断章 トワイライト・サムライ
第1話
人間、誰しも一生に一度は言ってみたい決め台詞というものがある。
たとえば病床に伏せっているとき、ふと窓の外を眺めてみる。
するとそこには、枯れ木にちょこんとぶら下がっている枯葉が一枚。
ほかはすべて散っているのに。
びゅうびゅうと吹き荒ぶ木枯らしで、その最後の枯葉は今にも落っこちそうだ。
ドラマの中でしか拝めそうもないその稀な場面に出くわしたなら、物寂しげなBGMと一緒にきっとこのセリフが飛び出してくるに違いない。
「ああ……きっとあの枯葉が落ちてしまったら、私の命は……」
ぷちっ。
ヒラヒラ……。
…………。
「……私の命は、すこやかに育つことでしょう」
と、こんなカンジ。
そして今、彼はそんな場面に出くわしていた。
だから彼は迷うことなくそのセリフを口にする。
「……ここはどこ? 私は誰?」
柳也は迷子になっていた。
目的地はさゆスタ(佐祐理スタジアム)である。
そこで絵亜高校が練習試合をすると裏葉の伝書バトが知らせてくれたのはよかったが、同封されていた地図が解読不能だったのだ。
「郵便局? 市役所? なんだそれは」
1000年前の夏からタイムスリップして平成日本にやって来た柳也には当然だった。
「OH! ラストサムライ!」
「トワイライトサムライ!」
「アカデミー賞ノミネート!」
街中を歩いているとなぜこんな歓声が飛び交うのか、柳也には不思議だった。
「なんにしても、急がないと……」
もうとっくに試合は始まっているはずだ。
去年の夏の甲子園が終わってから、すぐに旅に出てしまった自分だし(ついていくと駄々をこねる神奈を説得するのは骨だった)、もう野球からは引退したつもりだったのだが。
絵亜野球部の危機となれば、たとえ地球の反対側にいようと駆けつけるつもりだった。
裏葉の手紙によると、どうやら絵亜野球部は現在部員数が足りないらしく、春の甲子園では負戦敗を喫したらしい。
絵亜高校の理事長は、こんな状態が続くようなら廃部も辞さない考えだという。
理事長の顔は見たことがないのだが、たしか名前を倉田佐祐理と言った。
倉田女史は、今回の練習試合に勝ったなら、廃部は当分見送ってくれるらしい。
だが、もし負けた場合は――――
「…………」
この事情を知っているのは、裏葉や聖、晴子など年長組みだけのようだ。
「廃部になど、させるかっ」
そんなことになれば神奈や観鈴はどう思うことか。あの子らの悲しむ姿はもう見たくない。
だからこそ、柳也は試合会場に急いでいた。
絵亜野球部に刃を向けた者は、誰であろうと伝家の宝刀でバッサリできる自信が柳也にはあった。
とりあえずは迷子の状況をバッサリしなきゃいけないわけだが。
「誰かに道を聞くか」
手近なヒトに寄っていく。
「すまないが、さゆスタというのはどこに……」
「OH! ラストサムライ!」
「トワイライトサムライ!」
「ハラキリハラキリ!」
注)日本です。
何人かに声をかけたとき、ようやく理解可能な言語を発する一般人を発見した。
「ねえ、澪ちゃん。さゆスタってところ、まだつかないのかなあ」
『もうちょっとなの』
「……ごめん、字が読めない」
手をつないで歩く女の子二人組みだった。
『みさきさんの手のひらに文字を書くの。これならわかるの』
「わっ。く、くすぐったい〜」
『どう、わかる? なの』
「う、うん。もうちょっとで着くんだね」
『だけど、さっきから同じとこをぐるぐる回ってるみたいなの』
「それってまさか迷ってるんじゃ……」
『新興住宅街はどの家もおんなじに見えるから、きっと錯覚なの』
「なんかはげしく不安だけど……。澪ちゃんがそう言うんなら、きっとそうなんだね」
『そうなの! すべて澪にお任せなの!』
楽しく会話(?)する二人組みに、柳也は聞き耳を立てた。
あの子ら……さっき、さゆスタと言ったような?
『茜さんと詩子さんが試合の助っ人やってるはずなの』
「そうだね。はやく応援に行かないとね」
『メガホンと垂れ幕も用意してきたの。尾根(おね)高校って書いてあるの』
「華音高校のほうがいいと思うけど……。でも、きっとみんな喜ぶね」
『うん、なの!』
柳也は我が意を得たりとばかりに息せき切って尋ねた。
「なあ、キミたち。今、華音高校って……」
『ラストサムライなの! 実物なの!』
「え、なに。どうしたの、澪ちゃん?」
『サインくれなの!! このスケッチブックに英語でケン・ワタナベって書いてくれなの!!」
「わっ、澪ちゃん。私の手、離さないでよ〜!」
『お願いなの!! こっちにはヒロユキ・サナダでよろしくなの!!』
「み、澪ちゃん、私の制服ひっぱって広げないでよ〜!!」
「…………」
柳也はまた旅に出たくなった。