぼーっとしてんのよ、茜! しっかりしなさいよっ!」

 地べたに尻餅をつきながら茜は見た。忘れようとしたって忘れられるはずがない幼なじみの顔。詩子だった。

 どこからやって来たのか、詩子が、茜の身体を突き飛ばしたのだ。

「まったく、あたしがいないと茜はだめだめなんだから」

 ぷんぷんに怒っていた。

「ふうん。みんなしてわたしの邪魔するんだ」

 みさきがよいしょと槍を引っこ抜いた。

「で、キミはちゃんと責任とってくれるのかな」

「ふふん。そんな堅苦しい言葉、あたしの辞書には載ってないの」

「へえ。なんでかな」

「あたしが正義のミカタだから」

 赤マントをひらひらさせつつ、よくわからないセリフで詩子が勝ち誇っていた。

 その横顔には一滴、あぶら汗が滲んでいた。

「てことはわたしは悪者なのかな」

「そ。んで、さしずめ茜がお姫様役だね」

「変更はきかないのかな」

「無理無理。キャスティング的にそれしかないから」

「それじゃキミはわたしを倒すのかな」

「シナリオ的にはそうなってるけど」

「じゃ、試してみよっと」

 みさきが踊りかかった。げげ、と詩子は驚きながら数歩後ろに下がって――

 がぎん! 脇の下に挟んでいたスケッチブックで槍を防いだ。

 見た目とは裏腹の強固なスケッチブック、澪の残したものだった。

「……茜、逃げてっ!」

 必死の形相で詩子が叫んだ。

 ぐぐぐ、と槍の刃がスケッチブック越しに詩子の顔に近くなる。ぺたんと詩子は後ろに倒れこんだ。完全に力負けしていた。

「なにしてんの! さっさと逃げてよっ!」

 詩子の荒げた声で、茜は知った。一度、こく、と生唾を飲み込む。

 これは選択だ。もう残されていないとばかり思っていた、でもまだ私に残されていた選択肢。来た道を引き返すか行く道を突き進むかの、大きな決断。

 最後の決断。

「茜……あんた、なんかやりたいことあるんでしょ! だったらさっさと行って、ちゃっちゃっとそれやりなさいよっ!」

 そして茜は決断した。

 ゆっくりと立ち上がって、スカートを汚す土を払うこともせず、ふらふらと歩き出した。 転がっていたピンクの傘を無意識に拾って、閉じて、抱えて、今度は駆け出した。

 私は昔からそうでした。私は昔から優柔不断で、不器用で、司や詩子に迷惑ばっかりかけて。こんな自分が嫌いだった。嫌いで嫌いでたまらなかった。

 もう、なにもかも、すべてが、嫌になる――

 茜は森深くに入っても、まだ立ち止まらずに駆け続けていった。

 ひたすらに、ただ、前だけを見つめて。








 ――本当にあたしは、損な役回りだ。

 柚木詩子は非常に嫌そうな顔で嘆息した。

 茜にそっとくっついて、みんなを守ろうとか、そんなけったいなこと考えてて。

 そしたら案の定、茜は襲撃に向かった。止める間もなく暗雲のように霧が立ち込めた。

 そのうち霧の中から時代劇っぽい二人が抜け出てきたから、これはあたしの出番かなと思って駆け寄ろうとしたら、相手は半裸の女の子と、血まみれのサムライ。

 そんな異様な二人組みにちょっぴりひるんで、そのまま眺めていると、二人は連れ立ってどこかへ行ってしまった。

 んでもって、あたしは、なんだか大変なことになっている。

「キミのおかげでたくさん逃がしちゃったよ。落とし前つけてくれるよね」

 このみさきっていう人(茜がそう呼んでたからね)は、感情の読み取れない黒の瞳であたしを射抜いている。スケッチブックから伝わる槍の重圧はとんでもなくて、あたしみたいなか弱い女の子じゃはっきし言って押し返せない。

 まあ、簡単に言って、絶対絶命ってやつらしい。

「あ、あは。ちょ、タンマタンマ」

「タンマなし。キミ、死んで」

 問答無用らしい。

「ね、ねえ、落ち着いて考えてみてよ。あたしみたいな善良な女の子殺っちゃっても後味悪いだけだよ? これから先死ぬより辛いトラウマに悩まされるよきっと」

「キミ、しゃべりすぎ。はやく死んで」

 やっぱり問答無用らしい。

「だ、だったらさ、一生のお願い。ちょっとでいいからあたしの遺言聞いて、ね?」

「そんな暇ないの」

「うう、そんなあ、どうせあたしは儚い命、このままひとり寂しく死にゆく運命、だったら柚木詩子っていうキュートな女の子がこの世にちゃんといたんだよーっていう証みたいのが欲しいのにい、うう」

「……はあ。わかったよ。簡潔に済ませてね」

「うん、ありがと、恩に着るね、じゃあいくよ、昔々あるところにおじいさんとおば」

「キミ、死、確定」

 遺言はあっさりと遮られた。

 と同時に加えられていた重圧がふっと消失した。チャンス! と思ったときには詩子はスケッチブックから手を離して横に転がっていた。

「……あーあ。時間切れ」

 一房の髪が肩から流れ落ち、みさきの長かった黒髪はもとの形に戻った。

 みさきはため息をついた。詩子が落としていったスケッチブックを手に取り、

「また人外のもの探しに行かなきゃ……」

 ぱらぱらめくったりひっくり返したりしている。

「ち、ちょっと。それ、あたしのなんだから。返してよ」

 詩子はおっかなびっくりに尋ねた。ステルス迷彩の電源に手を忍ばせながら。いつまた襲いかかってきてもいいよう、透明になっていつでも逃げ出せるように。

「このスケッチブック……澪ちゃん思い出すなあ」

 みさきはこちらの言葉を聞いているのかいないのか、スケッチブックから視線を離そうとしない。

「あんた、なんで澪ちゃんのこと知ってるのよ」

「なんでって、友達だからだよ」

 ようやくみさきは顔を上げた。ニッとほほえんでこちらを見る。

「ウソ言わないでよ。あんたみたいな危険人物が澪ちゃんの友達のわけないでしょ」

「え。わたし、危険人物かな」

「ええ、そりゃもう立派な危険人物、極悪人よ。槍なんか振り回してるし」

「わたし、極悪人かな」

「ええ、そりゃもう立派な極悪人、極悪大魔王よ。槍なんか振り回してるし」

「そっか。わたし、極悪大魔王なんだ……」

 その声に詩子はゾッとした。反射的にステルス迷彩の電源を入れた。

「あはは……そっか……わたし……悪い子なんだ……」

 な、なにこの人? 危ない人? 槍なんか持ってるし、やっぱり? 彼女の顔は笑ってはいるが、それが詩子には笑っているふうには見えなかった。

 強いて言えば、そう、ふくわらい。

 他人の手によって強引に作り出された感情のかけらもない笑い。

 とてつもなく怖かった。そして同時に気になった。彼女の動向が、詩子の好奇心をくすぐった。詩子はこの場から離れようとはせず、じっと彼女を観察した。

 大丈夫、この人にあたしの姿は見えない……。

 みさきは静かに笑っていた。わたし、やっぱり、いけないのかな、悪いことしてるのかな……ぶつぶつと囁いている。

 うん。この人には金輪際かかわらないことにしよう。詩子は心に誓った。

 不意にみさきは歩き出した。さっきまでとは別人のような頼りなげな足取りで、ひょこひょことこちらのほうに近寄っていた。視線をあさってのほうにやりながら。

 どうやら彼女はどこかへ立ち去るらしい。

「わたし……悪い子……やだな……」

 詩子は考えていた。あたしもそろそろ茜のところに戻らなきゃ。この人がいなくなったらすぐにここを離れよう。急がないと茜のこと見失っちゃうし。

「悪いこと……やだな……わたし……やだな……」

 そのままみさきは詩子の横を素通りしようとして。

 詩子もまた、茜を追うため振り返ろうとして。

 ずぶり。小気味よい音が下方から聞こえた。

 腹部に、深々と槍が刺さっていた。

「……え」

 なにが起こったのかよくわからず、ようやくわかったときにはみさきは槍を引き抜いていた。呼応するように血飛沫があがる。

「悪者は勇者みさきによってやっつけられました。めでたしめでたし」

 返り血をよけざま、みさきは勢いつけて大振りに槍を薙いだ。ステルス迷彩ごと詩子の胸がななめに斬り裂かれる。

 透明だった詩子の姿に色が戻り、崩れ落ちるようにしてうつ伏せに倒れた。

「……う、うそ。な、なん、で」

 強烈な熱が下から上へ、急流のようにこみ上げてきた。

「あたしの、姿、見える――」

 熱が喉元まで達したとき、詩子の言葉は吐き出される血によって掻き消えた。

「見えないよ。だってわたし、目、見えないから」

 みさきが言うその言葉の意味がいまいち理解できなくて、やっと理解できたとき詩子は愕然とした。

 この人、盲目ってこと……? そんな……。

 だってこの人、さっきからぜんぜん、平気そうに、普通に歩いてたのに……。

「このスケッチブックもらっていくね。だってわたし、澪ちゃんの友達だから」

 みさきはまだなにか語りかけていたが、もはや詩子には聞こえていなかった。だんだんと全身の感覚が薄らいでゆく。

 あは、ドジっちゃったな……。さっさと逃げておけばよかったのに。調子に乗りすぎちゃったみたい。あたしの悪いクセだね……。

 すごい重症なんだろうけど、身体じゅうがとても熱いけど、痛みなんて感じなかった。でも代わりにどこか違うところが痛かった。

 茜……。あたしのこと心配してるかな。

 きっとしてるだろうな。あたし、いちおう茜のこと守ったわけだし。それに茜ってそっけなく見えて、けっこう心配性だし。

 と、ここで詩子は実感した。そっか、あたし、死んじゃうんだ……。

 じゃあ、もしあたしが死んだら、死んだってこと知っちゃったら、きっと茜は自分のこと責めちゃうんだろうな。

 あはは。詩子は笑った。おかしかった。

 そんな必要、ないのにね。そんなことで思い悩む必要、ないのにね。

 あたしのこと、これっぽっちも気にする必要、ないのにね。

 だってさ。

 だってさ、茜。

 あたしが死ぬのは茜のせいじゃなくて。

 誰のせいでもなくて。

 ただ、友達としてふるまった結果がこうだっただけで。

 友達だから助けただけで。

 見返りなんか求めてなくて……。

 そんなのぜんぜん必要なくて……。

 ねえ、茜。友達ってさ、そーゆーもんじゃない。

 そーゆーもんでしょ、あかね。

 だからさ、あかね。

 だから――

 そのとき。もう閉じることもできなくなった詩子の瞳に、うっすらと涙が浮かんで、そしてゆっくりと頬を伝って。

 このときにはもう、詩子の意識はなくなっていたけれど。

 詩子はたしかに茜の名を呼び続けていた。

 最後の、瞬間まで。




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