第24話
盗塁の授業が終わり、次はバッティングの授業である。
「ふっふーん、場外ホームラン〜♪」
真琴が水を得た魚のように、生き生きとバッターボックスに入った。鼻唄を歌いながらぶんぶんとアッパースイングを繰り出している。
ホームランを打つには、ある程度の角度――およそ35度の角度で打球を打ち上げる必要がある。それにはバットを下から上に振りあげるアッパースイングが最適なのだが……
「……真琴。ゴルフじゃないんだから、すこしはバットの角度を抑えろ」
さっきからバットのヘッドが地面スレスレを行き交っていた。これじゃあボールは高く上がるだろうが、スタンドに入る前に地面に落ちてしまう。
しかもアッパースイングはタイミングが取り辛いのだ。フライを打ち上げるだけでなく、三振の山さえ築きそうだ。
真琴がやって来たボールを豪快に空振って尻餅をついていた。
「ほら見ろ、言わんこっちゃない」
「うるさいっ、気が散るでしょバカ祐一!!」
「バカというほうがバカなんだよバカ真琴」
「真琴バカじゃないもん!!」
「ばーかばーか、悔しかったら一人でマンガ本読んでみろー」
「むかーっ!! 祐一嫌い、あっちいけ!!」
「ケッ、言われなくても退散してやるよ」
「……もう。なにやってるの」
隣で同じく打撃練習をしていた名雪が、真琴をたしなめた。
「そうだぞ真琴、俺に謝れ」
「祐一もだよ。ちゃんと真琴に謝って」
「……なんで俺が」
「祐一のほうがお兄ちゃんなんだから、それくらいできるでしょ」
なんだか母親に戒められている気分だ。
「まさしく子供の喧嘩ですね」
守備についていた天野がいきなり寄ってきて、それだけ言って去っていった。
「豚角煮まんーっ!!」
真琴の打撃練習が再開され、鬱憤を晴らすように今度はボールをジャストミートし、見事にスタンドインさせていた(ちなみに中華まんはもう時期外れだ)。
さっきまでのゴルフスイングは改善されていた。なんだかんだで言いつけを守ってくれる真琴に、祐一は苦笑する。あまのじゃくなんだよな、おまえ。
「ねえ、祐一。真琴の打球って、なんであんなに飛ぶの? そんなに力があるわけじゃないのに」
名雪が不思議そうに訊いてきた。たしかに真琴の身体は小さいし、腕力は名雪よりも劣るだろう。栞と天野より劣るかもしれない。
「まあ、打撃に必要なのは腕力だけじゃないってことだ。腰の回転と重心移動。真琴はそれがちゃんとできてるからな」
動物的に最初から備わっているとも言えるが。
「そっか。よーし、わたしもがんばってホームラン打つよ〜」
名雪が真琴の真似してアッパースイングを始めた。
「いや、おまえはとりあえず球を前に転がしてくれ。それ以上は望まん。ていうか望めん」
「ひどいよ……」
名雪が毎度のへろへろキャッチャーフライを打ち上げていた。
「あああっ!?」
バッティングピッチャーをやっていた栞が、突然大声をあげた。名雪と一緒にびくっとして栞を見やる。
「あれはもしや……新たな入部希望者!?」
瞳をギラつかせながら土手のほうへぴゅーっと駆けていった。
「栞ちゃん、すっかり勧誘マスターだね」
名雪が変な称号を栞に与えた。
「ていうか、俺にはエサに食いつく野良猫のように見えるが……」
栞が駆けていったほうに目をやると、そこには私服の女の子がひとり立っていた。自分らのほうにちょうど歩いてきている。
って、あれ。祐一は瞳を凝らした。あいつは、もしかして……。
「あ、あの、入部志願の方でしょうか?」
「んーごめんね〜そーゆーわけじゃないんだけどっていうかキミ肩にストールかけながらよく投げられるよね〜それに背ちっこいし、かっわいい☆」
いきなりのマシンガントークに圧倒され、栞があとずさった。
柚木詩子。間違いない、なんであいつが昼間っからここに?
「え、えと、それじゃ何の御用で……」
栞の言葉が途中で止まった。詩子は何を思ったのか、栞の周りを回ってしげしげと観察し始めた。「ふーん」とか「ほおー」とか言いながら、今度はぺたぺたと身体に触りはじめる。
「あ、あのぅ……いったいなにをやって――」
と、詩子がいきなり栞の胸をむにゅう〜と鷲掴んだ。
「ひゃんっ!?」
栞がずさささーっ!! と身を引いて、「なななななな……」と顔を真っ赤にしながら自分の胸を隠すように身体を抱きしめた。
「……おまえ、なにやってんだ」
祐一が近づいていくと、詩子がニパッと笑って手を振ってきた。
「やっほー祐一君。会いたかったよん☆」
「ああ。俺も会いたかった」
詩子が、いまだ怯えている栞の脇をすり抜けて、祐一の腕を取ってきた。そのままぴとっとくっついてきて、どこかに歩いていこうとする。
「なっ、おい、おまえ……」
めちゃめちゃ胸、当たってるんですが。
「ん?」
詩子が間近で見あげると、腕にかかる柔らかい感触がさらに増した。
「ゆ、ゆゆ祐一さん、その方はどなたなんでしょう……」
栞が唇をわななかせながら訊いてきた。
「ああ。前に一度――」
「一度、深夜に密会した仲だよん☆」
「…………」
栞の顔色がさーっと引いていった。
「ちょ、なんだそれは!?」
「あれ。どこか違ったっけ。あたしのこともう忘れちゃった?」
「いや、忘れてないが……」
「祐一君、あたしにまた会いたかったんだよね?」
「……まあ、たしかに」
「んじゃ、合ってるっていう方向で」
「……わかった」
あっさりと言い含められた。
祐一が首をひねっている横では、いやらしい光を瞳に灯らせた詩子が、栞に向かってふふんと勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「な、な、な……」
栞の両肩がぷるぷる震え、
「なんなんですかあの女はぁ……!!」
栞の背中にごぉーっ!! と炎が吹き荒れた。憤怒の目つきでずかずかと歩いてきて、祐一のもう片方の腕をぐいっとひっぱった。
「し、栞ちゃん、キャラ変わってるよ……」
名雪がおろおろしながらツッコんだ。
「祐一さん、バッティング練習の途中です。はやく戻りましょう」
栞が対抗するようにぐいぐいとひっぱってくる。
「あ、ああ……」
「ねえねえ、だったらあたしがバッティングピッチャーやってあげよっか。あたし、こう見えてもピッチャーだしね☆」
「な……っ!!」
「おお、それいいな。じゃあ俺がキャッチャーやるよ」
「え……」
祐一と詩子が歩き出す。祐一の腕にしがみついていた栞の手が、それで、祐一から離れた。
「おまえの球、一度受けてみたかったんだよ」
「祐一君、ちゃんと捕れるのかな」
「バカにすんな」
「えっへへ。期待してるよん☆」
栞をひとりぽつんと残し、ふたりはマウンドのほうへと向かっていく。栞は追えずに、その場をただ棒立ちしていた。
そんな三人の様子を、香里がしたたかにため息をつきながら見守り、「不甲斐ない妹を持つと苦労するわ……」とつぶやいてバットを取りにベンチへと向かったことに、まだ誰も気づいていなかった。
たったひとり――詩子を除いて。
そして、十分後。
いったいなんだろう、この状況は。祐一にはわけがわからなかった。
マウンドには詩子が登っている。キャッチャーマスクを被った自分と投球練習を行っている。
ネクストバッターサークルでは香里が素振りをしていて、そして祐一の背後、主審の位置には栞が暗い顔をして立っていた。
そして他の皆は、それぞれの守備位置につき、キャッチボールを続けている。
まるでこれから、真剣勝負でも始まりそうな様相を呈していた。
祐一は思い浮かべる。この状況に陥った過程を。
『さっそく練習始めよっか。誰でもいいから打席に入っていいよん☆』
『じゃあお願いしようかしら』
『球種はなにがいい? あたし変化球はあんまり得意じゃないけど』
『なんでもいいわ。全力で投げてくれれば』
『わかった。じゃあお言葉に甘えるね☆』
『栞。審判よろしく』
で、こうなったわけだ。
「なんでやねん」
それは、あまりにスムーズに進みすぎた会話だった。まるで二人とも事前に打ち合わせでもしたかのような、この成り行き。
詩子も香里も、なに考えてんだ。わからない。
「準備はいいかしら」
「いつでもいいよん☆」
香里が右打席に入った。手には赤黒い色のバット、何度もお目にかかっている「かおりんバット」だった。そこにはちゃんと『祝・阪神優勝夜露死苦ごっつぁんです』の文字が消えずに残っている。
このバットは木製だ。金属製が主流の高校野球に置いて、木製バットを使用する意義はあまりない。木製は金属製よりも飛ばないのだから。ボールをしっかりと真芯で捕らえない限りは。
つまり香里は、ミート力に自信があるということだ。これまでの打撃練習を思い浮かべると、たしかに香里はボールをコンパクトに叩き、打球を左右に打ち分けていた。
「栞。コール」
「あ……うん」
香里の声で、栞が今ようやく我に返った様子でプレイを宣告した。
詩子がふりかぶり、大きく左腕をしならせた。サインは無し、球種もコースもすべて詩子に任せている。
詩子の指先からリリースされたボールが、祐一のミットに快音を響かせて叩き込まれた。
「は、速い……」
栞が茫然とした。詩子のボールは以前の対戦と変わらぬ剛速球。しかし球速だけなら北川の投げるボールとさほど変わらないはずだ。
北川の投球を何度も前にしている栞が驚くのは、それだけ詩子のボールにキレがある証拠だった。
だが、しかし……。祐一はミットに収まったボールをまじまじと見つめる。
「栞。判定」
香里が振り返ってギンと睨むと、栞が慌ててコールした。外角低めいっぱいを突いたストライク。
「あはっ、今日はコントロールが冴えてるみたい☆」
続く二球目。ほぼ同じところに速球が来て、これまたストライク。香里はバットをかすかに動かしたが、それだけだった。
三球目。外角にわずかに外れ、ボール。香里は見送った。
カウントはツーストライク、ワンボール。
「あれれ〜振らないのかなー。ひょっとしてボールが速すぎて見えないとか〜あーあ期待はずれだなあ、つまんないのー」
「あなた、ちょっと喋りすぎ。黙って」
「うわわっ、この人こわーい☆」
投げ放たれた詩子の四球目の直球を前にして、祐一は目を疑った。コースはまたしても外角低め、香里はどうにか食らいついてボールをカットする。
「ファール!」
「おおっと、バッターどうやら当てるのが精一杯のようです〜☆」
詩子の人を食った態度は普段どおり。しかし、祐一には納得できなかった。
おいおいどうしたんだ、詩子らしくもない。舞との対戦、自分との対戦のときには、これでもかというくらい内角を突いてきたというのに。
外角低め――アウトローというのは、打者にとっては最も打ちづらいコースである。そこは打者から見て一番目の届かないところであり、球筋を見切りにくいためだ。
詩子くらいの速球なら、なにも考えずただそこに投げ続けるだけで、並の打者なら討ち取れるのだろうが……。
「ファール!」
執拗にアウトローを突く詩子の速球を、香里が弾き返した。ボールはライト側のネットに突き刺さる。
詩子は打球になど目もくれず、すぐに次の投球に移っていく。香里がその動作にあわせ、ボックス内でタイミングを計る。
実際、徐々にそのタイミングは合ってきていた。香里のミートは抜群、初対決であるにもかかわらず自分の速球をバットに当てられた詩子には、じゅうぶん承知済みのはずだろうに。
それでも詩子の投げるボールは――
「――ふざけるんじゃないわよっ!!」
香里が軸足を力強く、かかとまでべったりと踏みしめた。そのかかとで地面をえぐり、そこから生じた反動を腰へ、腰が鋭く旋回して腕へと伝達、さらにその先のバットさえもスピンさせ――
かおりんバットが火を噴き、外角低めのボールをひっぱたいた。
この『うねり打法』の連鎖パワーによって、打球には凄まじいトップスピンがかかり、センターの右をライナーで猛襲する。
だがそこは、センターを守る名雪の守備範囲内だった。
「おーらい〜」
名雪の俊足がすぐにボールの落下地点へと到達し――
「……わわっ!」
トップスピンのかかったボールは突如ドライブし、名雪の目の前を急降下しながら地を跳ねた。ダン、ダン、と芝をえぐりながら低く弾むそのゴロを、名雪は綺麗にトンネルした。
「…………」
しばらく、グラウンド上の皆は誰も口を開かなかった。遠くのほうから「待って〜」という名雪の声だけが聞こえていた。
「ねえ、あんた。そんな投球してて楽しい?」
香里が打席から足を外して、この沈黙を破った。
「あんたが何考えてるのか知らないけどね。あたしに言わせれば、勝負の勝ち負けなんかどうだっていいのよ。真剣に勝負して、それで、楽しければあとはどうだっていいのよ」
その言葉に、詩子が顔をかすかに強張らせたように見えた。
「手を抜いてもらったってちっとも嬉しくないの。ちゃんと本気で勝負しなさいよね!!」
香里はそれだけ言って、もうやってられないとばかりにさっさとベンチに引き下がっていった。かおりんバットを大事そうに抱え、「今年はぜったい優勝……」とつぶやきながら(勝ち負けはどうでもいいんじゃなかったのか?)。
ほかは皆、なにが起こったかわからないような顔をしている。けれど、香里の言った言葉は、祐一には理解できていた。いや、それは詩子の初球を受け取ったときから知っていたことだった。
詩子は力をセーブしている。だいいち、得意球であるはずのジャイロボールは一度も投げていなかった。
だからこそ香里のバットはボールの上を叩くことができ、トップスピンを生み出したのだ。これがもし下を叩いていたら、逆にバックスピンがかかって伸びる打球に変わってしまい、名雪がしっかりとキャッチしていただろう。
詩子はやっぱり口をつぐんで、これも得意のはずのマシンガントークはすっかり息を潜めていた。ただ、詩子が頬をほんのすこし綻ばせていたことに、祐一はなんとなく気づいた。
うん……ありがと。小さな声でそうつぶやいた詩子の言葉は、だけど、祐一の耳に届く前に春風がどこかへ運び去っていた。
そんな勝負の成り行きを、土手の上から舞と、そしてその隣、里村茜が見下ろしていた。
「これでやっと、詩子も吹っ切れたみたいですね」
「……どういうこと?」
「あなたと同じように、詩子も過去の呪縛に囚われていたということです」
茜は視線をグラウンドに固定させたまま、穏やかな口調で語り始める。
「詩子はただ、楽しみたかっただけなんですよ。野球をたくさん楽しんで、みんなで一緒に楽しみたくて。なのに、詩子と対戦した相手は皆、自分の元から遠ざかっていく。当たり前ですよね、詩子のボールは並の打者じゃ打てません。まともな勝負になりませんから」
「…………」
「でも詩子はやっぱり野球をやりたくて、がむしゃらに投げて、結果、肩を壊してしまいました。詩子は悩んでいたんです。悩んで、ずっと悔やんでいたんです」
茜がふうと一息ついて、舞の横顔に視線を動かした。
「詩子はもう大丈夫です。ですから、もう、あなたとの勝負も終わりにしようと思います」
「…………」
「あなたもそろそろ、吹っ切るべきではありませんか? 吹っ切って、前に進むべきだと思いませんか?」
「…………」
「……喋りすぎました。失礼します」
茜はグラウンドに背を向けて、帰途につく。
舞はグラウンドに背を向けなかった。前方に広がる祐一たちの姿を見続けていた。
そうやって野球同好会の練習風景を眺め続けて、夜のグラウンドで待ち続けていた過去の自分のように、ずっと、ずっと、悔やんで、悩んで――――
そして舞が前に歩き出すのは、陽が沈みかけ、遠くの空が赤く染まった頃だった。
――――後日談。
部員がついに九人揃ってからのここ数日、栞はどんよりと沈みまくっていた。快晴の空とは対照的に、栞の周辺だけに暗雲が垂れ込めているみたいだ。
「……おい栞。頼むから元に戻ってくれ」
「人を変身後みたいに言わないでください……」
その声も普段より1オクターブくらい低くて、祐一はどうにも困ってほかのみんなに助けを請おうと視線をさまよわせる。
ちょうどそのとき香里と目が合って、すると香里が素早く指を三本ビシッと立てた。
『あんたの命はあと三日』
と、いつの間にか死のカウントダウンが始まっていたことを祐一は悟った。なんでいつもいつも俺のせいにされるんだろう……。
「……なあ栞。頼むよ。なにがあったか知らないけど、元気出せ」
このままだと俺は三日後に死を迎えるんだ、とはさすがに言えない。
栞はやっぱり顔を俯かせたまま、こちらを見ようともしなかった。
「なあ。これじゃ練習にならないだろ。おまえとバッテリー組む俺の身にもなってくれ」
すると栞はわずかに顔をあげ、すぐに下に降ろし、
「どうせ私は詩子さんと違って球は遅いですし、背は低いですし、胸は小さいですし……」
よくわからない理由でしょんぼりした。
いや、違った。よくわかった部分もいちおうあった。
「……栞。ちょっといいか」
祐一は強引に栞の手を取り、すると栞はギョッとしたが、かまわず自分の元に引き寄せた。
栞の驚いた顔が、それで、ほんのすぐそこにやって来た。額と額がくっつきそうな距離に。そのまま二人は動かない。
栞の視線が、やっと、自分のところに帰ってきた。
祐一はニイッと笑い、栞の手の平を押し広げ、そこにボールを乗せて握らせた。
「栞。そこからボールを投げてみろ」
祐一は栞から身を離し、「このあたりかな……」と落ちていた木の棒でグラウンドの土に線を引いた。
「この線に指が触れる感じでやってみろ。線を通過するまで、絶対にボールを離すなよ」
栞は驚いた顔のまま硬直していて、しばらくそうしていたが、そのうちに首をかしげて祐一の言葉に従った。
「……わっ!」
ボールに添えられた指が線を通過するよりも先に、栞の身体が地面に倒れた。ボールを離すタイミングが今までよりも遅くなってしまい、身体のバランスが取れないのだ。
「む、難しいです……」
「だろうな。でもボールを長く持ち続けて、地面スレスレから投げるには一番の練習方法なんだ。これをマスターすれば、絵亜高校なんか一捻りだ」
祐一がにやりと笑う。
「たとえ、詩子みたいな速球が投げられなくたってな」
栞がぱちぱちと目を瞬かせた。
祐一は続けた。
「もう何度も言ったと思うけど、俺はおまえとバッテリー組みたいんだ。おまえ以外のやつとバッテリー組む気はさらさらないんだ。いいかげん気づけ」
「ど、どうしてですか? なんで詩子さんじゃなくて、私とバッテリー組みたいんですか?」
栞が息せき切って尋ねてきた。
祐一は、そりゃもちろん、と前置きしてから。
「詩子はリードのしがいがないからな。直球だけで抑えられるピッチャーなんて、面白味もなにもない。これじゃあキャッチャーなんか、サッカーのゴールキーパーと変わらないだろ? その点、おまえは俺の要求どおりに投げられるコントロールを持ってるからな」
そう楽しげに話す祐一の顔を、栞はぽかんとして、長い時間を費やしながらじーっと見つめていて。
くすりと笑った。
「ほんと、祐一さんらしいです」
くすくすと、栞の小さな笑い声が、ようやくこのグラウンドに戻ってきた。
五月中旬――――
一ヵ月後の試合に向けて、華音野球同好会の練習は続いていた。
●現時点でのオーダー表 | ||
ピッチャー | 美坂栞 | |
キャッチャー | 相沢祐一 | |
ファースト | 天野美汐 | |
セカンド | 沢渡真琴 | |
サード(ピッチャー) | 北川潤 | |
ショート(キャッチャー) | 美坂香里 | |
外野全部 | 水瀬名雪(キャプテン) | |
?? | 月宮あゆ | |
?? | 川澄舞 | |
部員数9人 |