第4話




 放課後になってグラウンドに向かう道すがら、

「うー。なんでわたしまたここにいるのー」

 名雪が恨みがましい視線をよこしてくる。

「安心しろ。おまえの陸上部の退部届は正式に受理されたから」

「鬼だよ……。祐一、悪魔だよ……」

「ふっ、甲子園のためなら俺は鬼でも悪魔にでもなってやろう」

「祐一のご飯は今日から三食紅しょうがだよ……」

「勘弁してください」

 名雪はかなりご立腹だった。

「す、すみません……。でも名雪さん、すごく足速いですし、チームに入ってくれるととっても心強いんです……」

 栞がぺこぺこお辞儀を繰り返していた。どうも栞はチームのフォロー係になっているようだ。

「うん、いいよ」

 さっきとはうって変わって、あっさりと了承した。まるで秋子さんのように。

「名雪、断るなら今のうちよ」

 香里が冷たく言い捨てる。

「断らないよ。だって香里と一緒に部活できるんだもん」

「…………」

 香里はさっさと先を歩いていった。

「おーい待てよ美坂あー」

 北川が慌てて追いすがる。ヒモみたいだった。

「それにしても……」

 祐一は背後に振り返った。注意深くあたりを観察する。

「どうかしましたか?」

「いや……」

 どうもさっきから、誰かにつけられているような気がしてならなかった。

「まあ、気のせいか」

 祐一たちはグラウンドに降り立ち、ホームベース上に集まった。さっそく練習を始めることにする。

「名雪。今度はちゃんと準備運動しろよ。じゃないと前みたいにケガするぞ」

「誰のせいだよ……」

 名雪はまだご立腹だ。

「じゃあ、あたしたちはブルペン行ってるから」

 協調性のかけらもない言葉を吐く香里。

「待てって。今日の練習メニューはもう考えてあるんだ」

「200キロのダンベルは無理だよ……」

「それはおまえだけだ名雪」

「やっぱり紅しょうが……」

「というのは冗談で、今日はノックをする」

 きょとんとする皆の衆。

「ノックって、守備練習か?」

 北川の言葉に、当然のごとくうなずく。

「みんなの守備能力を確認しておきたいんだ」

「おい相沢。オレはピッチャーだぜ? そんなもん必要ないだろ」

「黙れアンテナ」

「だからアンテナ言うなっ!!」

「うるさい黙れあまりグダグダ言うとそのうっとうしいアンテナ引っこ抜くぞ。今日はノック、これは決定事項、変更不可だ。俺が決めたんだからそうなるんだ。反抗は許さん」

「反抗したらどうなるっていうのよ」

「そのときは栞が脱ぐ」

「なぜにー!?」

 栞がひっくり返った。

「とうとう本性を現したわね変質者……」

 香里のバットが祐一の顔面に今にもめり込みそうだった。

 しまった、やっぱり名雪にしとくんだったか。

「で、でもお姉ちゃん。せっかく部員五人が集まってるんだから、みんなで練習しようよ」

「……まあ、あんたが言うんなら」

 フォロー係の栞がちゃんと仕事をこなしてくれた。

「そんなわけでみんな、所定の位置につけ」

「どこよそれは」

「とりあえずサードに行ってくれ。栞は皆の返球をここで受け取るように」

「あんたはどうするのよ」

「もちろんここでボールを打つ」

「あ、それ面白そうだな。オレにやらせろよ相沢」

「黙れアンテナ」

「う……うおおおおおおおんっっっっ!!!」

 北川が泣きながらやみくもに走り出した……と思ったらUターンして戻ってきて香里の胸に飛び込もうとした寸前に香里にグーで殴られた。

「じゃ、始めるぞ」

「了解だよ〜!」

 名雪の返事しか聞こえなかったが気にしない。

「祐一さん、野球はチームワークですよ」

「言われるまでもない」

 カキン。

 ほどよいゴロがサードに向かって転がっていく。

 名雪はあっさり後ろにスルーした。

「ま、待って〜!!」

 外野まで追いかけていった。

「……次」

 カキン。

「へっ、オレの華麗なフィールディングに酔いな」

 北川がさっそうと前にダッシュして、ぼてぼてのゴロをグローブでさばいた。

 ふむ、悪くない捕球だ。ちゃんと身体の正面で、ショートバウンドでキャッチしている。それに、すぐ前に出るという判断力もいい。

「よし、そのままバックホームだ!」

「へっ、オレの華麗なスローイングに酔いな!!」

 北川の投げたボールが栞の正面ドンピシャに返ってくる。

「こ、怖いー!!」

 栞はしゃがみ込んでスルーした。

「……おい、栞」

「だ、だって球、早いんですもん……」

 たしかに北川は130キロのボールをわざわざ振りかぶって投げていた。

 向こうでは、嬉々としてサードに帰っていった北川が香里に殴られていた。

「……次」

 カキン。

 香里はダッシュしてボールを拾い、そのままランニングスローで返球した。

 ゆるやかなボールが栞のグローブにすぽんと収まる。

 確実にアウトを取れる、相手を思いやった返球だ。

「まともなのは香里だけか……」

 予想済みだったが。

「……あれ? あの子」

 栞がサードのほうとは反対の方角を向いていた。

「どうした?」

「あ、はい。あの、ちょっといいですか?」

 告げて、栞は土手のほうへと駆け出した。祐一もその方向を目で追った。

 草むらに隠れるようにして座る女の子の顔が見えた。

 どうやら祐一たちの練習風景を眺めていたらしい。

「ね。野球、好きなの?」

 栞が勧誘のような言葉を投げかけていた。

 相手はずいぶんと幼い子のようだ。それに服装も私服っぽい。だからうちの高校の生徒ではないはず。

「おい栞。この部活は高校生以上高校生以下じゃないと入部不許可だぞ」

「この同好会は外部の人大歓迎ですよ」

 無視された。

「野球好きなら、お姉ちゃんたちと一緒にやらない?」

 するとその女の子は弾かれたように立ち上がり、

「野球? 大っ嫌いよそんなのっ!!」

 その大声に、栞が圧倒されて尻餅をついた。

 名も知らない女の子が、ずかずかとこちらに近寄ってくる。

「あなたが野球してるところを見ると、無性にムカムカするのよっ!!」

 指を差されて怒鳴られた。

「……おまえ、いきなりなんなんだ」

 と、ここでピンときた。

「もしかして俺たちを尾行してたのっておまえか?」

「問答無用っ、そこになおれ!!」

 女の子が襲いかかってきた。

 どうする、俺?

 1.戦う
 2.逃げる

 祐一は1を選ぼうとして、ちょっとだけ良心が痛んだので2を選んだ。

 ひょいと横によけて女の子の足を払う。

「うひゃあ!?」

 女の子はべちゃっと顔面から地に突っ伏した。

 逆立っていた頭のツインテールの髪が、へなへなと垂れた。

「祐一さん……」

 栞が睨んでいた。

「い、いや、俺はいちおう2を選んでっていうか襲いかかってきたこいつが悪い」

「ううん、祐一が悪い」

 名雪が指差して言った。

「そうね、相沢君が悪いわ」

「相沢だな」

 みんなから指を差された。くそう。

「ふええぇぇ、痛いよ……」

 女の子が顔を上げて泣き言を並べていた。

「それにお腹……減った……」

 こてんと横になって撃沈した。

「さて、ゴールドは」

「……祐一さん、なんで女の子のカバンを漁ってるんですか」

 口を聞いてくれなくなりそうなのでやめておく。

「で、どうするの、この子?」

 香里が皆を見回して聞くが、答えられる者は誰もいなかった。

「よし、練習再開だ」

 当然、却下された。








 そんな五人とツインテールの女の子の様子を、羽つきリュックを背負った少女は土手の上から窺っていた。

「うぐぅ……。祐一君、はやくボクに気づいてよ……」

 草の上に座り込み、タイヤキ10匹(今日の戦利品)をぱくつきながら、グラウンドの風景をじっと見下ろし続ける。

「野球ばかりやってないで、はやくボクと商店街でぶつかろうよ……」

 祐一が、他の皆に説得されたのか、ツインテールの子を嫌々担ぎ上げているところだった。

「なんだろう……あの子、なんか不思議な感じがする……」

「そうですね」

 同じように隣に座った、紫の髪をした知らない女の子が、無表情で答えた。

「あの……タイヤキ、食べる?」

「いえ」

「おいしいよ?」

「共犯者にはなりたくありません」

「うぐぅ……」

 祐一がツインテールの子を背負ってグラウンドを出るまで、その後ろ姿をしばらく眺めていた。








●現時点でのオーダー表

 ピッチャー  北川潤

 キャッチャー 相沢祐一

 キャッチャー 美坂香里

  外野    水瀬名雪

 マネージャー 美坂栞

 部員数5人




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